テレビ・ワンシーン考現学 (13) 夏到来を知らせるBBQ映像との向き合い方
ドラマにありがちなシチュエーション、バラエティで一瞬だけ静まる瞬間、
わずかに取り乱すニュースキャスター……テレビが繰り広げるワンシーン。
敢えて人名も番組名も出さず、ある一瞬だけにフォーカスする異色のテレビ論。
その視点からは、仕事でも人生の様々なシーンでも役立つ(かもしれない)
「ものの見方」が見えてくる。
ライター・武田砂鉄さんが
執拗にワンシーンを追い求める連載です。
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○バーベキュー(BBQ)に行けちゃう人間なのかどうか
事あるごとに、人に向かって「オマエはバーベキュー(BBQ)に行けちゃう人間なのか?」と問い、「あんなの行けるわけないよ」と返してくれれば歯を見せて笑い、「えー、なんで、行っちゃいけないのー」とポップに返されれば口を真一文字に結んだまま背中を向ける。もう帰ってくれ、という合図だ。「リア充」という言葉は闇雲に使われすぎて好きではないのだが、(とりわけ若者は)なにかとリアルが充実していないと、BBQには参加することが出来ない。率先して肉を焼く係を買って出た、日頃から何かと頼もしい裕介(仮名)。
けなげに野菜を切り分けるのは、男女とも誰からも嫌われない明美(仮名)だ。テンションの高さが普段はうざったくもある智則(仮名)も、今日ばかりはムードメーカーだ。「もぉ、食べる前からそんなにお酒飲んだらダメでしょー」と呆れる明美の前で、コンビニで買った安い白ワインをラッパ飲みする智則。あと1時間もすれば、ハメを外して裸になり、川に飛び込むのだろう。
自分の居場所はありますか、見つかりますか、と残酷に問うてくるのがBBQというコンテンツである。そうですか、見つからないですか、という憐れみは、裕介から焼きすぎた肉を次々と紙皿に乗っけられるという行為によって表出する。はじめのうちは「お、おう、サンキュー」と返していたものの、そのうちに「これはもう食べられるな」と、鉄板の都合が優先される形で肉が配給されるようになる。あれだけ健気に野菜を切り分けていた明美は、陰でカロリーメイトでもほうばっているのではないかと疑いたくなるくらい小食で、「私、もうお腹いっぱいだぁ」と、食べている最中なのに、出来得る範囲の片付けを率先して始めてしまった。
智則が上半身裸になった。川ではしゃぐのはもう間もなくだろう。
○本格的な夏の到来を伝えるニュース映像
BBQ、この10年くらい、誰からもお呼びはかからない。気が付けば自分の周囲にいる人たちは、「BBQで肉を焼いているようなヤツって絶対にポロシャツの襟を立てているよね」と小馬鹿にし合う男の友人か、「甲斐甲斐しく野菜を切り分けているような女なんて、普段全く料理していないよ絶対」と罵る女の友人ばかりになってしまった。そう、お恥ずかしながら、私、そして私たちは、BBQの実践からかなり長いこと遠ざかっているのである。
それなのになぜ、私は先ほどのようにBBQの風景を恨みったらしく再現できてしまうのか。それはもう「本格的な夏の到来を伝えるニュース映像」の存在に他ならない。今日は36度まで気温が上昇する、昼前の11時の時点で埼玉の熊谷市ではもう32度だ、とアナウンサーが言う。
この時に使われる映像の多くはこうだ。まずは東京駅か有楽町周辺の交差点。汗を拭うサラリーマン。「いやー、もう、ねぇ。やんなっちゃいますねぇ」。続くのは水遊び場のある公園ではしゃぐ子どもたち。「もうねぇ、少しでもねぇ、と思いましてねぇ」とお母さん。これは平日のニュース映像。
週末の映像では変化が生まれる。ここで重宝されるのが、海水浴とBBQだ。渓流下りなんてのも意外と使われやすいが、経験のある人でないと、そもそもあれって涼めるのか、それなりに暑いままなのかが分からないので、映像としての訴求力に乏しい。
○あまり見かけなくなった「BBQトラブル映像」
高温を伝えるニュースに一瞬だけ映し出されるBBQの模様を、クーラーガンガンの部屋で、お中元でもらった高級そうなゼリーを飲み込むように食べながら眺める。うん、やはり、いる。奥に見える。はしゃぐ智則、肉を焼く裕介、野菜を切る明美。そんなニュースを見ている私の携帯に内蔵されている万歩計が記録しているのは「253歩」。
近くのポストに原稿料の請求書を投函しにいっただけだ。BBQの現場をもう長いこと知らないが、毎年のように更新されていくのは、この手のニュースを定期的に見ているからなのだろう。なるほどやっぱり今年も川辺でBBQが繰り広げられているのか、と確認作業をし続けてきたわけだ。
ニュースではなくワイドショーは、「ったく最近の若者は」需要に応え続けてきた。片付けをしないでゴミだらけのままBBQの場から立ち去ろうとする若者たちを糾弾する企画が流行ったのは5年くらい前だろうか。その数年後には、機材の設置から片付けまでを行ってくれる「BBQ代行サービス」が取り上げられ、「ったく最近の若者は、そんなことまで人に頼むのかよ」と憤らせようと意気込んだものの、どうやら理にかなったサービスでもあったようで、この数年は自分がテレビをつけている限りでは「BBQトラブル映像」には出合っていない。
○「てか、そっちも勝手に、撮影すんのとか、やめてもらえます?」
智則も裕介も明美も、モザイクをかけられてしまうと、どこまでも常識知らずの若者に変貌する。めっちゃ盛り上がったBBQ、まさか智則だけじゃなくて裕介まで川に飛び込むとは思わなかったぜ、マジで伝説の夏だなとか言っている太一(仮名)。
川辺で何組もがBBQを終え、各々とっても乱雑な片付けをし、燃えるとか燃えないとかガスボンベだとか花火の残りカスだとかが、一緒くたになってゴミ置き場に散乱している。そもそもここのルールでは、ゴミは各々持ち帰らなければならないはず。そこへかけつけた取材陣。「あっ、あちら、見てください。専用の洗い場が混み合っているからでしょうか、油まみれの鉄板を川で洗っていますね」「見て下さい、このゴミの山。こちらの看板が目に入らないのでしょうか。『ゴミは、必ず、持ち帰りましょう』と書いてあります」。モザイクをかけられた智則と裕介にマイクを向ける。
「ここってゴミを捨てちゃいけないのってご存知でしたか?」