「RoBoHoN」にシャープが賭ける理由 - 西田宗千佳の家電ニュース「四景八景」
直近のニュース記事をピックアップして、「家電的な意味で」もうちょい深掘りしながら楽しい情報や役に立つ情報を付け加えていこう……という趣向で進めている当連載。今回の題材はこれだ。
シャープ、人のココロに働きかけるロボット型携帯電話「RoBoHoN」発表 (10月6日掲載)
CEATECからはソニーが去り、日立が去り、東芝も去った。大手家電メーカーがパナソニックとシャープくらいになり、三菱電機はNECなどと同じくくりにいる。「家電技術の展示会」としてはなんとも寂しい状況にあるのだが、スタート前日の10月6日に突如発表され、その愛くるしい姿から記者団をメロメロにし、話題をさらったのが、シャープが発表したモバイルロボット電話「RoBoHoN(ロボホン)」だ。
中身をまだご存じない方はとりあえず、シャープが公開しているコンセプトムービーをご覧いただくのがいいだろう。初めて見る人は、十中八九あっけに取られることを保証する。
ムービー内で行われていることは絵空事ではなく、「基本的には、すべて製品版で実現できること」とシャープ側も説明している。
○課題は「脱・液晶一本足打法」
そもそも、シャープはなぜRoBoHoNのような製品を作ろうとしたのだろうか? それは、家電メーカーとして「脱・液晶ディスプレイ一本足打法」という中長期戦略に基づく。シャープはずっと液晶パネルのクオリティとコストで勝負してきた。シャープのAV機器、そしてモバイル機器の評価は、「美しいディスプレイを備えている」ことがまず大きかった。
しかし、である。
パネル技術は陳腐化する。最先端の一部の製品向けではまだ差別化ができても、一般的に流通する価格帯のパネルの品質が上がってくると、「美しいディスプレイ」はシャープ製品の差別化ポイントではなくなる。また、シャープの最高級パネルを「他社の大ヒット製品」が一番先に使うことも増えてきて、シャープの製品部門としてはますます厳しい状態に置かれていく。
そして、液晶パネル事業そのものの収益性も問題になったことが、現在のシャープの苦境の一つの本質だったりするのだが、今回そこは本論ではないので割愛する。
液晶に頼らず、シャープ自身が企画した商品の魅力で戦おうというのが、同社の今の合言葉だ。考えてみれば、他社はなかなか「自社優先で作られたハイクオリティな液晶ディスプレイありきの製品」を作れるわけではないのだから、「当たり前の状態に戻った」ともいえる。
●「ココロエンジン」でAIoTに突き進むシャープ
○「ココロエンジン」でAIoTに突き進むシャープ
では、そこでなにをやるのか? 今までと同じジャンルで、同じように製品のクオリティを高くしていくことはできるが、その手法では「そこそこのヒット」は出せても、「見たこともない大ヒット」にはなりにくい。今までにない要素を持ち、独自の進化の余地が大きいものは何か……。そんな観点で生まれたのが「ココロボ」である。
ルンバの登場により、家庭用ロボット型掃除機の市場は一気に立ち上がった。シャープはそのフォロワーという立場である。
だが、ココロボがちょっと違っていたのは、音声での操作及びコミュニケーションの機能を持っていたことだ。
家庭用ロボット型掃除機の動きはかわいい。それをより生かすように、音声によって「キャラ付け」して特徴としたのだ。ロボット型掃除機の命は掃除の能力だが、そこで明確な差別化をするのは、意外なほど難しい。だから、視点をずらして「かわいさを強調」する形で商品性をアピールしたわけだ。
同時に、スマートフォンでは「エモパー」というアプリケーションを展開した。これはシャープ製スマートフォンにのみプレインストールされるもので、スマートフォンを「擬人化」し、ユーザーとコミュニケーションを行うことができる。
双方で使われているのは「ココロエンジン」という技術。これはいわゆる人工知能技術とされているが、場所・時間・人の反応と、機器側に用意された機能や情報のデータベースを照合し、適切なものを提示するシステム、と考えていい。
家電をネットワークに接続し、ネットワークの向こうにあるサーバーに構築した「ココロエンジン」と連携して価値を高める、という仕組みである。
ココロボやエモパーなど、ココロエンジンを搭載した機器がスマッシュヒットしたことを受けて、シャープは同社の家電製品により広くココロエンジンを使う方針を決めた。シャープの家電部門、シャープ コンシューマーエレクトロニクスカンバニーの長谷川祥典社長は、これからの同社のビジョンとして「AIoT」というキーワードを掲げた。
これは、人工知能の「AI」と、家電にとって重要な要素となりつつある「IoT」を組み合わせた造語であり、中核となるのはココロエンジンである。AIの能力を家電にうまく溶け込ませることを差別化要因とする、と定めたわけである。
●技術だけでなく「演出」も重要
○技術だけでなく「演出」も重要
RoBoHoNは、ロボットをスマートフォンにしたものである。OSはAndroidをコアとしたものだが、画面操作よりも音声操作を軸にしていること、ロボットの動きを反応に生かす要素があることなどから、かなり中身が異なっている。
ここで軸になるのもココロエンジンで、RoBoHoNはシャープのAIoT戦略の象徴となる。
ココロエンジンはネットワークの向こうに本質があり、そういう意味では、画面だけだったエモパーが体を持った、とも言えるだろう。
他方で、RoBoHoNの存在は、別の意味でココロエンジンを象徴するものでもある。
RoBoHoNは、シャープとロボットクリエイターの高橋智隆氏のコラボレーションによって開発されているものだ。高橋氏は、パナソニックが乾電池・エボルタのプロモーション「エボルタ・チャレンジ」に使っている「エボルタ・ロボット」や、ディアゴスティーニから発売された「週刊Robi ロビクルをつくる」などのデザインと開発を手がけた、世界有数のロボットクリエイターである。
高橋氏が評価されているのは、「ハイテクのロボットを開発するから」ではない。むしろ彼の開発するロボットは、大企業や研究機関がつくるものに比べ、ずっとシンプルだ。だが、技術的に高度なロボットより、「リアル」な部分が評価されている。外観や動作、仕草などのコンセプトをトータルで作る能力に長けており、結果として良いロボットになる。
実は、ココロエンジンのようなAIも似たところがある。
AIとはいえ、人間の感情や反応を完璧に再現することは、現状不可能である。データベースに合わせた反応を積み重ね、人間の側には「リアリティがあるように思える」「かわいいと思える」演出を積み重ねるしかない。別の言い方をすれば、家電におけるAIの価値は「賢く働く」ことだけではなく、「人からシンパシーを感じてもらえるように演出する」ことも重要になるわけだ。
ココロエンジンでソフト的な演出に長けたシャープと、ロボットという物理的に動く機器での演出とコンセプトワークに長けた高橋氏のコンビによって、小さなロボットが「通信機能を持つ人のコンパニオン」になるよう、開発されていくのである。試行錯誤が必要なものであり、一朝一夕な開発は困難だ。こうした部分でシャープは先行を狙う。高橋氏も「他社に5年は先行しているのでは」と自信を見せる。
RoBoHoNは価格も未定で (おそらく、そんなに安くはならないだろう)、ヒットするかは未知数だ。しかし、CEATECでのRoBoHoNへの注目は大変な大きなものであり、ヒットへの第一段階をクリアーしつつある、と期待したい。