『俺の家の話』でも注目の前原滉、人生を変えたヒッチハイク「小栗旬さんにはなれない」
●役者は余白を埋める仕事だと思っていた
NHK連続テレビ小説『まんぷく』の塩軍団、『あなたの番です』(日本テレビ系)の管理人、『俺の家の話』(TBS系)では主人公の別れた妻の新しい夫と、ここ数年、気になる存在だと感じている人が多いであろう俳優・前原滉(28)。初の映画主演作となる『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』が26日から公開になった。
毎日きっちり朝9時から夕方5時まで、川の向こうの町と戦争をしている架空の町を舞台に、淡々と進む映像の中に痛烈なメッセージを落とし込み、アキ・カウリスマキともロイ・アンダーソンとも、はたまたテオ・アンゲロプロスとも称される池田暁監督作で、主人公の露木を演じた前原にインタビュー。
片桐はいり、きたろう、石橋蓮司と強烈な先輩陣が脇を固める中で初主演を務めた感想にはじまり、高校卒業後に入った養成所で「小栗旬さんみたいになれると思っていた」という過去や、「自分らしさ」を受け入れるようになったきっかけなどを聞いた。
○■すぐに「やります!」とは言えなかった初主演映画
――脚本で世界観をつかむのは難しそうな作品だと感じました。
最初に脚本を読んだあとに、池田監督の過去作を観まして。全部ひっくり返りました(笑)。露木って、きっとこういうときはこうしてるのかなとか、なんとなく想像して読んでいましたが、これは全然違う!と。
システマチックというかオートマチックな機械的な感じになりそうだと。そこから悩みまして。正直、すぐに「やります」と言えませんでした。いただいたお仕事を断るということは、基本的にないのですが、今回は戸惑いというか、見えなくて。
――見えないままに引き受けていいのかと悩んだ?
主演ということもあったと思います。これが僕の初主演作としてずっと残っていくわけですし。マネージャーさんとか、周りの方々に相談したり、話し合いをするうちに、チャレンジとして楽しそうだという気持ちが大きくなって。池田監督の世界観に染まろうと決めてからは、抗うことはなかったです。
○■先輩方の演技に悔しさと尊敬の思いが
――共演者には、第一級のクセある役者陣が揃っています。キャストが決まっていったときは?
もう、ヤバイヤバイと(笑)。「周りのみなさんが、すごいんだけど!」となりました。ただ普段は、周りとのバランスを見ながら自分のポジションを探すことが多いのですが、今回は、自分のポジションに関して、周りとのバランスを考えるといったことはしなくていいと思いました。
――というのは?
周りの方々の名前を聞いたときに、この方たちが露木という人間も物語も動かしてくれるから、僕が量ることではないと思ったんです。観客のみなさんは、露木目線で共感したり、共感しなかったりしていくと思いますが、僕はただそこに立って、みなさんにおんぶに抱っこ状態でいればいいと。実際、本当におんぶに抱っこでした。皆さん本当に素晴らしくて。
――本作でも強烈ですね。
撮影でも笑ってしまって。定食屋さんで、厨房の奥のほうから、はいりさんが2人分の定食を持って出てくるシーンがあるんです。そのとき僕は今野(浩喜)さんと向き合って、正対して無言で待っているのですが、途中から、「今野さん、面白いな」とか思い始めてしまって、そのうちに、重いお盆を持って小鹿のように歩いてくるはいりさんが視界の端のほうに入ってきて。耐えられなくて笑ってしまいました。
――独特の動きをされますからね。
大先輩のお芝居を止めてしまって申し訳ないと思いつつ、笑わずにいられませんでした。ほかのキャストの方々も、きたろうさんに石橋蓮司さん、嶋田久作さんと、すごい方々ばかりで、みなさん、池田監督の空気のなかで同じようなニュアンスで演じているのに、それぞれ個々の色があるんですよね。
悔しい思いと尊敬の思いが入り混じりましたね。
○■新しい芝居の方法を知った
――メッセージ性の強い作品で、「想像すること」の大切さを感じました。
おかしなことがたくさん起きていて、理不尽な町長がいて、でも町長が当たり前だといえば当たり前になってしまう。抗うことにはエネルギーもいるし、当たり前だと思うことのほうが楽だったりする。それってこの作品の外側、僕らの日常でも同じですよね。演じているときも、完成した作品を観た時も同様のメッセージを受け取りました。ただ役者として感じることには違いがありました。
――というと?
役者は余白を埋める仕事だと思っていたんです。
でも今回、言葉のニュアンスとか表情とか、そうしたものを全部抜いても、メッセージは、伝わる方には伝わるんだろうと感じて。こうしたお芝居の方法もあるんだということを知りました。監督の世界観に身を委ねてみて分かったことです。
●「西へ」と書いた紙を掲げて、2週間かけて鹿児島へ
○■“小栗旬”から脱却できたヒッチハイク
――前原さんご自身についても聞かせてください。高校を卒業後、すぐに養成所に入ったそうですが、そこから2015年の事務所所属までに期間があります。
僕、すごく怠け者なんです(苦笑)。養成所に籍を置いているということで、とりあえず安心してしまっていたというか。それこそアルバイトがあれば生きてはいけますし、きっと何とかなるだろうみたいな感じだったんです。
あと、養成所に入った瞬間から、僕は小栗旬さんのようになれると思ってたんです(笑)。でも、仲間たちとレッスンを受けていくうちに、「違うな」と感じるようになっていって、頭では分かっていたんですけど、気持ちとしてはやっぱり小栗さんみたいになりたくて。そうした時期に、自分自身を見つめ直そうと思ってヒッチハイクをしたんです。それが僕を変えてくれました。
「西へ」と書いた紙を掲げて。2週間かけて結局、鹿児島まで行きました。会う人、会う人、みんな優しくていい人で。車中で2人きりになるんですが、話しているうちに、みなさん「誰にも話していないんだけど」みたいな話をされるんです。
たぶん、「初めまして」だからこそ話せたのだと思いますが、最終的に「話せてすっきりした。乗せてよかった」と言ってもらって。乗せてもらったのは僕のほうなのに。そうした優しさに触れているうちに、自分がこだわっている薄っぺらいプライドがしょうもないことに思えてきて。小栗さんになれないなら、なれなくていいじゃないか。別の道を探せばいいじゃないかと。自分を認められるようになっていったんです。
――大きな変化があったんですね。
そこから養成所でも三枚目のお芝居とか、人を笑わせるためにここをやってみようといった意識が増えて、そこが評価されるようになって事務所所属に繋がっていきました。あのときヒッチハイクをしていなかったら、いまだにアルバイトをしながら養成所に通っていたかもしれません。
――自分らしさを受け入れたことが今に繋がったんですね。
そこからはあまり迷っていないです。だから今回のように主演となると逆に緊張しますが、そこは自分なりの主演という形をこれから見つけていけたらと思っています。
○■前原滉といえばこれ、という部分も作っていきたい
――前原さんには不思議な空気感があります。『直ちゃんは小学三年生』(テレビ東京系)での小学生役も違和感がありませんでしたし、『俺の家の話』では、すごくほんわかしているのに、でも親権を争うんだ!?という役もハマっています。
「エモい」っていう理由だけでね(苦笑)。Twitterでエゴサーチしたら、「エモいという理由だけで選ぶな」みたいにちょっと怒られてました。
――エゴサーチはするのですか?
最近はあまりしなくなりました。『あなたの番です』のときはすごくしてましたね。話題にもなっていたので、つい調べてしまって。でも以前までは役名とか自分の名前で調べていたのが、最近では作品自体の感想を見るようになりました。
――ご自身の強みはどこだと感じていますか?
おっしゃっていただいたように、なにかの役をやったら、それっぽくなるという幅が広いことかなと思います。変に陽気な奴をやっても、暗い奴をやっても、小学生をやっても成立するという。そういう見た目は強みかなと思います。
――ハマるからこそ、いっときはそれこそ「塩軍団」(『まんぷく』)のように呼ばれた時期もあったかと。
そうですね。そのあとは「管理人さん」(『あなたの番です』)と言われてました(笑)。それはそれで嬉しいですよ。その人たちのなかに残っているんだなと思いますから。でも常に塗り替えてもいきたいですね。この先5年経っても「管理人さん」と呼ばれていたらヤバイし。それに、前原滉といえばこれ、という部分も作っていきたいです。時間がかかると思うので、いま作りたいというより、これから作っていけたらなと。
――まさに今回の作品を支えているベテランの方々は、なんにでもハマれるし、なおかつそれぞれの俳優さんとしての個性もある方々ですね。改めて、初主演作、最初に名前が出てくることに感慨はありましたか?
そこにこだわっていた時期もありました。何番目にクレジットされてるといったことが、自分の評価だと思っていたというか。でも実際に主演を務めさせていただいたことで、一番目に“載せていただいた”という気持ちを感じたというか。それこそ作品作りはチームプレーなんだと身に沁みました。もちろん、最初に名前があるのは嬉しいし、ありがたいですけどね。
■プロフィール
前原滉
1992年11月20日生まれ、宮城県出身。数多くの作品に出演する若手バイプレイヤーとして活躍中。映画『あゝ、荒野』(17)で注目を集め、連続テレビ小説『まんぷく』(18)では通称“塩軍団”の小松原として人気に。翌年には『あなたの番です』でマンション管理人役を演じて印象を残す。今年は年明けからスペシャルドラマ『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』、ギャラクシー賞2月度月間賞を受賞した『直ちゃんは小学三年生』、『俺の家の話』に出演。映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』が初主演作となる。またMOOSIC LAB[JOINT]2020-2021にて上映中の『彼女来来』でも主演を務めている。
望月ふみ 70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビュー取材が中心で月に20本ほど担当。もちろんコラム系も書きます。愛猫との時間が癒しで、家全体の猫部屋化が加速中。 この著者の記事一覧はこちら