「Project Fi」で携帯電話サービス事業に乗り出したGoogleの狙いは? 日本に影響は?
○ソフトバンクが目指したSprintとT-Mobileによる第3のキャリア
米Googleが携帯電話サービスを提供するプロジェクト「Project Fi」を発表し、利用者を制限した招待制のサービスの提供に乗り出した。Googleの「MVNO参入」と騒がれているが、同社は携帯電話サービス事業に本腰でかかるのだろうか? 答えは「No」であり、「Yes」でもある。Googleは市場を奪おうとしているのではない。Project Fiを通じて同社は携帯電話サービスが進化すべき道を示し、通信キャリアに変化を促している。ただし、プロジェクトとしながら実際に消費者にサービスを提供している。「変わらないなら奪うぞ」という脅しになっている点でGoogleは本気である。
GoogleがProeject Fiを提供する背景には、米国の携帯電話サービス市場の膠着がある。米国の携帯通信キャリアは「4大キャリア」と言われており、3大キャリアの日本よりも競争が激しいように思えるが、実際は2強である。
トップを争うVerizonとAT&Tがそれぞれ35%前後のシェアを持ち、3位を争うSprint(ソフトバンク傘下)とT-Mobile USAが15%前後だ。トップ2が大きな市場を分け合っている。こうした市場を占有する大手は変化を好まないもので、それがモバイルの進化を鈍らせる一因になっている。ソフトバンク傘下のSprintによるT-Mobile買収によって、市場を活性化させる第3の勢力が誕生する可能性もあったが、残念ながら失敗に終わった。
Project FiでGoogleは、SprintとT-Mobileと提携した。Project Fiの携帯電話サービス(以下Fi)の端末はSprintとT-Mobile、Wi-Fiの間で常に最速のネットワークを選択して接続し、シームレスに接続を切り換える。通信キャリアを動的に切り換えるなんて方法をよく受け入れたと思うが、「つながらない、遅い」という評判が定着しているのがSprintやT-Mobileがシェアを伸ばせない大きな理由になっている。単独では打破できない現状が、Fiへの協力を後押ししたのだろう。
現時点でFiのネットワークの実力は未知数だが、Sprint/T-Mobile連合が誕生したことで、VerizonやAT&Tに対抗する第3のネットワークになるという期待が高まっている。●Project FiでGoogleは何を狙う?
○Project Fiの狙いは?
第3の勢力を作ってまでして、Googleは携帯電話サービスをどのように変えようとしているのだろうか。米国でFiは、基本料金20ドル、データサービスが1GB=10ドルとシンプルで手頃な料金が話題になっている。しかし、これが割安かというと、個人でそれほど多くはないデータ(月1-2GB程度)を使用する分にはFiの方が低額になるが、3GBを超えてたくさんのデータを使う人や家族プランを契約している場合は、通信キャリア大手のサービスの方が割安になることが多い。ユーザーのデータの未使用分を翌月の請求から差し引くなどFiのプランはユニークであるものの、既存の通信キャリアに対して低価格競争を仕掛けるようなものではない。データ無制限オプションを用意しないなど、むしろFiのプランが過度に魅力的にならないように配慮している印象すら受ける。
Googleの狙いは「電話番号のクラウド管理」の普及にある。携帯電話の番号は端末のSIMカードに割り当てられた番号であり、電話番号へのテキストや通話はSIMカードを入れた端末で送受信するのが通常だ。
Fiの電話番号の通話やテキストはクラウドで処理され、同じGoogle IDでログインしているPCやモバイルデバイスのHangoutsアプリでも、電話番号を使ったテキストや電話のやり取りが可能になる。
電話番号のクラウド管理がなぜ重要なのかというと、たとえば今日のスマートウォッチは電話に関する機能をスマートフォンに依存しているが、スマートウォッチの独立を考えた時にスマートウォッチにSIMカードを搭載するのはスマートな方法とは言いがたい。Fi番号ならスマートフォンが近くにない時でもスマートウォッチがWi-Fi経由でネットに接続できたら、Hangoutsアプリで電話番号への通話やテキストに対応できる。クラウドで電話番号を処理することで、電話機能を活用できるデバイスが広がり、スマートウォッチやまだ見ぬ未来のモバイルデバイスの可能性も開ける。
今はまだ気づいている人は少ないが、そのうちFi番号を使う人たちがPCやタブレットで電話やテキストを行うようになる。その便利さが口コミで広がり始めたら、電話/テキストの利用が限られるVerizonやAT&Tに対する圧力になるだろう。Fi番号の場合、連携するのはGoogle IDとHangoutsになる。クラウドで電話番号を管理する便利さでHangoutsユーザーを増やしたいのがGoogleの本音だろう。
それを良しとするかという議論も、いずれ起こることになりそうだ。かつてPCのメールソフトで行っていた電子メールの管理を、GoogleはGmailでクラウドに移行させた。それによってメールユーザーはGoogleに縛られたものの、メールをマルチデバイス、マルチプラットフォームで使う可能性が広がった。それと同じ変化を電話やテキストでも実現しようとしている。
●Project Fiは日本にも広まるか
○Project Fiが日本で実現する可能性は?
Project Fiと同様に、モバイルの進化を後押しするプロジェクトだったNexusは日本市場にも拡大された。では、Project Fiも日本に広がるだろうか?
米国に比べると、日本は3大キャリアの競争が健全でサービスの質・料金ともに改善努力がなされている。Googleが無理に第4の勢力を作る必要はない。Fi番号を日本でも広めたいだろうが、Fi番号のベースになっていると思われるGoogle Voiceのフルサービスすら日本では実現していない。
メッセンジャーアプリにコミュニケーションの軸足がさらに移動するのを警戒する日本のキャリアと対立してまで、Googleが日本をFi番号のモデル市場にする可能性は低い。
ただし、SIMロックフリーにせよ、MVNOにせよ、世界が変わるとなったら日本も変化をいとわなかった。しかも、変化の加速が速いから出遅れても、普及フェーズでアッという間に米国を追い抜いたりする。
米国では早くもモバイルWi-Fiルーターを開発するスタートアップKarmaが、Googleが実現した複数の通信キャリアのネットワークをシームレスに切り換える接続に関心を示している。電話番号のコミュニケーションをクラウドで処理する仕組みに興味を持ったスタートアップも多いだろう(そもそもGoogle VoiceはスタートアップGrandCentralの技術だった)。しばらくProject Fiはスタートアップを刺激する存在であり続けるだろうが、そうして電話をより便利にする試みが積み重ねられるうちに、従来の電話に縛られたコミュニケーションを人々が不便に思うようになるだろう。そうなったら、将来VerizonやAT&TもFi番号の使用を認めるかもしれない。それは容易なことではないし、時間もかかると思うが、米国のモバイル市場が変わり始めたら、日本も変化に踏み出すはずである。