Astell&Kern「AK Jr」を試し聴き - エントリーモデルの域に収まらない音質
国内DAP市場において高い支持を集めるポータブルオーディオブランド「Astell&Kern」が、またしても意欲的なモデルを投入した。その名も「AK Jr(エーケー・ジュニア)」、デザインと音にこだわりつつも手ごろな価格を目指したハイレゾ対応DAPだ。早速入手した注目の製品をレポートしよう。
○継承されたAKシリーズのDNA
いまやデジタルオーディオプレイヤー(DAP)界隈で知らぬ者はいないほどの知名度を誇る「Astell&Kern(アステル&ケルン)」。2012年に発売された初号機「AK100」は、ポータブル機ながら高性能DACのWolfson WM8740を搭載、最大192kHz/24bitの音源を再生するというスペックもさることながら、その音で評判を呼んだ。その後、AK120、AK100II、AK120II……と製品展開を続け、ゆるぎない地位を確保した。
そして今回の「AK Jr」。同時期発売の最新フラッグシップモデル「AK 380」に話題をさらわれがちだが、AK Jrもなかなかどうして、かなり気合いが入った仕上がりだ。
Astell&Kernは一貫して「Mastering Quality Sound」をテーマに音作りを進めており、AK JrにもそのDNAは継承されている。
DACには、初代AK100、AK120と同じWM8740を採用。しばらく続いていたCirrus Logic製から、同社の設計陣が扱い慣れているWolfson製へと回帰した。シングル構成であり、その点からするとL/R各チャンネルに独立したDACを配すAK 120ではなく、AK 100との近さを感じさせる。再生フォーマットはWAVやFLAC、ALACなど多数、PCMが最大192kHz/32bit(32bitは24bitにダウンコンバート)、DSDが2.8MHz(88.2kHz/24bitにPCM変換)に対応する。
USB DAC機能も搭載。44.1kHz/16bitから96kHz/24bitの入力に対応、OSはWindows XP/7/8(32/64bit)、OS X 10.7.5以降をサポートする。ただし、64bit OS環境において、USB 3.0接続は非対応、USB 2.0接続でなければUSB DACとしての動作はサポートされない(後述)。
デザインはAK100II、AK120II以降に共通する鋭角さが特徴。スリークシルバーと呼ばれるアルミボディは重厚感があり、ここしばらくのAstell&Kern製品の意匠に沿うものだ。サイズは幅52.9×高さ117×厚さ8.9mm、スマートフォンをふた回りほど小さくした出で立ちだが、液晶部分から四辺に向かい薄くなり落差を面で埋めるという独特のスタイルを持つ。ガラス加工された背面は下地に細かい模様があり、質感は高い。
6万円台後半というプライスタグも絶妙だ。同じDACを搭載した初代AK 100(直販価格で54,800円)より高めに設定されてはいるものの、液晶サイズは2.4型から3.1型に拡大し、内蔵メモリも32GBから64GBへと倍増、スタイリングに至っては別物と言っていいほどリファインされている。ネイティブDSD再生にこだわらないのであれば、ハイレゾ対応DAPとしては十分満足できる充実度といえるだろう。
●SNのよさと分離感、低域の描写力
○SNのよさと分離感、低域の描写力
AK Jrの生い立ちとスペックを概括したところで、各種ハイレゾ音源を試聴したインプレッションを報告したい。
利用したヘッドホンは平面磁界駆動方式ユニット採用の密閉型「OPPO PM-3」、広いレンジで緻密な音を聴かせてくれるブランニューモデルだ。
まずはSteely Danの「Jack Of Speed」(FLAC、96kHz/24bit)。イントロ部分のハイハットが精緻で、スネアのアタックもすばやく収束する。バックに聞こえるベースは低く沈むが輪郭は滲むことなく、ソリッドな印象だ。シングルDAC構成ながら左右の分離感は明快で、ボーカルの定位も鮮やかに決まる。続けて聴いたDaft Punkの「Get Lucky」(WAV、88.2kHz/24bit)も、中低域がもたつくことなく立ち上がり/立ち下がりがすばやい。
CD音源も好印象。Yutakaの「Brazasia」(ALAC、44.1kHz/16bit)は、倍音成分豊富な和琴の音もすっきり、特定の帯域で押し出しの強さが気になることもなく、CDらしいキレで楽しめた。
この曲は他のシステムでアップスケールして聴くこともあるが、SNに優れるAK Jrでは、"素"ならではの魅力を引き出せたように思う。
一方、DSD再生は兄貴分に譲る。JiLL-Decoy associationのアルバム「Lining」は、KORG ClarityでDSD録音されただけあって、以前AK240で聴いたときはドラムブラシの微細な音からボーカルのリップノイズまでその生々しさに驚嘆したものだが、DSD 2.8MHzをPCM 88.2kHz/24bitにダウンサンプリングするAK Jrでは、空気感と音場感にどうしても物足りなさを感じてしまう。DSD 5.6MHzに対応しないこともあり、割り切りが必要な部分かもしれない。
●「ロー出しハイ受け」設計で低域のパワーを実現
○「ロー出しハイ受け」設計で低域のパワーを実現
DACに同じWM8740を積むAK 100とAK Jrだが、液晶サイズとデザイン以外にも大きく異なる点がある。「出力インピーダンス」だ。AK100は22Ωだったが、AK 120で3Ωに引き下げ、以降のAK100II、AK120II、AK240とも2Ω(アンバランス)と低インピーダンス設計が続いてきた。今回ほぼ同時にリリースされたAK 380とAK Jrも同様に2Ωで、いまやAKシリーズに共通の設計仕様となっている。
一般的にオーディオ機器は、外部からのノイズの影響を抑えるためにも出力インピーダンスは低いほうが有利とされるが、AKシリーズはそれだけでなく「ロー出しハイ受け」を狙っている。ヘッドホン・イヤホンより出力インピーダンスのほうが高いとDAP側に負担がかかるばかりか、低域のパワー感(音圧)が不足してしまうからだ。現在流通しているヘッドホン・イヤホンのインピーダンスは8Ω以上が大半という事実も踏まえれば、理にかなった設計といえるだろう。
気になった点を挙げるとすれば、バッテリーパワーだろうか。連続再生時間はFLAC 96kHz/24bitが約9時間、FLAC 192kHz/24bitが約7時間と、アルバム数枚を聴いた程度でバッテリー残量を気にしなければならない。屋外へ持ち出すことを考えれば、せめて半日はもってほしいところだ。
USB DACとして使うときの制約も気になった。OS X Yosemiteが動作するMacBook Air 11インチ(mid 2013)で試そうとしたところ、システムに認識はされても音が出ないのだ。
そこで説明書に目を通したところ、「64ビットオペレーティングシステムのUSB 3.0ポートでは、USB DAC機能を使用できません」という注意書きが……。USB 3.0ポートしか装備しない64bit OSマシンが主流という時代、可能であればファームウェアアップデートなどで早急に対処してほしい。
Bluetoothサポートも消化不良気味。AK Jrに食指が動くほどのオーディオファンであれば、aptXやLDACに対応しないかぎり積極的に使おうという気にならないのではないか。この点、ファームウェアレベルでの対応は難しそうなので、今後登場するであろう新モデルのために敢えて指摘しておきたい。
とはいえ、AK JrのSN特性と分離感、低域の描写力はエントリーモデルのひと言では片付けられない水準に到達している。位置付けとしてはAK 380の末弟分かもしれないが、エントリーモデルでもこのクオリティの高さ、とむしろポジティブに解釈したい。USB DAC機能の64bit OS/USB 3.0対応という宿題は残るものの、この価格帯のハイレゾ対応DAPでは突出した存在であることは確かだ。