新ブラウザ「Vivaldi」の挑戦 - 狙うは1000万のOpera 12ユーザ
レンダリングエンジンが切り替わる前のOpera 12ユーザが、今でも推定で1,000万人ほどいるとされている。しかし、OperaのPrestoレンダリングエンジンはメンテナンスされていないし、Opera 12で閲覧できないページは増える一方だ。そこに、颯爽と現れたのが元Opera CEO ヨン・スティーブンソン・フォン・テッツナー氏が率いる新ブラウザ「Vivaldi」だ。今回、Vivaldiの共同創業者兼COOを務める冨田龍起氏にVivaldi開発の裏舞台について話を聞いた。
○我々ならユーザが満足するものを作ることができる
後藤: GoogleのChromeやFirefoxなど、成熟したブラウザがいくつもある現在、ブラウザ開発の市場に参入するのは難しいと思うのですが、「この市場で勝てる」という結論に至った理由をお願いします。
冨田氏: 1年程前、ヨン・スティーブンソン・フォン・テッツナー(元Opera Software CEOで、現在VivaldiのCEOを務める)がシリコンバレーに来ることがあり、「ビールでも飲むか」という話になりました。その時、ブラウザの話で盛り上がり、当時、僕はまだ前の会社を辞めていなかったのですが、彼が会社を立ち上げるなら「そっちいくよ」という話になったわけです。
今回、「こういうマーケットにこういうプロダクトを出したらこれくらいのユーザを確保できて収益ができる」という議論からはスタートしていません。
もっと"エモーショナル"な理由と言いましょうか。Operaは最新のバージョンが29なのですが、今でも最も古いバージョンの12を使い続けているユーザーが推定で1000万人いるんですね。つまり、新しいOperaに満足していないユーザーが1000万人もいるのに、誰もそれに応えることができないでいる。Operaを開発してきた身としては、我々ならそれができるんじゃないかと思ったわけです。
後藤: いいですね、その「ユーザが満足できるものを作るんだ」といういう考え方。
冨田氏: また、スタートアップの会社がいきなり100万人のユーザを獲得するって、なかなか大変じゃないですか。それが、Opera 12を使っている1000万人うち、500万人でもVivaldiを使ってくれれば、スタートアップとしては充分です。後藤: なるほど。
それでは、どのような方法で収益を得ようと考えていますか?
冨田氏: ブラウザの収益モデルは基本的に検索エンジンとのシェアが一番大きな柱になりますので、まずはそこを押さえる必要があります。あとは、eコマース系のサイトとのシェアですね。ユーザ数が見えてくれば収益も想定できますし、いいモノを作ってユーザがついてくれればユーザ数で収益を見通すことができるので、実はあまり心配してないです。
これは後付けで言ってることなんですが、今のブラウザに満足していないユーザを何とかしたいというエモーショナルな理由が第一です。ユーザが満足する、よいブラウザを作ることが最優先課題です。
○テッツナー氏が使えるメーラがない!?
後藤: 確かにここ1、2年、情報ジャンキーとしてはデスクトップ向けのOperaはあまり面白くないんですよね。4、5年前のOperaにはワクワク感があったというか、「一番最初にはっちゃけてくれるだろう、このブラウザは」みたいな期待感が常にありましたが、Chromeが出始めた辺りから、どんどん保守的になっていった感じがするんですよ。それはユーザも望んでいなくて、"海を渡る気合いを見せてくれる"CEOがいるほうがおもしろかったんです。
そして、新たに登場したVivaldiにはあの時と同じ香りがするぞと感じました。
CEOはメールクライアントを付けると公言していますが、今の主要なブラウザはメールの機能を外すところからスタートしています。競合の動きに逆行して、メールクライアントを付けることにした理由は何でしょうか?
冨田氏: バージョン1を出す時に、まずはOpera 12に入っている機能は全部入れようと考えました。それだけだとOpera 12を再現しただけなので面白くないのですが、Operaの時とは開発リソースの量が違いすぎるため、すべての機能は実装できませんでした。でも、「やる」ってことは宣言しておかないと。今、Opera 12を使いながら現状に不満を持ち続けているユーザに、「Vivaldiはあの時のOperaの熱い感じを再現するんだ」っていうことを訴えかけるには、メール機能を付けることのは結構重要なんじゃないかと思ったんですね。テッツナーも「使えるメーラがない」と言っており、いまだにOperaのメーラを使ってるみたいなんですが、「俺がメール機能が重要と思うなら、ほかにも重要だと思う人はいるはずだ」と言っています。メールクライアントってビジネスにならなくなってるじゃないですか。
だから、本気でメールクライアントを開発している人がいないんですよね。一方、メールを大量に処理する人が増えている今、大量なデータを高速に処理できるメールクライアントが求められています。我々みたいな小さなスタートアップがブラウザもメールクライアントも作ることができるのかという議論はあったんですが、「やっぱりやる」と宣言しなきゃということになりました。実際、Opera 12のユーザからは「メールクライアントをつけてくれれば完全に乗り換えられるんだけど」と言われることは多いです。
●デザインでChromeとは差別化を図る
○アドオンはネイティブ実装したうえでチューニングして高速化
後藤: 今後追加する新機能のうち、まだ発表していないものはありますか?
冨田氏: 発表する必要がないので特に打ち出していませんが、アドオンの機能を追加します。今もベースはChromeなのでアドオンは使えるんですが、まだUIを用意していませんので。
アドオンを入れていくと、ブラウザはどんどん遅くなってしまいます。だから、アドブロックやパスワードマネージャといった、ユーザがよく入れる機能はネイティブに実装したうえで、パフォーマンスのチューニングをして、アドオンを入れて起こるセキュリティ上の問題やパフォーマンスの問題を回避・改善するというのが、我々の基本的な考え方です。
後藤: それでは、レンダリングエンジンを一から作る可能性はありますか? 技術的に一番面白いところですし。
冨田氏: 「OperaのPresto(Opera 12のレンダリングエンジン)はもうメンテナンスをしていないので、オープンソース化して使わせてよという話もしたのですが、さすがにそれは無理でした。結局、GeckoかBlinkを使うという方針になりました。ただ、レンダリングエンジンを開発したい気持ちはあるので、ビジネスとして回ってくるようになれば可能性はあると思います。正直、自社で新しい機能を開発して作りこみたいと思った時にそれができないのは歯がゆいです。
また、Opera 12のユーザは古いPCを使っている方が多いため、Operaではレンダリングエンジンをかなりタイトに作っていたので、いろんな環境で動きました。しかし、今はBlinkの動作環境に対応していないと動かないので、その制限は残念です。○「お、こいつ違うな」と思わせる逆張りのUX/UIの実現へ
後藤: 最近のブラウザは、デザインがすべてChromeのようになってきたように思います。
シンプルにするとUIの差別化がしづらい状況にあって、VivaldiはUIやUXをどういう風に考えていますか?
冨田氏: まさしくおっしゃるとおりで、Chromeと同じレンダリングエンジンで、さらにUIまで似ていたら存在意義がないわけです。ブラウザにとってUIが最大の差別化になるので、他のブラウザがChromeのようなストリームラインのデザインになっていくなか、我々は逆張りでいこうと思っています。かといって、いろいろな場所にボタンを付ければいいかと言うと、そうではありません。そこは機能とアクセシビリティを高めながら、最初にインストールしてまず「お、このブラウザ違うな」と思ってもらえるようなデザインを目指しています。
例えば、Vivaldiはタブを変えると色が変わります。それによってタブを切り替えるとすぐにこのページなんだってわかりますが、それ以上に見た目が競合と違うという点を意識しています。
見た目が他のブラウザと違うと、「ラーニングカーブが高そうだな」または逆に「もっと深掘りしてどんどん機能を発見してみよう」と思われるでしょう。我々はパワーユーザを対象にしているので、最初のラーニングカーブは高いんだけど、便利な機能があるのでどんどん生産性が高くなっていくという方向でやっています。
Appleの成功によって、オプションをつけることが何も考えていないデザインの典型例みたいな考え方が確立されました。よいデザインを作れば選択肢を与えなくても、誰もが満足するんだという思想は間違っているとは思いませんが、100%の人が選択肢を与えなくても満足するデザインは存在しないと思っています。8割の人たちにはいいデザインでも、残りの2割の人が自分で選択できるデザインがあってもいいと考えています。
○バージョン1を早く出したい、だから夏前にはベータをリリース
後藤: 現時点で公開可能なリリーススケジュールはありますか?
冨田氏: バージョン1はなるべく早めに出したいです。それに向けて、ベータ版は夏前には出したいと考えており、次のマイルストーンを開発しています。おそらくベータが出たら2、3カ月後にはバージョン1が出せるんじゃないかと思います。あとは、スマートフォン版のVivaldiをなるべく早く出したいです。デスクトップ版をリリースしたらモバイル版というのがさらに次のマイルストーンです。
開発の初期段階は、UI用の言語を一から開発していたんですが、6カ月くらいやってみて、これはダメだという話にりました。今はWebテクノロジーを使ってUIを開発しているので、必要なビルディングブロックはそろっていて、スピーディーに機能開発が行える状況です。
UIと独立しているので、レンダリングエンジンを切り替えることも可能ですし、Windows、Mac、Linux版も同時にリリースできています。ChromeはLinuxへの移植に時間がかかりましたが、Vivaldiは同時対応です。リリースするたびにFreeBSD版を出せとツィートする方もいますね。
後藤: 最後に、名前の由来を伺いたいのですが、Vivaldiと初めて聞いた時、日本向けじゃないなと思いました。Vで始まる音は日本受けしにくいところがありますし。
冨田氏: 反対意見として、「僕も発音しにくい」ということを挙げたのですが、全然聞き入れられませんでしたね。「Vivaldi」という名称を決める時にこだわったことは、世界中で認識できつつ革新的であることを示せるということです。Vivaldiは今ではクラシックの作曲家と言われていますが、当時は革新的な作曲家だったんです。そこからの"Vivaldi"というわけです。