Photoshopの父 トーマス・ノール氏が"かすみ"を補正する新機能を語る-今も進化を続ける写真補正への情熱
「Adobe Photoshop」が産声を上げて以来、今年で25周年を迎えた。バージョン1.0の登場から着実にバージョンアップを重ね、現在は「Photoshop CC 2014年リリース」へと進化を遂げている。
そんなPhotoshopの"生みの親"であるソフトウェアエンジニア Thomas Knoll(トーマス・ノール)氏に、ここ数年のPhotoshopを取り巻く環境の変化やLightroomとの差別化、次期バージョンに搭載予定の新機能などについてお話を伺った。
Photoshopがリリースされたのは、今から25年前の1990年のこと。米国ミシガン州アナーバー出身のソフトウェアエンジニア Thomas Knoll(トーマス・ノール)氏が"趣味のために開発した"、さまざまなフォーマットの画像を表示する「Display」というアプリケーションを、1990年にAdobeが買収したことから始まる。アプリケーションの名称を「Photoshop」に改めたバージョン1.0が発売されたことを起点に、その後は25年間にわたり、画像編集ツールのディファクトスタンダードとしての地位を揺るぎないものにしている。
マイナビニュースでは、5年前の「Photoshop 20周年」の折に来日されたトーマス・ノール氏へのインタビューを敢行した。当時から数えればたった5年ではあるが、Photoshopを取り巻く環境はめまぐるしく変化した。
その最も大きな変化と言えるのが、提供スタイルが「Creative Cloud」への移行だろう。今でこそ他社や他業種でもクラウド経由のアプリケーションの提供は普及してきたが、アドビの発表当時はまだ普及期とはいえず、かなり早い段階での決断であったといえる。こうした点についてノール氏は、「サブスクリプション制を採用したことにより、われわれの開発サイクルも変化しました。従来のように1年半~2年というアップグレードのサイクルを待つことなく、新機能をコンスタントに追加できるようになったことは、われわれにとってもユーザーにとっても大きな進歩です」と語った。
また、ユーザーを取り巻く状況としても、この5年間でスマートフォンやタブレットといったモバイル端末が急速に普及した。特に2014年ごろから「Lightroom mobile」に代表されるように「モバイルとPCとの連携」を前提として、創作活動をサポートするモバイルアプリ(など)が多く登場している印象を受ける。これについてノール氏は「クラウドを活用できるようになったことで、デバイス間でデータの橋渡しがスマートに行えるようになりました。それがLightroom mobileです」と、クラウドの恩恵を強く示した。
話は変わるが、昨年6月に行われたアップデートで3Dプリンタへの対応が行われたように「Photoshopでできること」は拡張の一途をたどっている。こうした進化について、写真編集ツールとしてのPhotoshopを育ててきたノール氏はどのような想いを抱いているかを尋ねたところ、「Photoshopの開発チームが色んな機能を出してくることに、私自身が驚いています。残念ながら私がそうした機能を使う機会は、今の所まだないのですが(笑)」と明かした。
●ノール氏が最も"驚いた"写真補正機能は?
ちなみに、ここ最近搭載された機能のなかでノール氏が最も驚いたのが「コンテンツに応じた塗り」だという。「同機能が搭載されたことで、多くのフォトグラファーがこれまで直面していた問題を解決することができました」と開発チームをたたえるとともに、フォトグラファーとしてのユーザー目線からも喜んでいる様子が窺えた。
また、「コンテンツに応じた塗り」以外にここ5年間で大きく進化した部分として、Camera Raw 9.0の新機能である「写真を結合」機能(パノラマ、HDR)と「ブレの軽減」を挙げた。特に「写真を結合」では、RAWファイルを合成した後も、RAWファイルのままで保持している点を強調した。
こうした機能のなかで特に開発に苦労した部分を尋ねたところ、「写真を結合」に関しては「RAWイメージにおけるパノラマ統合のワークフローでは、まず補正をしたあとで写真を合成すると考えるのが一般的でしたが、私としては先に合成を行ったのちに補正したいという考えがありました」とし、「そのためには、パノラマやHDR、透明度をサポートした新しいバージョンのDNGファイルフォーマットを作り出す必要があるうえに、Camera Rawの加工処理のアップデートも必要であり、さらにRAWデータを合成する必要もありました。
その結果、最終的なリリースまでに長い期間が必要でした」と、開発における苦労を語ってくれた。○次期搭載予定の新機能を解説
Photoshop 1.0の登場当時からこの25年間で、コンピューター性能も飛躍的に向上し、デジタルカメラも年々高画質化が進むなど、ユーザーをとりまく環境は年々変わってきている。これにともない、Photoshopもバージョンアップごとに便利な機能が次々に搭載され続け、いまや成熟期に達している感もある。
では、Photoshopは今後、どういった機能が追加されていくのだろうか。ノール氏は「既に発表したもの以外についてはお話しできませんが……」と前置きした上で、積極的に開発を進められてリリース間近となっている新機能として、去年同社が展開したイベント「Adobe MAX」で披露された「DeHaze(デヘイズ)」(MAXでは「デフォグ」と呼ばれていた)機能を挙げ、われわれにデモを見せてくれた。
「デヘイズ」は、風景写真の"かすみ(haze)"を除去してクリアにしたり、反対に"かすみ"を追加したりする機能で、スライダーを右にドラッグすると"もや"が消えて風景がクッキリし、逆にスライダーを左にドラッグすると"もや"が追加されて濃い霧の中のように仕上げる様子を紹介した。ちなみに、"かすみ"を追加したい場合は、最初から少し"かすみ"が含まれている必要があるということだ。
同機能は現バージョンのLightroomやCamera Rawにも搭載されている「黒レベル」スライダーに似た効果であるものの、「デヘイズ」は「黒レベル」スライダーではたどり着けない領域まで調整できるという。
既存の「黒レベル」スライダーでコントラストを上げようとすると、画像全体に適用されるため、暗い部分が黒くつぶれるケースがあったが、「デヘイズ」機能を使えば全体のディテールを保持したままコントラストを改善することが可能ということだ。
ノール氏が現在開発に携わっている「Camera Rawプラグイン」は、PhotoshopでRAW現像を行うためのもの。そのCamera Rawの最新バージョン(9.0)とLightroomの最新バージョン(6/CC)の新機能は、"現像"に関する部分だけをピックアップすれば、写真を結合(HDRおよびパノラマ)やフィルターブラシなど両者は完全に一致している。
これについてノール氏は、「Camera RawとLightroomでは共通の処理エンジンを利用しており、現像処理に限って言えば、LightroomでできることすべてはCamera Rawでも可能です。Camera Rawは"エンジン"と"ユーザーインタフェース"のふたつで構成されており、そのエンジンはLightroomに移植され、特有のインタフェースが割り当てられています。元来コードは同じですので、機能も完全に同一です」と解説した。なお、LightroomとCamera Rawは、今後のアップデートも現像に関しての新機能は同期されるとのことだ。
○Photoshopを生んだノール氏がよく使う機能
ここで、フォトグラファーとしても活動するノール氏に、自身がRAW現像を行う際によく使うお気に入りの機能はどんなものかを質問したところ、前回のアップデートで搭載されたばかりの新機能「写真を結合(パノラマ)」という回答が返ってきた。
「写真を結合する前に、個々の写真に対して補正しなくても済む」というのが理由のようだ。同氏はこの機能が搭載されて以来、パノラマ写真を撮る機会が増えたということだ。
さらに、将来的に搭載されるかどうかは別として、ひとりのフォトグラファーとしてLightroomに搭載してほしいと思う機能は何か?という問いに対しては、「現在のLightroomでは弱みとなっている"ぶれの軽減"です。それもRAWレベルで行えるのならば非常に興味深いです」と語った。すかさず「もちろん、"デヘイズ"もとても楽しみですよ」と次期バージョンに搭載予定の「デヘイズ」機能についてもアピールした。
最後に、PhotoshopおよびLightroomユーザーに対してのメッセージとして、「私たちがこれまで開発してきた機能を十分に楽しんでいただきたいと思います。これからも、もっと素敵な機能を開発していきたいと思います」と挨拶したのち、「ここにいる開発メンバー全員がフォトグラファーでもあるため、自分たちが欲しいと思う機能を盛り込んで行きたいと思っています」と述べ、25年前にPhotoshopを"自分の趣味のため"に生み出したという開発スタンスが今もなお、Adobeの開発チームに継承されていることをうかがわせる言葉で締めくくった。