「死という選択肢を考えました」…元音楽プロデューサー・月光恵亮氏、どん底から画家として第二の人生へ
●毎日溜まったストレスを作品に落とし込む
BOOWY、ZIGGY、LINDBERGなど数々の人気アーティストを手がけた大物音楽プロデューサーの月光恵亮氏が、画家として第二の人生を歩もうとしている。
かつては都心の一等地に30億円のビルを建てるなど巨万の富を築いたが、2017年6月、覚せい剤使用の容疑で逮捕。音楽業界からは追放同然の扱いを受け、仕事、人間関係、信用、そして音楽にとって命とも言える聴力までも失ってしまった姿が、フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(19年12月29日放送)で映し出され、大きな反響を呼んだ。
どん底からの再起を目指し、日々作品作りに没頭している月光氏。今年10月に執行猶予が明け、新たなスタートを切った本人に、絵の創作に取り組むことになった経緯や作品に込める思い、そして現在の心境などを聞いた――。
○■自分を投影する傷を負ったキャラクター
「釈放されて最初の1年間は、死という選択肢をやっぱり考えました。もう忘れられたかな…と思った頃に、ドラッグ関係の新しい事件が起こると、テレビのワイドショーで僕の名前がついでに出される。そういうのがずっと続いて、電車に乗ってて一番冷たい視線を感じたのは、その頃でしたね。
仕事はないし、もうどうしたらいいんだろうと」と打ち明ける月光氏。
それでも、再び立ち上がることができたのは、音楽の世界で戦い続けてきた経験が大きかった。
「ロックというのが音楽の世界で全くビジネスにならなかった頃に、同じ志を持った連中が集まって、フェスがあるとノーギャラで出たりして、なんとかマーケットの土壌を作ってきました。そのために使ったインスピレーションや執念、パワー、集中力というのが、僕の体の中にはまだ残っていたんです」
そして、もう1つ支えになったのが、「絵」との再会だ。ひきこもりがちな幼少期はずっと描き続けていたが、手元に残っていたiPad Proで絵を描いてみると、「意外と面白いなあと思って、描けば描くほど道が見えてきたんです」と、新たな生きがいを見つけた。
創作の原動力は、意外にも“ストレス”。「毎日溜まったストレスを、夜に作品に落とし込むことによって、嫌なことを作品の中に閉じ込める。そうすると、作品に“気”が入って、すごく良いものになるし、人にも伝わるんだと、インスタグラムで知り合いになったスペインの画家に言われて、信じるようになりました」と、モチベーションになっている。
作風はバラエティに富んでいるが、様々な作品に登場して印象的なのが、ウサギをモチーフにしたキャラクターだ。
“フルメタルラビット”と名付けたこのキャラクターは、iPadでレイヤーを重ねて製作する手法の中で、「たまたまウサギの形が浮かび上がってきたんです」という偶然の産物。知り合いである映画『ナルニア国物語』のCGアーティストから「これはお前そのものだ」と言われ、運命の出会いを果たしたこのキャラクターは、自身を投影する存在として作品に登場するように。
足に傷を負っているが、「これは過去の過ちです。この傷を見ることで、二度と過ちを起こさないぞという思いを込めています」と明かしてくれた。
○■“こだわりの一滴”を重視した作品作り
音楽と絵――それぞれの創作活動に共通することを聞いてみると、「“気”の入れ方」だという。
「40代の頃は、1週間スタジオにこもりきりという状況がよくありました。それくらい、ヒットさせる、人に伝えるためには“思い”や“気”を入れるということがすごく重要なんです。
お酒を作る人も、よく“こだわりの一滴”と言うじゃないですか。麹を入れてかき混ぜて…と同じようにやっても、お酒に話しかけたりして丁寧に作る人のお酒がやっぱりおいしい。それと同じように、同じメロディーラインでも別の人が歌うと違うものになる。だから、僕も“こだわりの一滴”を重視して音楽を作ってきたんです」
それを実現するには、主張をぶつけ合うことが重要とのこと。「やっぱりいいバンドって、仲が悪い人が多いんですよ(笑)。自分の関わった仲が良いバンドは、はっきり言って売れてない。それは、それぞれの主張がぶつかって想像以上のものが生まれるからなんです」といい、それを絵に置き換えると、「自分の中で主張をぶつけ合って、作品を作っています。だから、さっき言った“ストレスを作品に落とし込む”という意味合いが、すごく分かるんです」と解釈している。
だからこそ、“気”を入れた自分の絵の作品には、強い自信を持っている。
「もちろん、僕よりスキルが高く、ずっと上手い人は世の中にゴロゴロいる。だけど自分の経験値で言うと、音楽も絵も、テクニックよりも絶対に感性が大事。誰かの琴線に確実に触れるものを世の中に出しているつもりです」
●コラボ作品が続々「すごく興奮する状況」
絵を描き始めて3年が経ち、作品の数は約700タイトルにも達した。
「“石の上にも三年”という言葉が昔から好きなので、とりあえず3年はやってみようと思いました。ビーイングという会社を作ったときも、3年までははっきり言って地獄でした。でも、やり続けると自然と会社の名前も知られ、いろんなものを巻き込んでいく要因がどんどん増えていくんですよ」
そう話す通り、今年2月には東京・中目黒で個展を開催。その後予定していた個展は、新型コロナウイルスの影響で延期になってしまったが、11月からは東京・新大久保の「Cen Diversity Hotel & Cafe」とコラボレーションし、外壁、ロビー、併設カフェ、VIPルームに作品が常設展示されている。
制作期間は打ち合わせも含めて約2カ月におよび、外壁画はオランダ出身のアーティスト、タイメン・ヴィッサー氏とコラボ。「コロナの時期にホテルの前を通る人たちも元気づけられる絵」というオーダーを受け、“フルメタルラビット”とタイメン氏の描いた太陽や風がデザインされ、「“暑い日も風の強い日も、コロナに負けないで前に進もう”という思いを込めました」と話す。
ロビーの絵は、月光氏がかつてプロデュースしたバンド・パッセンジャーズの元ドラマーで、現在はウッドクラフトアーティストとして活躍する水梨隆氏が、額を製作。11月26日に開催されたお披露目会では22点もの作品が展示され、その中にはペイントしたギターも飾られたが、このギターは、ビーイング時代に月光氏のもとで音楽制作を学んだ後、布袋寅泰、トータス松本などが愛用するZODIACのギター職人となった松崎淳氏が手がけた。
音楽業界から追放同然の扱いを受けたというものの、このように昔からの仲間たちが、月光氏の新たなスタートを支えている。
「今起こっているこの連鎖が、僕にとってすごく興奮する状況なんです。ヒット曲が生まれる瞬間もそういうことがあって、それは理屈じゃない。あと、僕の中にある1つの法則は、成功する前には絶対に大きなトラブルが起こるということ。
普通の人はそこで諦めてしまうんですが、そのトラブルさえ自分のテコとして応用できる気持ちになって前に進む。これからまたいろんなことが起こるかもしれませんが、頑張りたいと思います」
●月光恵亮1952年、東京生まれ。富山県で育ち、大学に進学し、ロックバンド「Dr.KEI&摩天楼」「だててんりゅう」などを結成。卒業後、オフィストゥワンの傘下であるユニオン出版に入社し、阿久悠、三木たかし、井上大輔らに師事。その後独立し、長戸大幸、織田哲郎とともに音楽制作会社・ビーイングを創業し、副社長に就任。BOOWY、LOUDNESSなどの制作に関わり、アートディレクションも行う。84年、パブリックイメージ社創立。LINDBERG、ZIGGY、田村直美など名だたるアーティストを育て上げ、一部のアーティストのアートディレクションも担当した。
17年に覚せい剤使用の容疑で逮捕され、18年ごろから耳の不調が顕著になり、音楽活動を制限。その頃から本格的にアート活動に取り組み、20年2月、初の個展を開催して盛況を収めた。月光恵亮 公式ホームページ https://keisukemoonlight.xyz