デジタル技術の進化は本当に人から仕事を奪うのか? - ロボットと共に働く未来の在り方を考える
産業革命以降、機械の高度化が人間の仕事を奪う、という議論は産業革命以降、長きにわたって世界中で繰り広げられてきた。近年でも、さまざまなICT技術の誕生、発達により、コンピュータが人々から仕事を奪うのではないか、という議論が繰り返されており、2013年に発行されたオックスフォード大学のMichael A. Osborne准教授らによるレポート「THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?」では、近い将来、702種類の職業がなくなる可能性が示された。
そうした技術の進歩を受け、米国では今後10年で現在の仕事の47.1%を機械が代替すると言われるようになっている。こうした観点で見れば、コンピュータをはじめとするデジタル技術の進化は、人間から雇用を奪う悪しきもの、という見方をすることもできる。しかし、その一方で、「デジタル化は新たな雇用を生み出す可能性がある」とする人たちもおり、米シンクタンクのPew Research Centerが1896名を対象に2014年に行った調査(AI, Robotics, and the Future of Jobs)においても、48%の人が「デジタル化が雇用を奪うと思う」と回答する一方、52%の人が「デジタル化は雇用を生み出すと思う」と回答するなど、ネガティブな見方、ポジティブな見方がほぼ半分に分かれている状態となっている。
では日本での捉え方は、というと、政府発行の「日本再興戦略」などにおいて積極的なロボットの活用が盛り込まれるなど、雇用喪失に対する危機意識は海外の反響と比べて、それほど高くない。こうした背景に、「日本の特殊な労働事情と将来的には労働力不足に陥るであろうという危惧がある」と指摘するのは、アクセンチュア 戦略コンサルティング本部 マネジング・ディレクターである石川雅崇氏だ。石川氏は、「前述の論文の見解を単なる仕事に当てはめていく場合、非常に多くの人とロボットの代替が起こる。
確かにデジタル化の進展により人は単純労働から解放され、その領域は広がっていくこととなるが、現実にロボット化を進める場合、ROI(投資対効果)を考える必要があり、必然的にそれに見合った仕事、つまり低賃金労働ではなく、その上の中間層が担っている労働を代替する比率が高まっていく。しかし、日本の場合、分業化が海外ほど進んでいるわけではなく、1人でハイバリューな仕事をこなしたり、労働集約的にマルチに仕事をこなすといったことが日常的に行われているため、それを置き換えるのは至難と日本政府は見ている」と、そう簡単にロボットが人から仕事を奪えない理由を語る。
また労働人口の減少問題も切実だ。内閣府の資料を元に、アクセンチュアが試算した日本の労働力は、2030年時点で、GDP予測に対して約1100万人分ほど不足するという計算結果を出している。こうした値を踏まえれば、必然的に政府としても女性活用やロボット活用を打ち出さざるを得ない状況に陥っているとする。
事実、「日本再興戦略」の2014年版では、ロボット国内生産市場開拓として、2020年の市場規模を製造分野で現状の6000億円から1兆2000億円へ、サービスなどの非製造分野で600億円から1兆2000億円へとそれぞれ拡大することを掲げており、日常の中でのロボットの活用を1つの柱としている。「大きい市場としてはやはり製造業などの生産ラインでの活用だが、介護や医療での活用をはじめ、あらゆる生活シーン、これまでロボットがとらえられてこなかった分野に対しても、ロボットを活用することで、新たな価値を生み出していこう、というのが政府の目指しているところ」と石川氏は分析しており、「賛否の議論はあるものの、世界的に見てもポジティブな捉え方をする企業や調査機関が多い。欧州でも2020年までにテクノロジーの進化により、380万の新たな職種が生み出され、そうして生み出された仕事は、テクノロジーの進化によってなくなる仕事の2.6倍におよぶという報告もされている」と、新たな仕事が生まれることによって、企業で働く人に求められる能力が変化していくことにも言及する。
「人とロボットがともに仕事をする職場ということになれば、人も働き方そのものを変えていく必要がある。ロボットが行うことで、より生産性は高くなることは確実で、そうなれば、人が担うべきところは、より高度なものとなる。企業はそうした時代の到来に向け、対応する準備を進めていく必要がある」(同)。
●本当にロボットと人間が一緒に仕事をする日は来るのか?
では、具体的に日本の企業がそうした来るべき将来に対し、どう備えれば良いのか。対応の方針として例えばIoTという成長が期待される市場を例にとって見た場合、単にモノを作って売る、といった従来型のビジネスモデルから、そのモノが生み出す"何か"をどのように活用するのか、といったサービスまで含めた機能的価値を提供することが求められるようになる。そうしたサービスを実現するためには、「これまでの機械技術(ハードウェア)中心の考えから、ソフトウェア中心の考えにシフトしていくことが必要」と述べるのは、石川氏と同じアクセンチュアの戦略コンサルティング本部でシニア・マネジャーを務める関口朋宏氏だ。
「ソフトウェアエンジニアリングで世界を席巻しているGoogleやAmazon、Apple、Facebookの4社の時価総額は合計約150兆円。片や日本の製造業の時価総額上位4社の合計が約46兆円。
連結社員の数は約19万人対約89万人と、1人あたりの成長に対する期待値は大きな隔たりがある」(同)。もちろん、製造業は労働集約的な部分があり、そうした面だけでは測り切れない部分があるが、「すでにはGoogleが自動車の世界に参入したり、ソフトバンクが電力事業に参入するなど、既存の市場に異業種からまったく異なる価値を持って参入していく企業が次々と出てきており、そうした企業が市場の競争の在り方を根底から変化させ、将来的に覇権を奪う可能性が出てきた」という流れが世界的に起こっており、海外の大手製造業なども、リーン・スタートアップを活用するなど、ソフトウェア開発の概念を取り入れ、スピーディな意志決定を図ろうとしているのも事実だ。
関口氏は「日本もグローバルで戦っていくためには、こうした流れに乗るための備えをしていく必要がある」とも語っており、そうした方策として、「内製と外製の在り方の見直し」と、「顧客に寄り添うための意志決定の前線化と高速化」を挙げる。
従来、日本は新卒を正規雇用し、その人材を長い間かけて育成していく、という流れが基本路線としてあった。もちろん、学生側も昨今の情勢を理解し、就業能力をなるべく早い段階から入手しよう、という動きも出てきており、入社時点でまったくの未経験、ということをなくそう、という動きもなくはない。しかし、それでもやはり人材の育成には相応の時間がかかり、スピード感が求められる市場では、競争に追いつけないことも出てくる。そのため、内部でなんでも用意するのではなく、外部からも柔軟に、そうした能力や知識、アイディアを手に入れる方法を考える必要がでてくる。
もはや人材を獲得するという行為は、"採用"から"調達"へとパラダイムシフトが起こりつつあるといえる。
調達という観点から考えると、クラウドソーシングの活用も1つの選択肢となる。クラウドソーシングは、ICT技術の発展により、市場の成長が見込まれる分野としても期待されるが、近年は、これまでの単なる労働力確保という意味合いのみならず、企業としての差別化要因としての活用や、専門家集団が集うコミュニティそのものとのコミュニケーションによる理解促進といった活用も世界的には進められるようになってきたという。しかし、関口氏は、「日本企業がこうしたものに踏み込めているかというと、だいぶ取り組み数は増えてはきたものの、まだ踏み込みの度合いは浅い。アイデアソンやハッカソンなども開催されているが、その多くが日本の中という閉じられた世界での開催であり、今後の成長を考えるのであれば、グローバルの中でアイデアや能力の収集を行っていくことが求められるはずだ」とする。
一方で、企業の変化に併せて、従業員に求められる能力も必然的に変化していくこととなる。例えばハードウェアとソフトウェアが密接に絡む必要があるIoT市場は、GoogleやAmazonといったソフト側、日本の製造業のようなハード側双方から、成長市場と期待され、参入が相次いでいる。こうした分野は、ハードウェアとソフトウェアの融合が必須であり、これまでも組み込み分野のエンジニアには求められる能力ではあったが、ソフトウェアのエンジニアがハードウェアのことを、ハードウェアのエンジニアがソフトウェアのことを、互いにある程度、理解する必要が出てくる。もちろん、軸足はソフトウェア、ハードウェアのいずれかではあり、不得意な方は、別の得意な人や企業と組んで進めていくといったところが現実的な対応となるだろうが、より良い製品・サービスを実現していくためには、それこそかつての日本の半導体メーカーや電機メーカーのようなIDM(Integrated Device Manufacturer:垂直統合型デバイスメーカー)的なすり合わせを双方が行っていく必要があり、やはりある程度、相手側の技術を理解する知識が必要となるため、単にどちらかのエキスパートであれば通用する、ということはなくなってくることとなる。
相手が人ではなく、ロボット技術(人工知能)の場合も今後は増えてくる可能性もある。すでにソースコードを自動生成してくれるIDE(統合開発環境)や、最適な配線を自動で実行してくれるツールなどは存在しており、半導体ベンダなどもハードのことがよく分からないソフトエンジニアでもある程度のパフォーマンスを出せるハード設計ツールといったものも提供を開始している。この流れの先には、ソフトウェア/ハードウェアの垣根を越え、そうした機械と人間がコラボレーションする機会も増えてくる世界が見えてくる。
そのような時代にあって、継続的に成長を続けていくためには、企業は組織の在り方そのものをどう変化させていくのか、そして人は、新たな能力や技術をいかに身に着けていくのかを、顧客の価値をどのようにしたら向上できるのか、といった観点から考えていく必要がある。デジタル化の発展により消えゆく仕事もある一方で、人と機械が協力することで、これまで以上の大きな、そして新しい価値を生み出すことが可能となる時代が、目前に迫っている。