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ロボットと"平成の侍"が魅せた「師弟対決」 - 話題の動画「YASKAWA BUSHIDO PROJECT」制作秘話

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ロボットと"平成の侍"が魅せた「師弟対決」 - 話題の動画「YASKAWA BUSHIDO PROJECT」制作秘話
●苦労の連続だった「人間とロボットの対決」
産業用ロボットの製造を行う企業「安川電機」の100周年記念プロジェクト「YASKAWA BUSHIDO PROJECT」のムービーが国内外で話題となっている。

動画のストーリーは、5つの世界記録を保持する居合い切りの達人で、"平成の侍"の異名を持つ居合術家・町井勲氏の剣技を3D解析し、そこから作ったプログラムにより動作する同社の産業用ロボット「MOTOMAN」と対決するというものだ。

この動画の制作を手がけたのは、愛らしいチワワと「どうする?アイフル!」のフレーズで一斉を風靡したあのCMを仕掛けた、電通の阿部光史氏。今回は、阿部氏と映像制作を指揮したエンジンフィルムの蜷川裕一氏に、企画が生まれた経緯や制作時の詳細なお話を伺った。

阿部光史
クリエイティブ・ディレクター
電通第4CRプランニング局 デジタル・クリエーティブ・センター デジタルクリエーティブ4部。兵庫県神戸市生まれ。武蔵野美術大学建築学科卒。 電通関西支社、ビーコンコミュニケーションズを経て電通第4CRP局勤務。
「どうする?アイフル!」のくぅーちゃんシリーズでアイフルを業界4位からトップに。2004年度CM好感度ランキング1位・ACC賞・TCC賞・広告電通賞・NYフェスティバル・ワンショーなど。 東京コピーライターズクラブ会員。社内ギークラボ主催。趣味はアート収集と水泳と電子工作。 Youtubeにアップした自作MIDIオンド・マルトノ映像がなぜかチリで大人気。

蜷川裕一
プロデューサー
株式会社エンジンフィルム。1978年神奈川県生まれ。
2001年エンジンフイルム入社
プロダクションマネージャーを経て現在に至る。

――まず最初に、このプロジェクトのどの段階から参加されたのか教えてください。

阿部氏:

一番最初の段階から参加しています。2年くらい前になるのですが、安川電機に向けて「産業用ロボットを使ったPR映像を作りませんか」という提案をしたのが始まりです。その中で、同社が2年後に100周年を迎えるとうかがいまして、では、それに向けて作ってみませんかということになったんです。

MOTOMANのスピードの速さや正確性、また人間のようなしなやかな動きといった、ロボットが持っている特長をいかにプレゼンテーションをするかということを軸に、企画を3案作りました。その中のひとつが「居合い切り」で、同社の方に選んでいただいたことでこのテーマに決まりました。

――ちなみに他の2案は?

阿部氏: ひとつは楽器を弾くというもので、もうひとつは野球をするというものでした。


――数ある安川電機のロボットの中で、このプロジェクトに使うロボットを選んだ時の選定理由は何だったのでしょうか?

阿部氏: 100周年の節目の年を飾るムービーということで、僕も安川電機のみなさんも、最初の企画提案の段階から、主力製品のひとつであるMOTOMANを中心に据えていました。MOTOMANにも色々なサイズがあるのですが、居合いに一番最適なサイズということで、MOTOMANの中でもMH24が選ばれています。

――ロボットの調整には苦労されたということですが、リリースに記載されていないことで印象的なエピソードなどありましたら教えていただきたく思います。

蜷川氏:テスト段階ではなかなか「切る」こと自体が成功しなかったので、そこを繰り返し繰り返し試行錯誤して進めました。一回失敗するごとに、プログラミングへ変更を加えていただいたことが印象に残っています。また、刀はわずかにゆがむだけで切れ味が変わったりする微妙なものだったので、そこが大変でした。

ロボットはやはり人間を超える力をもっているので、対象物が切れなくても、そのままアームを押し進めようとしてしまうんです。人間であれば、腕の力の方が弱いので先に手から刀が離れると思うんですけれども、ロボットの場合はボルトで強く刀を固定していますし、そのまま力を加えてしまうので、固定した部分が曲がってしまうということがありました。
曲がると刀鍛冶の方にお願いして修理するのですが、長いと1週間くらいかかって……。直しては取り付け、また曲がって……という繰り返しでした。

阿部氏: :1カ月近く「切れない」という連絡が続く状況で、かなり精神的につらい撮影ではありました。MOTOMANが物を切れないことには、撮影が進められないので……。

――できあがった映像を見る限り、人間(町井氏)とロボット(MOTOMAN)が拮抗しているようにも見えるのですが、そこにたどりつくまでが苦労の連続だったのですね。

蜷川氏:映像だけ見ると、MOTOMANがスパスパと物を切っているので、ロボットだから簡単にこなしているのだろうと思っている方もいらっしゃるかもしれないですね。●ロボットの居合い切りに隠れた"師匠の教え"
――MOTOMANの調整にはとても苦労されたとのことですが、映像では非常に鮮やかな剣技を披露しています。成功のきっかけは何だったのでしょうか?

阿部氏: :現場に町井さんが入ったことですね。
最終的な微調整に町井さんが入っていただいてから、MOTOMANの剣技が成功する確率が上がっていきました。

――MOTOMANの動きは町井さんの動きを解析したデータによるものですが、ご本人の目視と調整がさらに重要だったということですか?

阿部氏: :そうです。現場でも、(MOTOMANの刀の)入射の角度は、町井さんが気にして何度も調整してくださいました。

――映像のストーリーとしては「人間とロボットの力比べ」と言った風に見えますが、実際には町井さんもMOTOMANの成功のために尽力されていたんですね。

阿部氏: 本当に切れなくて困っていたので、町井さんには助けていただきました。また、チームの中でも、完全に対等な対決というよりは、師弟対決といった意識が強かったように思います。あまり強くそうした演出は入れていませんが、角度の調整など町井さんがロボットに「教えている」場面も入っていますし、MOTOMANの剣技に、町井さんが「おまえ、なかなか頑張っているな」というような視線を送る場面もあります。

――「師弟対決」という表現はとても素敵ですね。
映像の中で、「四方切り」に始まり、「袈裟斬り」「切り上げ」と町井氏の剣技をロボットがなぞっていく様子は圧巻ですが、クライマックス直前の「水平斬り」のみ、ロボットの方が斬るオレンジの数が多くされているなど、高度な技にチャレンジし人間(町井さん)を圧倒しているように見えました。このような構成にした理由は?

阿部氏: ざっくばらんに言うと、「弟子がなかなかやる感じになってきた」というストーリーです。人間から学び、技が高まったことが分かるような見せ方にしています。そうは言っても、さやえんどうを水平に切る時も、町井さんが教えたことで切れるようになったという映像構成になっています。

――ここからは、映像の見せ方についてお伺いします。色合いの彩度はかなり抑えめで、テロップやロゴなども含め、白・黒・ポイントに赤といった、かなり選ばれた色しか使われていないように見えます。こうした画面作りのねらいや工夫などを教えてください。阿部氏: 居合いというテーマを考えたとき、ロボットと町井さんの関係をクールな映像で見せるためです。
文字はデザイナーの方で和にプラスしてロボットをイメージしたカラーリングだったりですとか、文字の出し方を何度かトライして、進めていきました。

アートディレクターも入っていたので、映像のイメージは監督に僕ら代理店サイドから提示したのですが、強い光がロボットに当たって時折ギラリと光るような印象のものを提案しました。また、刀は暗いところで光るほうが非常にシャープに見えるんです。全体的にシャープに見せつつ、ロボットの存在感を演出しました。

――字幕の情報量が多く、日本語と英語が併記されているのが印象的です。海外メディアや著名人にも注目されているこのムービーですが、やはり海外で見られることを強く想定して映像づくりをされていったのでしょうか?

阿部氏: デザインサイドのことで言いますと、日本語のアニメーションを重点的に作っています。英語に関しては、世界の人がYouTubeに見るという前提で、字幕としてあとから入れました。そのため、英語字幕がないものが完成品と言えるんですけれども、誰が見ても分かるようにつけました。かつ、小さい画面でも見やすいようにボールドのフォントで入れています。

また、デザイン面以外のところで、安川電機はBtoBでは大きな市場規模を占めていて、世界を相手にしている企業ですが、事業領域として一般の方(BtoC)にはあまり接点がありません。そんな同社のPR映像が世界に広がって、「日本のこの映像がすごい」と話題になることを狙うとして、日本をイメージさせる要素が必要だと考えました。

日本というと、産業用のロボットからガンダムなども含め「ロボット」の印象が強いですし、また「侍」は海外の方にとって日本を強く想起させるキーワードです。そこでふたつを組み合わせて、「安川電機のロボットも日本の文化もすごい」ということが伝わるように企画を考えました。

――YASKAWA BUSHIDO PROJECTのロゴや千本切りの際のピクトグラムアイコンのようなビジュアル面のデザインも新規に起こしたのでしょうか?

阿部氏: はい、そうです。監督のディレクションのもと、日本語のアニメーションを担当したデザイナーの方が手がけました。

――メイキングの画像の中で、カメラマンの方が安全のために甲冑を着用されていましたが、「武士道」プロジェクトにおいて西洋甲冑を着用した理由は?
阿部氏: 基本的には人があまり近くに行くと危ないので、大半がそうしない形で撮影されています。しかし、寄って人の手で撮らないといけない場面もあったので、甲冑を着たカメラマンが対応する場面はあったというのが前提です。

確かに居合い切りから連想されるのは日本の鎧なんですが、脇の下など、多くの部位に隙間があるんですよね。比較した場合、甲冑の方が体が守られるというのが一点。それに加えて、本番の映像に映るわけではないにしろ、全体の流れの中で面白く見えるのではないのではないかという監督のアイデアで採用されました。

――各方面のクリエイターが総動員されて作られたこの映像ですが、ここで得られたMOTOMANのプログラミングや動きは今後別の場面で活用されるご予定はありますか?

阿部氏: 実は今回、MOTOMANの使い方としてはかなりイレギュラーなことをしています。町井さんの動きを再現するため、所定の電圧よりも出力を上げているんです。そのまま使っていると負担が大きくなるくらい、通常の使用を超えたことをやらせていて、安全圏内での作業とは異なるので、そのまま実際の業務内で使えるということではないでしょう。

ですので、居合いの動きがそのまま業務的に生かされるということはないかと思いますが、この動画は国内外で広く見ていただけていて、「安川電機のロボットは非常に正確に動く」というイメージが世界に広がったことには手応えを感じています。そういったブランディングの面で、BtoBの場面でも話題に上ればと思っています。ムービーについてはこれからどこまで伸びるかという段階ですが、安川電機のみなさまにも喜んでいただけています。

――ここは特に見てほしい、というような要素が他にあればぜひ教えてください。

阿部氏: 映像に関してはこれまでお話した通りなのですが、サウンドデザインにも注目していただけると嬉しいです。かなり豊かな作りをしているので。YouTubeで公開しているためパソコンなどで再生することが多いと思うのですが、ぜひヘッドホンで聴いていただきたいな、と。そうすると、いわゆるPCのスピーカーからは聞こえない音楽や環境音がわかって、映像の印象がより強く見えるのではないかと思います。

――最後に、人の心に残る映像・CMを作り続けている阿部さんから、広告のクリエイティブを目指す人にメッセージをいただけますでしょうか。阿部氏: 大切なのは「新しいもの」を作ることです。今までに見たことがないものは、かなり高い確率で人の目を集めます。やはり見たことのない映像は強い力を持つので、皆さんそれを生み出すべく、広告業界を目指しているのではないかと思います。

同時にそれは「誰ひとりとして作り方が分からない映像」であるということも意味しています。ですから、頭の中にあるイメージを実現化する時、非常に苦労するんです。絶対にひどい目に遭います(笑) 何しろ前例がないので。

今回も、ものすごく難しい関門をくぐり抜ける必要があって、心底途方に暮れたこともありました。もう無理なんじゃないかと思うこともありました。スタッフのみなさんの力を借りて、こうして形にできたことが本当に嬉しいです。

これから広告のクリエイティブを目指す人たちも、制作にあたってとんでもない苦労や問題を抱えることになった時は、「自分はこれまでにないものを作ろうとしているんだ」ということを信じて、前に突き進んでください。逆に、そうした事柄が起こらない時は、作っているものが「誰かの作った何か」であるということです。ぜひ若い人たちにはチャレンジしていただきたいです。

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