唯一無二の異質な世界観 - キュウ
●『M-1』はキュウを生んだ母
編集部とお笑いが好きなライター推薦により、今年ブレイク必至の芸人をピックアップする新連載『お笑い下剋上2021』。賞レースに対する意気込みやコンビの関係性などを聞きつつ、お笑いへの向き合い方やパーソナルな一面にも迫っていく。
第4回に登場するのは、タイタン所属の漫才師「キュウ」。濃紺の衣装に身を包み、ゆっくり静かに舞台に現れてネタをする彼ら。観客はキュウの異質な雰囲気に引き込まれ、その独特の世界に誘われていく。
『M-1グランプリ2020』敗者復活戦に出場し、「ゴリラであいうえお作文」というワードで強烈な印象を残したキュウ。2021年から急激にメディア出演が増え、業界関係者からの注目度も高い。まぎれもなく今年が「転機の年」となるであろう彼らに、話を聞いた。
――『M-1グランプリ2020』敗者復活戦を経て、メディア露出が増えている印象があります。体感としてはいかがですか?
ぴろ:倍くらいにはなってますね。
清水 誠(以下、清水):倍どころじゃない。(今年の)3~4月の段階で、昨年の出演数を超えているかもしれません。僕らが思っている以上に、周りが「活躍してるね」と言ってくれていて。そう思ってもらえているのがありがたいですね。
ぴろ:確かに。1番嬉しいのが、ネタ番組の出演が多いこと。
それから、『M-1』が関係あるかは分からないですけど、先輩芸人の方が名前を出してくれることが増えて。人気は大きくないと思うんですけど、それにしてはいっぱい出していただいてる感じはしますね。
――ファンが増えたというよりは、業界の方からの注目度が高いんですね。
ぴろ:そうですね。だから、追い風が吹いてるのかは分からないんですよ。お客さんが盛り上がっていたら風が吹いてるのを感じると思うんですけど、裏側で吹いてるので……感じにくくはあります(笑)。
――テレビでネタをする機会が増えたことで、キュウさんのスタイルが少しずつ浸透してきているのではと思います。ライブでの反応など、変化は感じますか?
清水:キュウが1番の目当てじゃなかったとしても、ライブに来た人が「あ、キュウもいる。
嬉しい」っていう感じで観てくれているので、やりづらいなぁと思いながらやることは無くなりましたね。ぴろ:受け入れられやすい環境にはなってるなぁって感じですね。
――やっぱり、知られるというのは大きいんですね。
清水:でかいですねぇ。特に、僕らはボケてツッコむ、みたいなネタじゃないので、見方が変わってると思うんですよ。
ぴろ:そうね。でも、まだ結果を残してないんでね。あとは結果だけなんですよ。
そもそも、殴り合って勝ってぶち抜いていくって感じのコンビではないんですけど、それでもやっぱり結果は出さないと。誰かの1番になれれば……その人数が増えれば良いだけなんです。“芸人の中で1番になること”が大事なんではない、っていう想いはずっとあります。誰かの1番になるための手段の一つが『M-1』なんじゃないかと思って、頑張ってますね。
――『M-1』決勝に出れば観てくれる人も単純に増えますし、そこで初めて知る方もいますもんね。
清水:敗者復活ですら、5~6,000フォロワー増えたくらいですから。
ぴろ:順位自体は良くなかったけど、敗者復活では比較的爪痕を残せた側だと思います。決勝に行ったら、そこでも爪痕を残さないとですよね。
清水:あんまり順位は関係ないですね。だってランジャタイは(敗者復活戦で)最下位でしたけど、僕らよりもっと活躍してますし。
ぴろ:そうねぇ。僕らとかランジャタイは、狭く深くのタイプですからね。万人受けする人たちじゃないから、国民投票になったら負けるに決まってるんですよ。だから、印象を残すのが大事かなぁと。決勝に上がって順位が何位だろうが、「あいつら面白かったよなぁ」とか印象に残れば勝ちだなって。印象勝負ですね。
――お笑いには、大小いろんな賞レースがありますよね。中でも『M-1』はどんな存在なんでしょうか?
清水:憧れというか、間違いなくお笑いを始めるきっかけの一つですね。思い返せば、ぴろも僕も『M-1』を観て漫才をやりたいと思っているので。
ぴろ:母。
清水:母?
ぴろ:母ですよねぇ、『M-1』は。
清水:母?『M-1』から生まれた?
ぴろ:芸人としての俺たちを生んだ。
清水:あぁ、俺らどころじゃないよな。
ぴろ:そう。
『M-1』という存在が生み出してきた芸人はめちゃくちゃ多いんで。だから母。
清水:そうね。僕らのちょっと前の世代までは「ダウンタウンに憧れて」みたいな人が多かったと思うんですけど、僕らの世代くらいからは『M-1』がきっかけになってるのかなって気がしますよね。ぴろ:生みの母ですね。母の元へ帰りたいですよね。
清水:ふふふ(笑)。
ぴろ:全然ねぇ、帰らせてくれないんですよ。「もうちょっと旅して来い」みたいな。立派になってからじゃないと、帰れない。
清水:あと、ほかの賞レースって"異種格闘技"みたいな……コントやピンの方がいたり、いろいろなので。「これ、競えてんのか?」って感じもちょっとある気がするんですよね。やっぱ、センターマイク一本だけあって「あとはなにしても良いですよ」っていう方が、シンプルに分かりやすくて、燃える気持ちはありますよね。
ぴろ:そもそもお笑いなんて、好みじゃないですか。その中で1番を決めるっていうのに違和感が無くはないんです。しかもコントとかピン芸とかごちゃまぜってなるとね、もうねぇ……下品。
清水:否定しちゃうとあれだけど(笑)。
ぴろ:下品って言ったらあれなんですけど(笑)、これでなにが決まるんだ? って。優勝の意味がフワフワして。でも『M-1』とか『キングオブコント』とかって、(漫才やコントの)専門家が同じルールで競うから。だからこそ、純粋に価値があるんだなっていう。
清水:ジャンルが散ると「1番面白かった」っていう温度も低いですよね。
ぴろ:走る・泳ぐ・サイクリング……全員が同時に出発して競いましょうみたいな(笑)。いや、全員が"走る"でやるからこそ、「勝った」って分かるわけで。負けても「でもあいつ、自転車乗ってたしなぁ」とか思えてしまうし。
清水:イベント感が強くなりますよね。
ぴろ:そうそう。漫才は道具も無く丸腰で戦うので、良いですよね。偉大な戦いですよ。
――キュウさんのネタは、言葉選びや動きに無駄が無いですし、つかみやアドリブをすることもありませんよね。なので他の芸人さんに比べて、より"作品"感が強い印象があります。このスタイルをとっているのはなぜなんでしょうか?
ぴろ:そもそも、『M-1』きっかけで芸人を始めてますからね。『M-1』のネタって、無駄が無く必要な部分だけでできてる。つまり作品で勝負するものですから。"作品"をやりたくて芸人になってますからね。
清水:(つかみで注目を集めることが無いので)異質な空気感を出して、引き付けて見てもらうってことをしてるのかなと思いますね。「なんだこいつらは?」って興味を持ってもらえれば。●アーティストと真面目
――事前にいただいたアンケートで、清水さんはぴろさんを「アーティスト」と表していました。
清水:間違いないですねぇ。やっぱ芸術家気質というか。僕はプレイヤーで、(ぴろが作る)作品の表現を一緒にやってる、っていう感覚ですかね。作品を作ることに関して妥協も無いですし、気概みたいなものは芸術家に近いのかなという気はしますよね。
――ぴろさん的に「アーティスト」という表現はしっくりきますか?
ぴろ:いや……恥ずかしいです(笑)。お笑いでやってることは、アートとデザインの真ん中くらいですね。
清水:お笑いアーティスト。
ぴろ:お笑いって(アーティストというより)デザイナーに近い感じはするんですよね。自分がむちゃくちゃ面白いと思ったことでも、お客さんが入りやすい形にしないと受け入れられない。そういうところまで考えて初めてお笑いだと思うんで。だからアートというか、自己主張を持った上でデザインもできる人であるべきかなと思うけど……全然アーティストで良いんですけど(笑)。結果、アート強めの雰囲気なんで。
清水:見た目とか、雰囲気も込みで。
ぴろ:そうそう。
――ぴろさんは、清水さんを「真面目」と表現していますね。
清水:……なんか、ちゃうなぁ(笑)!
ぴろ:いや、ひとことで言うとですよね。
清水:まぁまぁまぁ、間違っちゃない(笑)。
ぴろ:「真面目」で成り立ってる人なんで。失敗するときも成功するときも、良くも悪くも全部「真面目」が根底にある。だからひとことで言うと、「真面目」ですね(笑)。
清水:まぁ、ほんとに間違ってないと思います(笑)。
――清水さんは出てみたい番組として、ドラマや映画を挙げていましたね。
清水:いろんな人生を経験したいんですよ。だから、ぴろが作るネタでいろんな人格をやれるのが楽しくてやっている、というのもあったり。
――どういう役柄を演じてみたいですか?
清水:デカ(刑事)ですね。ぴろが作るネタでも、デカみたいに探りをいれるような役をやることが多いんですけど。
ぴろ:面白くなっちゃいますよ、清水さんがデカ役をドラマでやったら。俺らのネタを知らない人が見ても、多分面白くなっちゃう(笑)。
清水:まぁまぁ、どのくらい(ネタ中のような)表情を入れるか分かんないですけど(笑)。○忙しくなっても、ずっとネタをやり続けたい
――清水さんは、恩を感じている方として錦鯉さん・おぐさん(ロビンフット)・スーパー三助さん(にゃんこスター)を挙げていますね。これはどういう理由からですか?
清水:キュウって、1回解散したことがあるんですよ。その後半年くらいピンで活動してたんですけど、「どうにもならんからもう芸人自体を辞めよう」と思ったことがあるんです。そのときに辞めなくて済むきっかけを与えてくれたのが、おぐさんとスーパー三助さん。「清水がコンビ組んでみたい人とネタをやる」ってライブを開催してくれて。結局、そこでは誰とも組もうとならなかったんですけどね。
でも辞める時期を1~2カ月引き延ばしてくれたから、ぴろともう1度組むことができて、今こうやってやれてるんで。その期間が無ければとっくに辞めてましたからね。あと、解散を止めてくれたのが錦鯉さん。錦鯉さんの言葉が無ければ、ぴろが「もう1回キュウやりたい」って思うことも無かったかもしれないので……今、僕が芸人として存在できているのがこの4人のおかげなので、感謝してますね。
――錦鯉さんからはどんな言葉をかけていただいたんですか?
ぴろ:嬉しかったもんなぁ。
清水:芸人が解散とか辞めるって言っても普段は止めようと思わないけど、お前たちはもったいねぇよ、みたいな感じだよな。
ぴろ:錦鯉さんが、わざわざ俺らを呼び出してくれて。「今からメシ食うけど、なにしてんの」みたいな感じで電話が来て、行ったら清水さんもいて。思い出横丁の『情熱ホルモン』の2階席で、肉を焼きながら「お前ら解散すんなよ」って。ちょうど翌年(2015年)から『M-1グランプリ』が始まるってときだったんですよね。
清水:そうそう。
ぴろ:「来年からM-1始まんだろ。M-1なんて、お前らの大会だろ」みたいに言ってくれて。
清水:『M-1』のほうが、僕らのようなネタでも……
ぴろ:勝てるからって。当時は錦鯉さんと同じ事務所(ソニー・ミュージックアーティスツ)にいたんですけど、まさのりさんが「最近隆と、ソニーでM-1(決勝に)行きそうなのは俺らかキュウくらいだろって話してたんだよ~」みたいに言ってくれて。あぁ、嬉しいなぁと思って、それがずっと残ってたんです。解散してからも。
清水:アンケートで「面白い芸人」とか聞かれると、「キュウ」って言ってくれたりもしてたし。めちゃくちゃありがたい。
ぴろ:恩人、ほんとに。
――「行きそうなのは俺らかキュウ」と言ってくれた錦鯉さんが、昨年の『M-1』で決勝に進んだんですね。
ぴろ:錦鯉さんは元々面白かったし、ソニーの先輩の中でも1番尊敬してたので。昨年の準決勝で肩を並べられたのは嬉しかったですね。楽屋で会えたり、『M-1ツアー』(M-1決勝・準決勝進出者らが集結するライブ)で一緒になるのも嬉しかったし。
清水:最近は番組とかでも一緒になって。
ぴろ:今よりももっともっと下のステージから一緒にいた人と、あの頃より上のステージで会えるのは嬉しいですよね。だから追いつきたいです。
清水:そうね、追いつきたいね。収録が一緒だったとき、終わりで挨拶に行こうと思ったら、もう次の仕事に飛び出しで行かれてたりして。うわぁ、忙しいなぁって。やっぱ、ずっと先に行ってる人たちだって感じがしました。
――今後、仕事が増えてどんどん忙しくなっていくと思います。キュウさんが、忙しくなってもこだわっていたいことはありますか?
ぴろ:それ、最近すごく考えます。テレビの仕事とか呼んでいただくことが増えて、そのための準備もあって忙しくなってきて。今までなら時間があったからできたことができなくなってくると、どうしようかと考えることがあります。唯一決めているのは、単独ライブは絶対に年1回やろうってことですね。決め事はこれ1個にしとこうと思ってます。
――キュウさんの世界観を守りながら。
ぴろ:そうですね、自分たちだけの空間は常に持っておかないと。ネタをちゃんとやり続けている人でいなくちゃいけないって思っています。
連載「お笑い下克上2021」次回(最終回)はダイタクが登場します。