Ultra HD Blu-rayは何を狙うのか - 西田宗千佳の家電ニュース「四景八景」
直近のニュース記事をピックアップして、「家電的な意味で」もうちょい深掘りしながら楽しい情報や役に立つ情報を付け加えていこう……という趣向で進めている当連載。今回の題材はこれだ。
4K対応の次世代「Ultra HD Blu-ray」、2015年の年末商戦には対応製品が登場 (8月6日掲載)
Ultra HD Blu-rayは、2014年から規格策定が進められ、2015年1月のインターナショナルCESの段階では、おおむね中身も決まっていたものだ。最終的な規格策定は6月に完了し、現在はライセンス提供を開始する段階に入った。Ultra HD Blu-rayの旗振り役であるパナソニックは、CESの段階ですでに試作機を展示しており、年末に向けた製品化も順調と見られている。
「Blu-rayも普及し始めたばかりなのに、もう次の規格なの?」。そんな風に思う人もいそうだが、今のBlu-rayの規格策定が完了してから、すでに9年が経過しており、DVDビデオからの移行期間が10年程度だったことを思うと、さほど短くはない。むしろこの9年に起きた変化を思えば、ディスクメディア技術としてのジャンプアップは小幅である。
登場の背景にあるのは、ディスクメディアに求められるものの変化と考えていい。
○物理メディアとしてのジャンプアップは小さい
Ultra HD Blu-rayは、ディスクの物理的性質としては、既存のBlu-rayと大差ない。3層までのメディアが想定されており、各層の容量は25GBもしくは33GBとなっている。だから、メディア容量としては25GBから100GBまでとなる。これは、現在記録用に使われている「BDXL」そのもの。Ultra HD Blu-rayは記録用ではなく配布用(ROM)規格なので、ディスクメディアとしての性質は異なるものの、技術的にはある意味で枯れたものである。DVDからの技術的なジャンプアップが大きく、いろいろなハードルが存在したBlu-rayの頃とは大きく異なる。映像を収録するためのコーデックや音声規格などはBlu-rayと異なるものの、そうした部分はソフトウェアでカバーすることも可能である。
とはいえ、Blu-rayに対応していても、Ultra HD Blu-rayを読み込めるドライブを搭載している機器は、世界レベルで見ると意外なほど少ない。海外では録画機のニーズがほとんどなく、BDXLは実質的に日本国内でのみ使われていたためだ。国内で流通している機器でも、PlayStation 3やPlayStation 4、XboxOneといったゲーム機はどれもBDXLに対応していない。
もともとBlu-rayはディスクを大容量化して、より高画質・高音質な映像を収録することを想定して開発されており、9年前の規格策定時期には「将来のより高度なディスクも想定する」との話があった。だから、CDからDVD、DVDからBlu-rayに比べると技術的な変更点は少なくて済んでいる。そういう意味では、当時の想定は正しかったのだ。
しかし、世界中に普及している機器でそのまま再生できるわけではないので、わかりやすくここで一区切りが必要。というわけで、Blu-rayの発展規格として、Ultra HD Blu-rayが登場することになる。
●高付加価値型テレビの力を生かす規格へ
○高付加価値型テレビの力を生かす規格へ
Ultra HD Blu-rayの最大の特徴は、収録可能な映像の最大解像度が2K(1,920×1,080ドット)から4K(3,840×2,160ドット)になることだ。また、そこにHDRの情報が加わることで、明部・暗部の表現がより自然になる。色情報も、テレビのデジタル化以降標準的に使われてきた「BT.709」ベースから「BT.2020」ベースになり、特に緑・シアン方面での表現力が高まる。HDRと色情報の拡大は、表示される映像の純度に大きな影響を及ぼすだろう。暗い部屋から夏の海に出た時のきらめきや、澄んだ空・海の再現は、Ultra HD Blu-rayがもっとも得意とする分野になるだろう。
ただ、4KにしろHDRにしろ色域拡大にしろ、Ultra HD Blu-rayが率先して引っ張る領域とは言えない。高付加価値型のテレビやプロジェクターで開拓が進んでいるジャンルであるからだ。今の高付加価値型映像機器では、Blu-rayに入っている映像の情報を解析し、映像補正技術によって「解像感がある」「色が豊かな」映像を作り、最新のディスプレイデバイスで見せることができる。
それは「ありもしないデータを作っている」のではない。本来、映像には非常に多くの情報が含まれていて、人間がどう映像を感じるのかを分析したノウハウと組み合わせると、まだ画質向上の余地はある、ということだ。そこで、データをさらにリッチなものにすれば、画質はもっと上がるし、今のデバイスの能力を生かすには、9年前と同じでは足りない。というわけで、4K+HDR+高色域+高音質が、Ultra HD Blu-rayに必須の要件となった。
○「映像の所有」にこだわる人には「高画質」を
だが、ここで一つ重要な、別の変化もある。
9年前と違い、現在はディスクメディアの重要性が落ちつつある。記録メディアを使う頻度も減ったし、単に映像を見たいのであればネット配信でいい。日本ではまだディスクメディアが売れているように見えるが、海外、特にアメリカ市場では、広く一般向けに映像を配布するメディアとしては、ネットを使うのが当たり前になっている。
登場から9年経ってもBlu-rayが普及していないのは、ネットメディアとのバッティングがあるからだ。
実際、4Kもディスクよりネットメディアが先行している。9月2日に日本でもスタートする映像配信サービス「Netflix」は、4Kでの配信を積極的に進める。また、HDRについても対応を予定している。規格策定を待ったり、多数のメーカーでハード開発をするのを待つ必要がない分、ネットのプラットフォーマーは素早く動ける。
単純に「映像を見る」なら、今後はディスクよりネットという時代になるだろう。それは4Kでも変わらないどころか、さらに加速する可能性がある。
●Ultra HD Blu-rayの存在価値とは
○Ultra HD Blu-rayの存在価値とは
では、Ultra HD Blu-rayに意味はないのか? もちろんそんなことはない。
その理由は「高品質」にこだわることにある。4Kでのネット配信は、ビットレートが15Mbpsから30Mbps程度しかない。コーデックの進化により、それでも解像感を味わえるようになっているものの、Blu-rayの最高ビットレートにも届かないわけで、本質的には決して「高画質」ではない。
しかし、Ultra HD Blu-rayではメディアとしての最高転送レートが129.7Mbpsとなり、映像にもっと多くの帯域を割り当てられる。一般的な映画の場合でも、40Mbps程度にはなると想定される。となると、ネット配信よりはるかに高画質になるわけだ。
わざわざ映像ディスクを買う人は、作品に強いこだわりがある人だ。ネット配信、特にサブスクリプション型のサービスでは、映像をいつでも見ることはできても「所有」することはできない。
映像を所有することを望む人には現時点で最高級のものを、というのがUltra HD Blu-rayの考え方と言える。
一方、映像のコンテンツを制作するフォーマットやプロセスについては、画質が異なっても共通の部分が多い。そのため、家電メーカーやコンテンツメーカーは、Blu-rayアソシーエーションとは別に作られた「UHD Alliance」を組織し、コンテンツ制作の円滑化を進めている。こちらにはNetflixも参加しており、ディスクメディアに限った団体ではない。
今後、映像の世界は、手軽さや便利さ」と「こだわる人向けの高品質」が分かれ、費用や機材によって住み分けが進む。物理メディアであるUltra HD Blu-rayは明確に後者のためのものであり、DVDやBlu-rayとは役割を少し変えて行くことになりそうだ。