ブラック企業の裏側に「ブラック消費者」 - 『投資家が「お金」よりも大切にしていること』
今回取り上げる『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(藤野英人/星海社新書/2013年2月/820円+税)は、こういった「お金」に関する誤ったイメージを払拭するために最適な一冊だ。本書は別に投資の入門書というわけではなく「お金」そのものについて考えるための本である。「お金持ちは悪、貧乏人は善」といった短絡的な思考は人を幸せにしないだけでなく、経済を停滞させ、社会全体に対しても悪影響を及ぼす。「お金」のことを考えることは、実は世の中のことを考えることと密接につながっている。
「お金のことなんてあまり考えたことがない」という人は、ある意味では「世の中のことをあまり考えたことがない」と言っているのに近いのかもしれない。本書で、ぜひ「お金」を通じて「世の中」のことを考えてみて欲しい。
○「お金」を使うことは世の中の動きと密接に関わっている
これまで「お金の増やし方」に関する本は内容があやしいものから名著と呼ばれるものまで含めて大量に出版されてきた。おそらく今後も社会のしくみが資本主義であるうちは大量に出版し続けることだろう。本書の著者は投資信託のファンドマネージャーをしている「お金の専門家」なので本書もそういった「お金の増やし方」の本なのかと思いきや、内容は全然違う。本書がフォーカスしているのはお金の「使われ方」(あるいは「使い方」)である。
本書は「コンビニで買ったペットボトルのお茶代150円はどこに行くのか?」といった設問について考えるところからはじまっている。この設問は単純なようで奥が深い。
コンビニで払った150円は直接的にはコンビニの売上になるが、間接的な影響まで含めると、お茶を製造したメーカーの売上になり、コンビニにお茶を運ぶ輸送業者の売上になり、お茶農家の給料になり、コンビニでアルバイトをしている店員の給料にもなり、パッケージをデザインしたデザイン会社の売上にもなり……といくらでも対象が広がっていく。「お金を払う」という行為は世の中の動きと密接に関連し、そういった関連なしでは僕たちは経済活動を行うことはできない。そういう目で「お金」を再度見なおしてみると、単に買い物をしたり外食をしたりすることにも重要な意義があることがわかる。
○経済は互恵関係で成り立っている
本書では、「僕たちの消費活動は、必ず誰かの生産活動につながっている」というあたりまえだが忘れられがちな重要な事実について、ページを多く割いて説明している。先のコンビニの例で言えば、僕たちがコンビニで150円のペットボトルのお茶を買うことで、コンビニや飲料メーカー、お茶農家といった生産者の利益が生まれる。元をたどれば、僕たちがコンビニで払った150円も、誰かが消費したお金からやってきている。
つまり、誰かの消費活動が誰かの生産活動に貢献し、そうやって稼いだお金がまた消費活動に回され、誰かの生産活動に貢献する。すべてはつながっていて、そういった互恵関係によって経済は成り立っているのだ。
僕たちは誰かを支え、誰かに支えられることで生きている。
このように考えると、消費者が一方的にえらい(いわゆる「お客様は神様」といった考え方)という態度を取ることは決して適切ではないということもわかってくる。本書では、ブラック企業問題の根幹にブラック消費者の問題があるのではないかという指摘がされているが、これはひとつの側面として確実にあるだろう。諸外国に比べて、総じて日本のサービス業はサービス過剰状態にある。すべてがつながっている以上、消費者としてサービス提供者に不当につらく当たれば、結果的にそれは何らかの形で自分に跳ね返ってくると考えたほうがよい。どうせ跳ね返ってくるなら、いい影響が跳ね返ってきたほうが絶対によい。経済の互恵関係を忘れずに、つねに「良い消費者」でありたいものだ。
○投資とはエネルギーのやり取り
本書では、投資を「いまこの瞬間エネルギーを投入して、未来からのお返しをいただくこと」と説明している。
ここで大切なのは、やりとりされるのは「お金」ではなく「エネルギー」だということだ。この定義だと、すべての人は投資家であるということになる。
本を読むという行為も、エネルギー(時間)を投入して何らかの知識を得るという点で、間違いなく「投資」だと言える。ぜひ、本書に「投資」をしてみてほしい。