「ネット発オリジナルドラマ」増加の理由 - 西田宗千佳の家電ニュース「四景八景」
直近のニュース記事をピックアップして、「家電的な意味で」もうちょい深掘りしながら楽しい情報や役に立つ情報を付け加えていこう……という趣向で進めている当連載。今回取り上げる記事は以下のものだ。
唐沢寿明久々の"がさつな役" 独ヒットドラマのリメイク版で破天荒な刑事に (4月22日掲載)
家電の連載でなんで芸能ネタ!? と思われそうだが、注目はドラマの内容などではなく、このドラマが「Hulu」の自主制作ドラマ第一弾ということである。
Huluは月額933円(税抜き)で見放題の「サブスクリプション型ビデオンデマンド(SVOD)」と呼ばれるサービスだ。日本参入は2011年9月だが、昨年4月に日本テレビに買収され、その子会社化となった。3月末には会員が100万人を突破したことも公表している。
Huluはこれまで、コンテンツを外部調達に頼ってきた。要は、レンタルビデオと同じように、映画会社やテレビ局から、すでにあるコンテンツの提供を受けてきたわけだ。
だが今回、親会社にあたる日本テレビと共同で、新作ドラマの制作に着手する。Huluでの配信は初夏。その後、日本テレビでも放映される予定だ。この他にもバラエティ番組の制作が発表されており、今後は同社内のオリジナル番組制作部門の手で、継続的に「Hulu制作の番組」を配信していくという。
○SVOD各社が「オリジナル作品」に注力
レンタルビデオ的なモデルであったHuluが、ここにきてオリジナル番組の制作に乗り出してきたのは、もちろん訳がある。ライバルが強くなってきており、サービスの魅力を強化する必要があるからだ。
レンタルビデオ的であるということは、コンテンツの供給元はどの「店」でも同じになりやすく、差別化が難しい、ということでもある。まだ他では配信されていない番組を調達し「独占先行配信」する例も増えているが、これも差別化のひとつだ。
「自分達のサービスでしか見られないオリジナル番組」を作れば、当然ながら、さらに強力な差別化策になり得る。Huluの船越雅史社長は「日本テレビの買収以前より(オリジナル番組の制作について)検討はされてきた」としつつも、「買収後に加速した」と説明する。
日本においてSVODの業態では、携帯電話事業者の存在感が強い。ユーザー数トップであるNTTドコモの「dTV」(4月22日よりdビデオから改称)は約460万人、ソフトバンクの「UULA」は約141万人とHuluよりさらに多い。これらのサービスはエイベックスとの合弁事業であり、携帯電話事業者以上にエイベックスが主体となって運営されている。契約者は多いものの、特にdTVについては、過去2年間にわたって伸びが止まっており、サービス利用率も高くはない、と言われている。Huluとの競争は、数字の差ほど楽観できる状態ではない。
エイベックスの方針もあり、特にdTVでは、前身であるBeeTV・dビデオの時代から、オリジナルコンテンツの制作に力を入れている。
4月2日に開かれた会見では、夏に公開が予定されている実写版『進撃の巨人』のスピンオフ作品を、同時期にdTVで展開することが発表された(写真)。現在も、いくつものオリジナルドラマ・バラエティが公開中だ。
これまでは残念ながら、オリジナルコンテンツがサービス加入の強い誘因力を持たなかった。しかし、dTVからはスマホ視聴に加え、テレビでの視聴機能が強化され、より「テレビ的」なサービスになる。となると、「見知った映画やドラマ」だけではなく、新たなコンテンツへの誘因効果が高まるのではないか……という期待があるようだ。
そしてもちろん、「独自コンテンツ」が注目を集める理由は、世界最大のSVOD事業者であるNetflixが今年秋に日本参入を予定しており、活発に独自コンテンツ作成を行っているからでもある。これまでに40以上のオリジナルコンテンツを制作しており、日本でのビジネススタートの時点から、「Marco Polo」「Sense8」「Daredevil」といった新作・4K制作ドラマを配信する。また、日本国内でも独自コンテンツの作成をすでに始めている。
世界的な巨人の参入を前に、国内で先行しているSVOD事業者が対抗策を準備しようとしているのだ。
●本質はウインドウ戦略における「ネットの地位向上」だ
これまで「番組」は、基本的にテレビのために制作されてきた。Vシネマやオリジナルビデオ・アニメは、その外で生まれたビジネスモデルだが、例外的にうまく行っているジャンルとも言える。それでもディスク販売の数量が減ってきた現在、配信を活路に見いだす人々は多い。ネット発信の動画というと、短尺で予算も少ないもの……というイメージが強かったが、テレビやディスクビジネスからの脱却・拡大を考えている企業にとっては、新たなビジネスチャンスといえる。一方で、ネット配信業界にお金がうなっているのか……というと、そういうわけでもないのが実情だ。Netflixのように資金が豊富なところは例外として、結局他の事業者は、「既存のコンテンツビジネスの延長線上」に存在する人々が、お金の出しどころを変えているに過ぎない。テレビや映画に割いていた予算がネットに回ってきただけなのだ。
ここで重要なのは、「ネットという金づるができた」という発想をするのでなく、「映像をどの順番で出すのか、という戦略が変わった」という発想だ。
映像の世界には「ウインドウ戦略」という言葉がある。例えば、映画として世に出た映像作品は、まず映画館で上映され、次にディスクメディアとして販売され、次に有料のネット配信に流れ、衛星放送などの有料放送で流れ、最後に無料の地上波で流れる。同じ映像で何回も収穫するわけだ。これがテレビドラマなら、一番最初のウインドウは地上波になる。
ネット配信のオリジナルコンテンツが増えるということは、ネット配信が「最初のウインドウになる」と思えばいい。地上波や映画と同じ地位をネットが得た、ということなのである。
さらに、「オリジナルの独占配信」でない場合も、ウインドウ順の変化と思えばいい。
ディスクより前に来るのが「先行配信」であり、さらに他のSVODより前に来れば「独占先行配信」だ。
映画が映像の王であった時代から、テレビが王の時代になり、さらにはネットの時代になっている。一見排他に見えるが、実は「すべてを使うのが前提」であるのが、今の映像ビジネスの巧みさといえる。我々にとっては、そうしたサービスの登場は、基本的に「自由度の拡大」こそが本質。映像配信のニュースも、そういう視点で見ると、ちょっと違った風景に感じられる。