E3から見える「ゲーム業界の新秩序」 - 西田宗千佳の家電ニュース「四景八景」
直近のニュース記事をピックアップして、「家電的な意味で」もうちょい深掘りしながら楽しい情報や役に立つ情報を付け加えていこう……という趣向で進めている当連載。今回の題材はこれだ。
[小野憲史のゲーム時評]E3に見る業界のトレンドVR向けの展示でしのぎ削る (6月11日掲載)
筆者も6月13日から19日の間、ロサンゼルスに滞在していたのだが、その目的は世界最大のゲームイベント「Electronic Entertainment Expo(E3)」の取材だった。筆者はE3を取材しはじめて、そろそろ干支が一周しようか……というところなのだが、今年のE3は、過去に例を見ないほどの盛り上がりを見せていた。いや、その言い方は正確ではあるまい。実際には、過去10年以上の間に、今年よりも盛り上がったE3はあったかもしれない、と思う。だが一方で、特に2008年からこっち、ゲーム業界に元気がない時期が長かったこともあり、今年の盛り上がりが特別なものに見えた、という部分は否定できない。昨年から盛り上がりつつあったのだが、今年は明確に変わった。
ゲームといえばスマホゲーム、という印象が強くなった日本から見ると、今ひとつピンとこないかもしれない。だが、欧米のゲーム業界は確実に拡大のフェーズを迎えている。
○欧米のゲーム機市場は2年で変わった
E3が盛り上がっている理由は、まちがいなく「ゲームが売れているから」だ。2013年のE3取材時は、サンフランシスコやロサンゼルスのゲーム専門店をのぞいても、店頭は寂しい感じだった。ゲーム機よりも中古のタブレットが目立つありさまだったのだ。日本のゲーム専門店から携帯ゲーム機を取り除いたような姿、というとわかりやすいだろうか。
それが、今年はまったく変わっていた。店頭にはゲームがあふれ、ゲーム機の箱が山と積まれていた。
そうした変化をもたらしたのは、2013年末に欧米で発売され、日本では2014年に発売になった「PlayStation 4(PS4)」と「Xbox One」、2つのゲーム機である。
PS4とXbox Oneは、PS3世代に比べ性能が高く、開発も容易な構造である。そのため、PCまで含めた「今時のリッチな環境」に向けて開発したゲームを動かせる。PCでも同じ事はできるが、汎用機であるがゆえに、ゲームにこだわったスペックにするとコスト的には不利だ。15万円を越えるゲーム用PCを用意し、逐次メンテナンスをしていくのは苦しいと思う。「濃いゲームはプレイしたいがコストはかけなくない」、なんとも絶妙な領域を家庭用ゲーム機がカバーしていることになる。
文字だけで見るとその領域は狭そうに思えるが、蓋をあけてみたら、そこに巨大な市場があった。PS4は今年の3月に、全世界で2,020万台が売れた。
SCE側はいまも「過去に発売したPlayStationよりも早い勢いで売れている」(SCEのアンドリュー・ハウス社長)としている。
日本市場は3月の段階で120万台程度と、人口に相当する市場規模から見るといかにも小さい。「最近のトレンドにあったゲーム」が欧米を中心としたムーブメントであり、日本人の琴線に触れるタイトルが少なかった、ということもあるだろう。
だが、「日本のコンテンツを世界が求めていなかった」かというと、そうではない。それが特に顕著だったのが、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のプレスカンファレンスだった。
SCEは、2009年にPS3向けに発表されたものの、開発難航により凍結されていた「人喰いの大鷲トリコ」をPS4向けに発売すると発表した。また、スクウェア・エニックスは、PS1で大ヒットした「ファイナルファンタジーVII」をPS4向けに完全リメイクすると発表した他、セガがDreamcastでヒットさせたゲーム「シェンムー」の続編を、オリジナルの開発者である鈴木裕氏が開発することもアナウンスされた。これら「日本のコンテンツ」に関する展開については、アメリカの聴衆もスタンディングオベーションで迎え、プレスカンファレンスの中でも最高の盛り上がりを見せた。
日本のコンテンツが注目されるということは、それだけ日本のメーカーがPS4に開発投資をし始めた、ということでもある。とすると、日本人が好むゲームはこれから出てくる……と期待できそうだ。E3はあくまでアメリカ市場向けのイベントなので、純粋に日本向けのゲームは発表されない傾向にある。日本メーカーのPS4に対する開発投資の状況は、秋の日本向けゲームイベント「東京ゲームショウ」前後に見えてくることになるだろう。
●対決でなく「協力」しあうVRメーカー
○対決でなく「協力」しあうVRメーカー、大きく変わった業界構造
もう一つ、今年のE3の話題は「バーチャルリアリティ(VR)」だ。
VRといえば、今やFacebook傘下の企業であるOculus VRの「Oculus Rift」が昨今の熱狂をもたらしたのは間違いない。2012年のE3でプロトタイプが発表されてから3年、いよいよ2016年第1四半期の製品出荷に向けて、コンシューマ市場向け製品版(通称CV1)が発表され、E3でも大々的にデモが行われた。
もうひとつの話題は、SCEが同じく2016年上半期に発売を予定している「Project Morpheus」だ。
こちらはOculusとは異なり、PS4専用の機器。ゲームに特化しているだけに、E3会場には20を超えるVR専用ゲームが用意され、体験プレイができた。
さて、となると「Oculus対Morpheusか」「どこのHMDが勝利を収めるのか」的な話になりがちだ。だが現状、動きはちょっと異なる。OculusとSCEをはじめとして、VRに関わる技術者達は横のつながりが強く、良いVR機器を作るためにまずは販売競争より協力、という体勢にある。さらにそれだけでなく、もう一つ、現在のゲーム業界を象徴する状況を理解しておく必要がある。
過去、家庭用ゲームとPCゲームは地続きではなかった。特に、1980年代から2000年代までは、家庭用ゲームとPCゲームはソフトも開発体制も大きく異なっており、違う市場という色合いが強かった。
日本では現在もそうだろう。
だが、高度なソフト開発が必須になり、PC上でのプロトタイピングが重要になったこと、そして、高性能なGPUはまずPCに搭載される流れが当たり前になったことで、ゲームはまず「PC」で開発されるようになってきた。さらに、小規模なインディ系ゲーム会社も、ネットワークを介して小さなリスクでビジネスを始められるようになってきた。
OculusがPCからスタートしているのも、そうした背景に基づく。PCでプロトタイプを作り、販売に向けた体勢を整えていく。
そこでMorpheusやPS4はどのような役割を果たすのかといえば、「数を背景にした販売経路」としての役割だ。PCとPS4で同じタイトルが出た場合も、プレイの手軽さもあり、販売量ではPS4の方が有利になる。宣伝でもSCEの協力を得られる可能性があり、有利になる。
PCで作り、さらに数を売ろうと思った時にゲーム機メーカーの出番、というのが、PS3後期の2010年以降、特にPS4・Xbox One世代での特徴といえる。
そうした構造は欧米から生まれたものであり、古典的な「ゲームメーカーモデル」が強い日本では、また違った流れがある。同人ゲームやインディー系ゲームが日本でも広がりはじめているものの、欧米ほど浸透しているとは言い難い。
家庭用ゲームにしろVRにしろ、今後、日本で普及していくには、そうした「欧米で生まれた産業構造」が、日本流にアレンジされて取り込まれる必要がある。日本の市場に受け入れられる新しいソフトの登場には、現在の開発環境やソフト流通にふさわしい体勢が必要であるからだ。ゲームプラットフォーマーも、既存のゲームメーカーを支援するだけでなく、そういった「新秩序の上でのビジネス」を助ける活動を活発化することが求められている。