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「資本主義経済が直面する大きな課題」フィリップ・コトラー教授の提言とは - WMSJ2015

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「資本主義経済が直面する大きな課題」フィリップ・コトラー教授の提言とは - WMSJ2015
●「マーケティングがなければ、資本主義は崩壊する」
日本国内外の企業経営者やマーケター、研究者、政治家、官公庁担当者などが参加してマーケティングをめぐるさまざまな課題や将来の方向性をディスカッションする「ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン2015 (以下、WMSJ2015)」が、10月13日・14日の2日間に渡り開催された。

13日に行われた基調講演には、マーケティングの世界的権威であるノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のフィリップ・コトラー教授(以下、コトラー教授)が登壇し、マーケティングの在り方や世界経済の将来に対する提言を述べた。

○世界を牽引してきた日本企業がすべき"脆弱性分析"

コトラー教授はまず、日本経済のこれまでの変遷を振り返り、今考えるべき課題を提起した。

日本は、70年代から90年代にかけ、世界において自動車やオートバイ、カメラ、腕時計、エレクトロニクスなど次々と産業を席巻し、生産効率を追求する"カイゼン"や高い品質の商品生産を追求する"TQ (総合的品質)"といった、今では当然だが当時は最先端だった新しいコンセプトを生み出していった。コトラー教授は、これらの日本の世界経済における貢献を「90年代までに日本が世界に残した"贈り物"」だとする。

その上でコトラー教授は、「世界は急速に変わっている。日本の企業はこれまで大きな成功を収めてきたが、急速に変化する世界においてその戦略を再検証する必要がある。モバイル、IoT(Internet of Things : モノのインターネット)などデジタル領域の新しい分野の成長をどう捉えるのか。
すべての企業は、自身の事業について(変化していく世界に対する)脆弱性の分析をする必要があり、その脆弱性が企業にとってどの程度現実的な脅威となりうるのかを分析しなければならない。最良の分析方法によってデータを分析し、そこから導き出される将来のシナリオの中から企業が進む方向性を決めなければならない」と日本経済の課題を挙げ、高度なデジタル化が急速に進む世界に企業がどう対応していくべきかが重要であるという認識を示した。

○マーケティングがなければ、資本主義は崩壊する

話はここで、資本主義とマーケティングの関係性というテーマへと転換。コトラー教授は資本主義に対する基本的な考えについて、かつての英国首相ウィンストン・チャーチル氏の言葉になぞらえ、「資本主義は最悪のシステムである。しかしこれ以上のシステムは存在しない。膨大なモノやサービスを多様に生産できるシステムは資本主義以外に存在しない」と述べ、資本主義を消費者に対する最良の供給システムであると定義した。

その上で、資本主義が抱える脆弱性について「資本主義で真に問われるべきは、十分な需要を構築できるかどうかという点だ。消費者はいつか『(十分満たされているから)もう買わない』と言うかもしれない。
世の中の誰もが何も買わなくなれば、資本主義経済は崩壊してしまう」と述べ、経済を維持するためには需要喚起のための強力なマーケティングが欠かせない存在であると主張する。

「資本主義はマーケティングを必要としている。生活の質を高めよう、より良いものを手に入れたいという消費者の需要を生み出し、需給のギャップ(=需要が供給を上回る状態)を生み出すためのマーケティングをすることが、資本主義の原動力だ」(コトラー教授)

○借金をさせるのがマーケティングの目的? その裏に隠された意図とは

つまり、マーケティングが果たす役割は、「適切な顧客に対して情報を提供し、買いたい・モノを欲しいと思わせる動機付けをすること」だというわけだ。しかし、コトラー教授は「先進国であっても、多くの人々にとっては、借金をしないで家を買ったり、車を買ったりできるだけの十分な所得がない。蓄え(貯金)もない」と消費者が抱える問題点を挙げ、マーケティングによって"買いたい"と思わせても実際に買うことが難しい現実があるという課題も指摘する。

また、「皮肉にも、マーケティングの仕事は、消費者に"お金を借りる"ということに不安を感じさせないようにすることになる」とマーケティングのもうひとつの側面を提起し、「"消費者"という言葉は、本来はBorrower(借用者)であり、世の中は債務者の世界である。皮肉にも、私が主張したいのはクレジットカードこそが資本主義を救う存在になるということだ」と述べた。つまり、「生活の質を高めるために債務を負う」ということに抵抗感を感じない世の中を作ることが資本主義を維持する大きなカギになるという考え方だ。


●この主張の裏に込められた"皮肉"
しかしコトラー教授のこの主張の裏には、資本主義における企業と労働者の関係に対する強烈な皮肉が込められている。「もし、人々は雇用主から十分な給料を貰っていれば、こんなことにはならない。しかし先進国ですら、貧困者や低所得者、その日暮らしの人たちが多く存在している。これに対処しなければならない」とコトラー教授は語る。

「資本主義におけるマーケティングの使命は、より良い生活を送りたいという"欲望"を生み出すこと。そして今は買えなくてもお金を借りれば買えるようにすることだ。銀行は消費者に必要な債務を発生させる役割を担う。現代社会は債務が支配している世の中なのである」(コトラー教授)

○機能しない"トリクルダウン効果"と、拡大する"所得格差"

コトラー教授は、世の中が借り入れをしなければ消費者が欲望を満たすことができない"債務者の世界"となっている現代社会の問題の根本として、「問題すべきは富の不均衡ではない。
懸念すべきは所得の不均衡であり、その不均衡の量(格差)が拡大していることだ」と述べ、所得格差の拡大が重大な懸念であるという認識を示した。

つまり、従業員に給与を支払う「企業の利益分配システム」に深刻な課題があるということ。この点について、コトラー教授は具体例を挙げ、「生産性の向上が企業で実現した際、その利益を共有できるのは社長や経営陣、そして株主であり、ほとんどの従業員は実質的には(企業の業績が向上しても)ほとんど所得レベルが上がらない。アメリカでは労働者の所得状態は1980年代から変わっていない。つまり、"富の共有"に問題があるのだ」と説明する。

またコトラー教授は、自身が企業経営者に対して行った給与水準に関する調査を挙げ、「昔であれば、社長は一般的な従業員の40倍の報酬を受け取っていた。しかし、その後のアメリカでは時には一般従業員の300倍もの報酬を受け取っている。これは平均的な経営者の場合であって、場合によっては数千倍という差が生まれているケースもある」と分析。
これに加えて経営陣や部長クラスの高い報酬を含めるとキャッシュロードの重い財務体質になってしまっているという。

「これは利益分配のシステムが間違っているのだが、経営者は『システムが間違っているのではく、"トリクルダウン効果"だ』という。つまり経済の成長のためには利益はいずれ下へ下へ(=経営層から一般従業員へ)と落ちていくのだと。しかし、そんな状態を私は見たことがない。結果として、所得に不満を抱く人々が不満を抱いたまま生活していくことになってしまうのだ」(コトラー教授)
こうした、多くの労働者にとって不利な利益分配システムによって、中流階級は減少し所得水準が変わらず格差が拡大すると、いずれは失業者が増加し、ホームレスも生まれるかもしれない。この点についてコトラー教授は「資本主義はシステムとしてリスクを負うことになる。資本主義は利益がひとつのところに固まらず、多くの人に拡がるから良いとされてきた。(所得格差が拡大する状況から)資本主義そのものを救わなければならない」と述べ、所得格差が拡大する現代社会そのものが資本主義にとって大きな危機であるという認識を示した。


○資本主義を危機的な状況から救う解決策はあるのか

こうした資本主義をめぐる状況には、どのような解決策が考えうるのか。コトラー教授は、いくつかの提言を行った。

まずは、企業が従業員に対して十分な生活賃金を支払うということだ。コトラー教授は、著名な企業家であるヘンリー・フォードのエピソードを挙げ、「フォードはかつて、自動車を作っても誰もその自動車を買うお金がないということを知った。そこで彼は平均賃金を2.5ドルから5ドルに引き上げれば、少しお金を借りると一般従業員でも自動車を買うことができるのではないかと考えた。実は、賃金を従業員により多く払う会社は生産性が大きく向上し、チームスピリットも高まるのだ」と語る。

さらに、従業員にとっては会社が絶望や嫌々やる仕事の場であってはならないが、多くの会社はただ必死に働くだけで"絶望の場"となっていると指摘。「会社は、目的があって従業員が熱意を持って取り組める場でなければならない。
従業員が熱意を持って仕事をするための目的を定義できなければ、その経営者は良い経営者とは言えない」とし、企業はただモノを売るのではなく、適切な賃金を払って熱意を持って従業員に働いてもらい、企業の製品やサービスを通じて消費者の生活をより豊かにすることが本来の使命であると言う。

一方で、政府は何をすべきか。コトラー教授は「まずは最低賃金を引き上げることだ」と述べ、アメリカでは既に段階的な最低賃金引き上げの動きが始まっていることを紹介。「より多くの人がお金を手にし、生活を楽しめるようにする必要がある」と説明する。

また、低所得者の税率を引き下げ、高額所得者の税率を引き上げ、税収のキャピタルゲインは平均所得を基準とした税率で考えるべきだと語り、そして教育や保険の支援を低所得者向けに積極的に行っていくべきであるとも提言。「重要なのは、(高所得者から低所得者まで)機会を均等にしていくこと。現代社会の根本的な問題に対する解決策は存在する。私たちはみな経済成長のことを考えているが、それだけでなく経済成長によって得られた利益を平等に分配することも考えなくてはならない。日本も他の資本主義国も、マーケティングや企業経営をより多くの人により良い生活を提供するために活用するべきだ」とした。

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