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新型iPod touchから読み解くアップルのデバイス戦略 - 西田宗千佳の家電ニュース「四景八景」

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新型iPod touchから読み解くアップルのデバイス戦略 - 西田宗千佳の家電ニュース「四景八景」
●アップルは「擬似垂直統合」ビジネスモデルだ!
直近のニュース記事をピックアップして、「家電的な意味で」もうちょい深掘りしながら楽しい情報や役に立つ情報を付け加えていこう……という趣向で進めている当連載。今回の題材はこれだ。

アップル、第6世代iPod touch - iPhone 6と同様のA8チップ搭載 (7月16日掲載)

ご存知の通りiPod touchは、「携帯電話網への接続機能を持たないiPhone」のようなものだ。前回にリニューアルしたのが2012年9月のことだから、3年近く刷新されていなかったことになる。3年間のブランクはとくにハードウェア面で大きく、新型と2012年モデルでは性能面で大きな差が生まれている。昨今のアプリを使うのであれば、ずっと快適な体験になることだろう。しかも、サイズは過去のものとほぼ同じ。128GBのフラッシュメモリーを搭載したモデルも用意されたから、なかなかお買い得なモデルと言える。


○アップルは「擬似垂直統合」ビジネスモデルだ!

そもそもiPod touchの存在は、アップルのiOSデバイス戦略と密接に紐付いている。

他社製品とiOS機器の違いは、アップルが自ら設計したり、他社に特別なパーツをオーダーして調達するものが多い、ということにある。中核となるSoC(※)である「Aシリーズ」は自社開発の上、パートナーに製造を委託しているもので、他のメーカーは使えない。性能を数字でみれば、iPhoneもiPadも、Android端末に比べ特段優れた点はない。iOSとの一体設計がなければ、ここまで快適な製品にはならない。

※システム・オン・チップ。CPUやGPUと周辺LSIを一つにまとめたもの

そして、アップルのiOS機器、特にiPhoneの特徴は、とにかく利益率が高いことだ。パーツコストは販売価格の3割程度と言われている。
ただし、ここに宣伝や流通、在庫、研究開発などのコストが乗ってくるので、実際の営業利益率は3割、というのが定説だ。とはいえ、他社の倍近い利益率と言われており、アップルは圧倒的に商売がうまい。

高い利益率を支えているのは、部材調達コストのコントロールである。アップルが自社独自のパーツを調達しているのは、そうするのが、もっとも価格を安く、安定的に調達する方法であるからだ。アップルは工場を持たず、生産委託の形でビジネスをしている。しかし実際には、半導体やボディの生産について、かなり初期設計の段階から関わり、独自に生産機械を調達し、生産委託工場に配置していたりする。

工場を持たず、他社から供給されるパーツを組み立てて最終製品を製造するビジネスモデルを「水平分業型」という。そして、アップルは水平分業の代表、と言われることが多いが、筆者は間違いだと考える。
工場こそ持っていないが、「バーチャルな垂直統合型」だと思っている。自社製品に特化した部品を一気に製造し、ソフトもそこに合わせてチューニングする。そうやって無駄を排除することが、利益率を高めるためには重要なのだ。

思えば、アップル製品はバリエーションが少ない。スマートフォン製品においては、サムスンやソニー、LG電子に対して、数分の一のバリエーション数しかないのだ。それは、同社が少ないバリエーションで顧客をつかみ、利益率を高める戦略であることを示している。

●「マイファーストiPhone」としてのiPod touch
○「マイファーストiPhone」としてのiPod touch

前置きが長くなったが、ここで話をiPod touchに戻そう。iPod touchでは、iPhoneに使われているSoCのうち、一世代前もしくは性能が劣るものが使われる。
2012年秋のモデルではiPhone 4Sに使われていた「A5」が利用され、今年のモデルではiPhone 6に使われている「A8」が搭載されている。ともに、1年前に登場したiPhoneのSoCを低クロックで使っている。低クロックにしているのは、製造上その方が有利であり、コストダウンにもつながるからだ。新iPod touchと2012年モデルのパフォーマンスの違いは、ほぼSoCの進歩と歩調を合わせている、と考えて差し支えない。

だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜ、2013年と2014年にはiPod touchの新モデルがなかったのだろう? 正確には、2013年には1モデルのみ、2012年版の廉価版が用意されたのだが、本格的な新モデルはなかった。

ここで、アップルにおけるiPod touchの位置づけを理解しておく必要がある。

iPodといえばアップルの音楽機器のブランドだが、ことiPod touchについては、必ずしもそうとは言いかねる。
iPhoneの登場以降、アップル製品の魅力は「iOS向けのアプリ」になっていった。アプリ、特にゲームの市場は急拡大した。アップルとしても、この機会に巨大市場であった「携帯ゲーム機」へチャレンジしたい、という意志が強く働いていた。家庭で楽しめる低価格版iPhoneとして登場した、という側面がある。その性格が強く現れていたのが、2012年版のiPod touchだった。

当時、アップル関係者は筆者にこう話した。「子供が最初に持つアップル製品がこれになる、と思っている。ネット機器としても、カメラとしてもこれを最初に触れる。
だから本物じゃなきゃいけない」。

iPhoneと同じ要素を持ちつつ、低価格な「マイファーストiPhone」としての位置づけが重要だったわけだ。そうした要素がもっとも強く、「一般市場への拡大」を意識していた製品だと言える。例えば、2012年版には専用ストラップの「iPod touch loop」があった。これが用意された理由は「カメラならストラップがあるのが当たり前だろう?」(アップル関係者)ということだった。

しかし、その状況は2013年から2014年の間に、変化した。

スマートフォンは高価格モデル一辺倒ではなくなり、Androidを中心に低価格製品が増えていく。長期契約に伴う割引などを使えば、ハイエンドスマホでも安く入手できるようになる。
市場がアップルに求めているのは低価格iPhoneであり、iPod touchではない、という状態だった。

そこで、アップルは一世代前のiPhoneを生産し続け、低価格機種として併売したり、プラスチックボディでシンプルな外観の「iPhone 5c」を製品化したり、というアプローチを採った。その製造にかかるコストと販売戦略を中心軸とした場合、iPod touchの新モデルを用意する意味は薄れていた。

●久々に「音楽が軸足」のiPod touchに
○久々に「音楽が軸足」のiPod touchに

が、今年は違う。アップルはストリーミング・ミュージック・サービスである「Apple Music」を軸に、音楽ビジネスの再構築を行う。過去のiPodは「オフラインで音楽を聞くもの」だが、Apple Musicを軸にするなら「オンラインで常に使い続けることもできる機器」、すなわちスマートフォン的なものが必要になる。iPod touchは「ストリーミング時代の音楽プレイヤー」としての存在になるというわけだ。

現在、多くの人が音楽をスマートフォンで聴いている。以前に比べれば専用機の必要性が低下しているのは間違いない。一方、スマートフォンは電話・ネットに関するライフラインとしての価値が高く、音楽などのエンターテインメント要素は切り分けたい、というニーズもある。

iPod touchであれば、そのニーズに対応するにはぴったりだ。アップルは2014年に「低価格スマートフォン路線」からは一歩退く判断をしている。低価格iPhoneとiPod touchの共食いを気にする必要もなくなった。

ならば、より音楽市場に向けたチューニングでiPod touchを出そう、という発想も頷ける。大量の音楽を貯めこむ人のために128GBモデルが用意され、コスト的に厳しい割にニーズが薄いストラップは削除された。アップルは例年、音楽系製品のリニューアルを秋に行っていたのだが、今回はApple Musicとの関係を強調する必要もあり、夏の発表になっている。

現在、音楽シーンではストリーミングやアプリベースでの配信に軸足が移りつつあり、単品の音楽プレイヤーでは立ちいかなくなりつつある。ハイレゾに対応するにしても、アプリなどがあればより簡単になる。そういう存在の受け口としても、iPod touchは重要だ。

Androidにおいても、同じようなものがあればそれなりに市場はできると思う。だが、スマートフォンそのものが低価格化していること、音楽などの「サービス連携」を考慮できる企業が限られていることなどから、AndroidでiPod touchのような存在を作るところは稀だ。国内で目立つのはソニーのウォークマンくらいだろうか。

アップルとしては、音楽プレイヤー市場をテコに、AndroidユーザーにもiOS機器を買ってもらいたい、と思っているようだ。そういう存在として、iPod touchはかなり戦略的な意味合いのある製品、と言えそうだ。

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