iPhone 6sの「3D Touch」はUIのターニングポイントに - 私はこう見るApple発表会
今回の発表会は、筆者が記憶するかぎりもっとも"淡々とした"イベントだったように思う。発表された製品そのものは置くとして、内容の多くは事前に飛び交った「噂」とほぼ同じであり、その意味でサプライズに乏しかった。他社に製造を委託するビジネスモデルであり、しかもその量が膨大なため、やむを得ない部分はあるが、意外性の低さはオーディエンスの熱度を確実に下げてしまう。
iPhone 6s/6s Plusに関しては、「s」が付くモデルらしい熟成を見せる。ボディサイズ/デザインはほぼそのままに(重量は約12%UPしたが)、CPUがA8からA9に進化し、指紋認識機構のTouch IDは高速な第2世代へと進化。アウトカメラ(iSightカメラ)の解像度は12Mピクセルに向上、4Kビデオ撮影もサポートされた。
とはいえ、この辺りはAndroid端末のほうが先行している機能が多く新味に乏しい。Appleらしさの強弱でいえば、やはりApple Watch以降iPhoneでの採用が確実視されてきた感圧機構だろう。
Force Touchならぬ「3D Touch」だ。
感圧機構の採用自体は驚かなかったが、それを利用したUIの実装はかなり興味深いものだった。ホーム画面にあるアイコンを強く押すとサブメニューがポップアップ、「メール」ならばメールの新規作成やメールボックスの表示、「マップ」ならば現在地の登録や送信を指示できる。ディスプレイが小さいApple Watchは画面遷移を伴う処理となるため、"操作ステップ"を踏む印象が強いが、コンセプト映像を見るかぎりはメニューが現れるまでのつながりがスムーズに感じられる。
実際に試してみなければスムーズさの確信は持てないが(スムーズさが欠ければ諸々台無しになる操作体系だ)、iPhone/iOSのUIにおけるターニングポイントとして記憶される変化であることは確かだろう。
Craig Federighi氏のハンズオン・デモでは、メールをプレビューする様子を見せていたが、これはOS Xの「Quick Look」-- ファイルを選択した状態でスペースキーを押すと対応アプリを起動せず内容を画面に映す機能 -- に近い。ポップアップ表示に近い処理であり画面遷移を伴わないため、作業後に1つ前の画面に戻るような"行って戻って"的な操作にならない。画面遷移の回数が減ればそのぶん消費電力も減るはずで、そのぶんがTAPTICエンジン(画面に振動を伝える部品)の追加による消費電力増と相殺されている可能性を思うと、UIをお家芸とするAppleの面目躍如の新機能といえるだろう。
●Apple TVで何を狙うか
○売れるのか? 「Apple TV」
iPhone同様、新モデルが発表されると確実視されていた「Apple TV」。初代はOS X、2代目以降はiOSと、いずれも他製品向けのOSをカスタマイズすることでシステム対応してきた。それが、4代目となる今回から「tvOS」なる独自OSが用意されるという。iOSのカスタマイズ版と推測されるが、敢えて分岐を明確にしたのはAppleの意気込みゆえだろう。
意気込みありと判断した最大の要因は、App Storeのサポートだ。iOS向けアプリを流用するのではなく(ソースコードレベルでは高い互換性がありそうだが)、tvOS用に最適化されたアプリを展開することでクオリティを維持する。はっきり言えば、狙いはゲームだろう。
そのため、リモコンを「Siri Remote」に一新。
タッチ対応およびSiriボタンを追加、加速度センサーとジャイロスコープを内蔵するということは、エンターテインメント路線に重力配分するという意思の表れだろう。従来のApple TVはオーディオ&ビジュアル指向のSTBだったが、今後はゲームコンソールに近くなる。スペックからいえば、ライバルはPS4やXbox Oneではなく、Android TV、あわよくばWii Uというところか。
売れるか売れないかでいえば、苦戦するのではないかと見ている。iPhoneでゲームを楽しむユーザは多く、それを支えるApp Storeを含め一大プラットフォームに成長しているが、その強みは常に持ち歩くiPhoneという導線あってこそ。Apple TVの場合、自宅に帰り電源を入れ、テレビの入力をHDMIに切り替え(現状放送波からの導線は期待できないだろう)、さらにApp Storeへとアクセスしなければゲームを選べない。その導線の部分では、テレビのOSとして採用が進むAndroid TVのほうが上。4K対応はなく、ブラウザ(Safari)は見当たらず、価格も149ドルと微妙だ。
個人的に、歴代Apple TVの強みは「AirPlay」だと考える。コンテンツはiPhone/iPadで入手し、Apple TVはそれを受信して映すだけ。レシーバーというかレンダラーというか、DLNAでいうところのDMRとしての機能に徹したほうが導線が生きると思うのだ(アクションゲームには向かないが)。新しいApple TVは、デバイスとしての個性を発揮する余地は少ないにせよ、主役のiPhone/iPadを盛り上げる脇役に徹すべくChromecastの方向へ舵を切るべきだったように思うのだが、いかがだろう?
●iPadはビジネス路遷に転換か
○プライベートからビジネスへ向かう「iPad」、そしてApple Watchは……
明言されることはなかったが、AppleはiPadに関してひとつの決断を下しているように思う。見出しに書いたとおり、「プライベートからビジネスへ」という決断だ。今回のiPad関連の発表には、そんな雰囲気がそこかしこに漂う。
それを象徴する新機能……ならぬ新機軸が「Smart Keyboard」と「Apple Pencil」だ。これまでAppleは、iOSデバイスに関してはキーボード/マウスという(おそらく彼らも「レガシー」かどうか判断しかねる)デバイスを排除した設計を貫いていたが、オプションとはいえそれをApple純正品として用意した。
さすがにマウスはスタイラスペンの形状を採用したが、より直感的なUIへと突き進んできたここ10年ほどのAppleの動きからは違和感がある。
「iPad Pro」というデバイスは、その路線にピタリとはまる。重く大きいiPadの役割はもっぱらCPU兼表示装置で、机に置き「Smart Keyboard」と「Apple Pencil」で操作する、PCとタブレットの間を行くようなデバイスを目指したということだ。これが、AppleなりのSurfaceや2in1型PCへのひとつの回答なのだろう。であれば、4Kの解像度を備えるがiTunes Storeは4K動画配信に対応しない、という状況も説明がつく。スリムでパワフルな、ビジネス用デバイスなのだ。
一方、我が道を行くのが「Apple Watch」。こちらは発売から半年という事情もあってか、Appleからは新色(ゴールド/ローズゴールド)とレザーバンドの追加と「watchOS 2」のリリース日発表にとどまった。
エルメスから高級レザーバンドが、という話はイベントに添える花だと解釈するにしても、今後このプラットフォームをどう進化させるのか。大規模な発表会はそれほど多くないだけに、もっと饒舌にビジョンを語って欲しかったように思う。