錦戸亮、独立後初演技「すごく幸せ」 吉田大八監督がプロデューサー目線を称賛
●主演&主題歌オファー「応えたい気持ちが大きかった」
映画監督の吉田大八氏と歌手・俳優の錦戸亮が、『羊の木』(2018)以来3年ぶりにタッグ。Amazon Musicの新プロジェクト「Music4Cinema」で、吉田監督がメガホンを取り、錦戸が主演と主題歌を務めたショートフィルム『No Return』が7月14日より公開される。2019年9月に個人事務所を立ち上げ、 ソロアーティストとして精力的に活動している錦戸にとっては、独立後初の演技の仕事。このたび吉田監督と錦戸にインタビューし、制作の経緯や再タッグの感想などについて聞いた。
同プロジェクトは、監督がオリジナル脚本を執筆、これにアーティストがオリジナル楽曲を書き下ろし、音楽×短編映画という組み合わせでオリジナル作品を制作する企画。4人の監督と4人のアーティストによる、「現代ユースの視点」をテーマにした4つの作品が公開される。
吉田監督と錦戸がタッグを組んだ『No Return』は、「自分はまだ若者だ!」と胸を張れないけれども、「おじさん」と呼ばれる覚悟もまだできていない、ごくありふれた日常を送る30代前半の男(錦戸)の物語。彼がふと思い出した昨夜の夢を語り始める時、過去と現在が歪み始め……現実と夢が交錯したストーリーとなっている。
――吉田監督は、最初にこの企画を聞いたときにどう感じましたか? また、錦戸さんを指名された理由を教えてください。
吉田監督:最初は、長めのプロモーションビデオと何が違うのか理解が追い付かなかったのですが、僕らが普段映画を撮っているときに主題歌を探すという流れだと理解しました。15分という尺の純度をどうやって高めるか考えているうち、主演・作曲・歌、全部1人でやれる人がいることを思い出して(笑)、すぐ彼に声をかけました。
――錦戸さんは、監督からの指名という形でオファーを受けたとき、どう思いましたか?
錦戸:僕自身、ここ数年で環境がガラッと変わり、台詞というものを全然言ってなかったので、純粋にうれしかったです。すぐ「やりたいです」と返事をし、頑張ろうと思いました。
――吉田監督の錦戸さんへのエール、1人で歩き始めた男へのエールも込められているのかなと思いましたが、吉田監督はどういう思いで脚本を書かれたのでしょうか。吉田監督:錦戸くんに頼むと決めてから脚本を書き始めたので、彼が見せてくれそうな表情の数々を楽しく想像しながら、あっという間に書き上げました。そういう意味では、完全に当て書きです。
例えば関西弁で喧嘩する錦戸くんを見たい、演奏する錦戸くんが見たい、などと思いつくまま、夢なので何でもありで、すごく自由でしたね。
――本作で監督が伝えたいメッセージとは?
吉田監督:メッセージというほど大げさなものは特にないんですけど、彼も含め自分より下の世代に対して常々思っていることや、彼自身が環境の変化に感じているだろう期待や不安を想像することも当然あったので、そんな気持ちが自然ににじんだところがあるのかもしれません。
――錦戸さんは、久しぶりに演技をされて、演技する楽しさを改めて感じましたか?
錦戸:演技していて楽しいと思いながらセリフを言ったことはないです。もちろん、セリフを言える環境に置いていただけたというのはすごく幸せなことですし、うれしいなと思いますが。
――主題歌「ジンクス」はどのような思いで制作されましたか?
錦戸:作品に向けて楽曲制作したことがなかったので、自分がどこまでできるのか正直わからなくて。いつも自分が言いたいことや、そのとき思いついたことを羅列している感じでしたが、作品の中に溶け込めるようにするにはどうしたらいいんだろうと考えて、行ったり来たり、逆に何も考えずに書いてみようと思って書いたものが、ほぼほぼ形になりました。なので、どういう思いというのはありませんが、応えたいという気持ちが一番大きかったです。
――監督とはどういうやりとりがありましたか?
錦戸:曲作りにおいて、書いたものを送り、「ここ違う言い回しできないかな」とか、そういうやりとりはけっこうありました。
歌詞だけではなく、演奏面に関しても。
――精力的に音楽活動を続けられていますが、今回の作品に関わって改めて音楽活動のやりがいなど感じましたか?
錦戸:今回の曲は、完成するまでに3カ月くらい、めちゃめちゃ時間がかかりました。試行錯誤して、回り道して。全部作り終わったときに自分の曲を作ったら1日でできました(笑)。今回の経験があったから1日でできたのだと。意見を仰ぎながらやることはなかったので、すごくいい経験になりました。
――今回の経験によってアーティスト活動に変化はありそうですか?
錦戸:あればいいなという希望ですかね(笑)。もっと時間が経った時に、「あれがもしかしたらきっかけだったのかな」と思えるようなこれからを作っていけたらいいなと思います。
●求められていることを的確につかみ最大限の力を発揮
――吉田監督は、3年ぶりにタッグ組んで錦戸さんの魅力をどのように感じましたか?
吉田監督:演技そのものに楽しみがあるわけではなく、仕上がりを基準にしている感覚が、僕にとってはありがたい。現場では監督の僕を100%信頼して委ねてくれているということだから。また、音楽制作のやりとりを通じて思ったのですが、すごくプロデュース目線がある。自分のやりたいことはいったん脇に置いて、僕が求めているものにまず応えたうえで、あらためて自分の表現として探っていく。僕も、自分から人に持ち掛ける企画と、人から誘われる企画と両方あって、それぞれに力の出しようがありますし。彼とそういう機会を共有できて、一つそういう楽しみ方を見つけてもらえたのであればうれしいです。
――プロデュース目線は、独立されてソロで活動されている中で培われてきたのかなと思ったのですが、ご自身の中ではどのように培われてきたと思いますか?
錦戸:僕自身は、プロデュースしているという意識は全くないですが、結局作っていたらプロデュースになっているのかなと。でもそれは、1人になってからというわけでもなく、遊びだってプロデュースの一環だと思うんです。
サーフィン始めてみようとか、全部自分で選んでいく。自分のやりたいことが形になった時に、プロデュースと言われることがあり、好きなことを追い求めていったらそういう風になっただけだと思う。ただ、どうやったら成立させられるかというのは考えます。今の僕にできる最大限、こちらが提示できるものという意味での自分の見極めはしています。
――それはここ数年ではなく?
錦戸:昔からです。
――監督は、『羊の木』の頃から錦戸さんのプロデューサー目線を感じていましたか?
吉田監督:映画が求めることを的確につかんで、その場で自分ができる最大のパフォーマンスにたどり着くのがすごく早い。もちろん信頼感がベースになるとは思いますが、見極めの早さはきっと彼のキャリアの早い時期から、いろいろな習慣や訓練の中で身についたものなのかなと想像しています。この何年かで責任が増した分、よりシリアスになったとは思いますが。
――錦戸さんにとって吉田監督はどういう存在ですか?
錦戸:『羊の木』の撮影をしていたのが2016年。ご飯を食べに行ったり、曲ができたら送ってみたり、「こういう曲どう?」と教えてくれるときもあったり。でも、一緒に仕事をして出来上がりを見て、それがすべてではないかなと。普段どうであろうが、そこで大丈夫って信用しきっているので、今回またご一緒できたのはほんまにうれしかったです。
――今回の撮影で印象的だったシーンと、実際に出来上がって好きなシーンを教えてください。
錦戸:両方まとめて1つになりますが、画面を通して初めて見たときに「え! 何これ」と思ったのが、喫茶店で「続けて、歌」と言われたシーン。大八さんが言ってるみたいと思って、「うわ~」と思いました。書いているのは大八さんやから(笑)
吉田監督:歌は続けるに決まってるんですけどね(笑)。
彼の音楽活動をこの何年か追っかけていたから、そういう言葉が自然と出ちゃったのかもしれないです。
――松浦祐也さんをはじめとする共演者の方たちとのエピソードを教えてください。
吉田監督:松浦さんとは以前から仕事するチャンスを狙っていて、やっと実現しました。頭をいきなりガラスにぶつけたのは、僕の指示じゃありませんが、やっぱりかましてくるなと(笑)。びっくりしたでしょ?
錦戸:びっくりしました(笑)
吉田監督:ああいう瞬間がこの仕事の醍醐味の一つ。映画を壊さないギリギリで何か仕掛けてくる俳優と、錦戸くんがどう向き合うのか。あそこの錦戸くんの表情も好きですね。
――錦戸さんは共演者のみなさんといかがでしたか?
錦戸:みなさん初めてでしたが、優しかったです。でも、いざ本番となれば怖いところもあって、大八さん好きそうだなと思いました(笑)。植田紗々さんや樋井明日香さんは撮影が押してとても待たせてしまいましたが、すごく優しくて、ほんまに優しい人たちやなって。
吉田監督:優しくされると弱いんだね(笑)
錦戸:グッときません?(笑)
――今回、「現代ユースの視点」がテーマとなってしますが、若者に戻れるとしたらいつ頃に戻ってどんなことをしたいですか?
吉田監督:もうあんな面倒くさいところへ戻りたくないなと。10年くらい前だったら、もう1回あの頃を経験してみたいという気力があったかもしれません。やっとここまで来たのに、戻りたくないです (笑)。
錦戸:僕もないですね。今、僕は36歳ですが、36歳の今の考え方を持ったまま16歳とかに戻れるとなっても、それって面白いのかわからないし、16歳の頃の考え方に戻ったところで、きっと同じことを繰り返すだろうし、戻りたいと思ったことは1回もないです。
――今、生きている瞬間が一番だと。
錦戸:そう言っておきたいですね(笑)。戻りたいとは言いたくないです。
ショートフィルム『No Return』は、Amazon MusicとAmazon Prime Video、AmazonMusic公式YouTubeアカウントで、7月14日より配信。