マイクロソフトがSurface 3で「LTE重視」にした理由 - 西田宗千佳の家電ニュース「四景八景」
直近のニュース記事をピックアップして、「家電的な意味で」もうちょい深掘りしながら楽しい情報や役に立つ情報を付け加えていこう……という趣向で進めている当連載。今回の題材とするニュースはこれだ。
日本MSのWindowsタブレット「Surface 3」、個人向けはLTEモデルのみ提供(5月19日掲載)
Surface 3は、マイクロソフトが3月31日にアメリカで発表済みであり、製品の販売も、日本では発表前の5月5日からスタートしていた。だが、海外で販売されたのはWi-Fi版だけであり、LTE内蔵モデルは「近日発売」とされていた。今回、日本国内では、日本マイクロソフトがソフトバンクと戦略的なパートナーシップに基づき、世界で最初にLTE版を発売することになった。海外ではLTE版の販売予定はまだ公開されておらず、当面「日本独自」となる。一方で、日本ではWi-Fi版は企業向け市場のみに提供され、個人が買うのは難しい状況が続きそうだ。
○「通信バンドルのほうが日本では数が出る」
ちょっとわかりにくいところがあるので、ここで整理しておこう。
今回、日本で個人向けにSurface 3を販売するのは、主にソフトバンク傘下のワイモバイルになる。家電量販店でも、PC売り場よりワイモバイルのカウンターで売られる場合が多くなり、当然、同社の通信プランとセットでの販売形態が準備される。
だが、一般的な携帯電話などとは異なり、契約しないとSurface 3を買えない、というわけではない。「SIMを契約せず、本体だけを一括で買う」こともできるし、家電量販店やマイクロソフトのウェブ通販からは、本体だけを普通に購入できる。Wi-Fi版は当面日本市場に投入しないで、LTE版だけを扱い、LTE版+SIMカードのセットをワイモバイルが中心となって販売する、という形である。
日本マイクロソフトの樋口泰行社長によれば、LTE版を中心に販売することになったのは、次のような作戦があったからであるようだ。
「タブレットにおいて、日本では通信をバンドルしたものの売り上げが多い。だとすれば、フォーカスしないと台数を広げていくのは難しいので、決断した。
マイクロソフトはチャレンジャー。あまねくチャネルを広げて売るよりも、同じ気持ちでブレイクに向かってやってくれるパートナーがいれば、そこにフォーカスをあてる方がいい戦略、と思っている。商品計画を立てたのち、ワイモバイルに話をした結果、パートナーシップを組むことになった」
すなわち、「タブレット」という観点で見ると、通信事業者が音頭をとる形で販売したほうが数が伸びるであろう……、という分析からとられた戦略であることがわかる。
Surface 3は安い製品ではない。キーボードとペンまで含めてフルセットで買うと10万円を超える場合もある。少しでも安く……と思う消費者心理としては、Wi-Fi版が欲しいとも感じる。一方で、マイクロソフトとしては、1ドル=120円という円安の状況で、相対的に高く見えるSurface 3について、モバイルのパートナーを見つけ、セット販売での割引きや割賦販売を併用することでハードルを下げようとしたのでは、とも予想できる。ワイモバイルのエリック・ガン社長も「命を賭けて売っていく」と強い意気込みを見せている。
それはもちろん、彼らにとって顧客獲得の大チャンスとなるからだ。
とはいえそこで、SIMロックをかけてしまうとさすがに顧客が狭くなるし、良い印象も与えない。LTE版にはSIMロックはなく、他社のSIMカードも使える。ただし、LTEの通信に利用する帯域としては、ワイモバイルが使っている2.1GHz(Band1) / 1.7GHz(Band3) / 900MHz(Band8)だけが公式サポートされる。機器としては、技術基準適合証明 (通称・技適)はこのバンドでだけ申請されており、他のバンドは「海外での利用時向け」とされている。だから、他社のSIMを挿して通信をすることもできるだろうが、日本国内では電波法違反となる可能性がある。実質的に国内では「ワイモバイル向け」のLTEとしており、なんとも歯切れが悪い。
●Surface 3で狙うは「iPadとの直接対決」
この辺を考えると、マイクロソフトがSurface 3を「戦略的なタブレット商品」と考えていることも明らかになってくる。
PCユーザーから考えるとSurfaceはWindowsが動く「PC」だ。タブレットモードで動く魅力的なアプリケーションが少ない点も「SurfaceはPCである」という印象を後押しする。
だが、ことWindows 10の時代になると、話は大きく変わってくる。「iOSのアプリも取り込めるので、他社の環境をテコにできる状況が整った。後追いの我々もチャンスが出てきた」と樋口社長も期待する。Windows 10で導入される「Universal Windows Platflorm (UWP)」では、Android用のアプリやiOS用のアプリを、ほとんど工数をかけることなく移行させられる。これまでiPad用アプリでビジネスをしていた人々をWindowsタブレットへ振り向かせて、アプリ不足を解消できる、と期待しているわけだ。
マイクロソフトでSurface事業を統括するブライアン・ホール氏は、筆者に対し、Surface 3の位置付けを次のように説明した。
「Surface 3 Proとは、ちょっと違います。3 Proは、タブレットの代わりにもなるラップトップとして設計したものです。しかし、Surface 3は『The Best of a Tablet』として設計しました。タブレットとして最高であり、ラップトップとしても快適である。そして重要なのが価格。薄さと重量、性能を含めたバランスも、そういう観点で決断しています」
世の中では「タブレット退潮の兆し」と言われるが、筆者の見立てはちょっと違う。iPad以外のタブレットが伸びず、iPadが「買い替えユーザー中心」の市場になってきたが故に縮小しているのだ。コンテンツビュワーとしてのタブレットの優位は揺るいでいないし、同時に、「タッチして使うコンピュータ」には、道具としての価値がある。
マイクロソフトはペンの操作とPCとしての使い勝手を持ち込むことで、タブレットの可能性を拡張しようとしている。そのあたりは10年以上前からずっと試みていたが、Windows 8以降さらに積極展開が始まり、同社の独自ハードウエアであるSurfaceでは明確に「ペン+タッチ+キーボード」の路線を指向している。これまでは、重量・薄さの点でiPadと直接競合する製品とは言えなかったが、Surface 3は明確に「iPadとの競合」を意識している。アメリカの場合、公式サイトで「直接比較」を掲載しているくらいだ。
またSurface 3は「Instant Go」に対応していることも、マイクロソフトがLTE版を推したい理由だろう。Instant Goは、スリープ中でも一定時間毎に通信を行い、情報を最新に保てるようにする機能。通常、PCはスリープ解除後にあらためて通信を接続し、最新の情報をとってくるという挙動になるが、スマートフォンではいつでもメールや電話が着信し、スケジュールなども最新の状態が保たれている。それと同じことをPCで実現する仕組みといっていい。
LTE版ならば、移動中であっても問題なく情報がやりとりできるので理想的だ。こうした部分は、iPadやAndroidタブレットではできていることであり、Windowsタブレットの多くでも可能だが、ノートPCやデスクトップPCでは使えないものも多い。
LTE内蔵も、そうした観点で見ると別の風景が見えてくる。すなわち「強いタブレットであるiPadと正面から戦える製品だから、より売りやすい環境を整えたい」と考えた、ということなのだろう。
また、ホール氏は冗談めかして次のようにも話す。
「日本のLTEネットワークはとにかく速くて快適ですからね。アメリカではこうはいかない。本当にうらやましいです。快適さにおいて、Wi-Fi環境とLTEが逆転してしまっているんですから」
だからWi-Fi版が不要、とは思わない。しかし確かに、日本のLTE環境は、LTEモデルを中心に勧めたくなるだけの快適さを備えており、それが世界に対して誇れる事実であることは明らかだ。