吉本所属以外の芸人にも活躍の場を - 東西の仕掛け人がタッグを組んでコラボ
●「大阪でお笑いを続けたい」――"点"で戦うインディーズ芸人たちをユニットに
お笑いの聖地といえば、大阪。そう思い浮かべる人は多いだろう。実際「なんばグランド花月」など吉本興業の劇場では毎日たくさんのライブが開催されており、足しげく通うお笑いファンも多い。一方、インディーズ(非吉本)芸人が出演できるライブハウスは東京に比べてかなり少なく、活動の場は限られている。そもそも吉本所属以外の芸人がいることを知らない人も多いため、さらなる活動の場を求めて上京する芸人は後を絶たない。東京のほうがライブハウスや主催者、事務所の数も多いため、単純にチャンスが多いからだ。インディーズ芸人が、"大阪を拠点に食っていく"ことは、だいぶハードルの高いことだと言える。
この現状に危機感をいだき、「大阪でお笑いを続ける」ために動く人がいる。
「BAR舞台袖」というバー兼ライブハウスを営む、加藤進之介さんだ。「BAR舞台袖」がオープンしたのは2019年6月(日本橋で開業、2020年2月に西心斎橋に移転)。店内には舞台があり、ほぼ毎日お笑いライブを開催している。また、芸人にはライブ出演費を支払うだけでなく、"芸人の飲食代は投げ銭"というユニークな制度を設けサポートしている。
そんな加藤さんが、「BAR舞台袖」の"次の一手"として仕掛けたのは、インディーズシーンで活動する芸人のユニット化だ。毎日たくさんの芸人と接する加藤さんが、特に「本当に面白い」と思う人に声をかけて結成したのが「WEST ANTS(ウエストアンツ)」。全9組(絶対的7%・トルクレンチガールズ・ボニーボニー・にぼしいわし・風穴あけるズ・ブルーウェーブ・ハノーバー・クボ・シンバルモンキー)の芸人がユニットに入り、2021年4月から本格始動している。松竹芸能・フリー・学生・社会人と、参加芸人の所属や芸歴はバラバラ。
それまでは点で戦っていた芸人を繋げ、線でムーブメントを起こそうという作戦だ。
○大阪で売れるための東京遠征
WEST ANTSは、「大阪のお笑いを盛り上げる」ために結成されたユニットだ。しかし、定期的に東京遠征することを公言している。東京進出を目論んでいるのではなく、これはあくまでも「大阪で売れるため」の遠征だ。東京は事務所やライブが多く、その分芸人やお笑いファンの層も厚い。東京で「おもしろい」と話題になれば、その熱がいずれ大阪に逆輸入されるはず。遠回りに見えるかもしれないが、大阪の現状を打破するためにはこれが近道なのだ。
彼らの東京遠征を支える存在が、「K-PRO(ケープロ)」。
東京・西新宿にあるお笑い専用劇場「西新宿ナルゲキ」を運営し、連日数多くのライブを打つお笑いイベント制作会社だ。東京で活動する芸人の多くは、K-PROで舞台を経験してメジャーに羽ばたいていく。例えば『M-1グランプリ2020』ファイナリストの錦鯉やウエストランド、東京ホテイソンなども、K-PRO主催ライブで腕を磨いた芸人だ。K-PRO社員である濱田綾佳さんが「東京でなにかやりたい」という加藤さんの想いに賛同し、タッグを組むことになった。
最初の東京遠征が行われたのは、7月上旬。「西新宿ナルゲキ」にて、東京ライブシーンで活躍する芸人対WEST ANTSのバトルライブが行われた。WEST ANTSは、この時点で東京ではほぼ無名。かなりの劣勢でありながら、観客投票の結果は拮抗。
最終的に東京芸人が勝利したが、その盛り上がりはSNSでかなり話題になった。濱田さんによると、お客さんの「また呼んでほしい」という声だけでなく、出演していない芸人からの「出たかった」という声も多かったという。
●東京で話題になり、WEST ANTSが「おもろいことは証明された」
初遠征の盛り上がりを受け、9月11日に「西新宿ナルゲキ」でWEST ANTSの東京初単独が開催された。その名も『WEST ANTS東京初単独~キャベ尽~』。東京ライブシーンで人気のキュウ・怪奇! YesどんぐりRPG・さすらいラビーをゲストに迎え、ネタ・トーク・企画すべてを楽しめる盛りだくさんの内容だ。
WEST ANTS全組とゲストがネタをした後、後半に行われた企画は"食べたキャベツの量を競う"というユニークなもの。お客さんが笑っている間だけキャベツを食べることができるため、芸人たちはあの手この手で笑いを取りに行く。東京ではなかなか見られない独特な企画に、会場は大盛り上がり。
ライブ終了後は、7月の東京遠征と同様SNSでたくさんの感想が飛び交った。加藤さんによると、大阪で同じようなライブをやっても集客は東京の1/3ほどだそう。
「おもろいってSNSに書いてくれる人がたくさんいて、(大阪でのライブの)配信を買ってくれる(東京の)人が増えた」そうだが、数日後に予定されていたWEST ANTSメンバーの主催ライブはこの時点で数枚しか売れていなかった。東京の盛り上がりはまだ大阪での集客に繋がっていないが、2度の遠征を経て「(「WEST ANTS」メンバーが)おもろいこと自体は証明」された。今後も遠征を続けることで、東京の熱が少しずつ大阪に伝わっていくことを期待したい。
○ABCホールを満席に! 11月8日、大阪で主催ライブ
WEST ANTSの中心メンバーである、にぼしいわし・いわしさんは、個々の芸人のファンが「ひとつになっていってる」ことを感じているそう。これまでは各芸人のファンだった人がユニット活動を通してほかの芸人を知り、まるごと応援するようになってきているのだと言う。「(各メンバーが)お互い助力し合うみたいな空気がもっともっと強まったらいいですね」と、ユニットでの活動に希望を見出す。
また、K-PRO濱田さんは「若手からベテランまで、熱量がとにかくすごい」と大阪お笑いのイメージを話す。WEST ANTSメンバーを通じてその熱を生で感じ「すごいなと思いました。もっとたくさんの方に見ていただきたい」と言う。大阪の芸人は、東京に比べると「お客さんへのアピールもすごくて、観てる側がうれしくなるようなパフォーマンスをたくさんしてくれる」。さらに「大阪の芸人さんがどんどん前に出てくるので、東京の芸人も影響を受けて、もっと楽しいライブになっていくのでは」とWEST ANTSの影響力に期待する。
加藤さんに今後の展望を尋ねると、新たに「100人くらい入るハコ(劇場)」を作るため物件を探していると言う。確定ではないが、と前置きしたうえで「バトル制のライブを行うハコを作りたい」と語る。それが実現した場合、劇場のトップに立つのは「バトルを勝ち上がった、ほんまにおもろい」芸人。
社会人・学生芸人も入り混じり、「客観的に見ておもろい人」が分かる場所を作りたいのだそう。現在は固定メンバーで活動しているWEST ANTSだが、バトルの結果次第では芸人が入れ替わる可能性もある。
東京初単独のエンディング、サプライズで「11月8日、ABCホールでWEST ANTS×東京芸人のライブを開催する」ことが発表された。ABCホールは、大阪にあるキャパ約300席の劇場。東京からは、ライブシーンの最前線を走る7組(Aマッソ・ヤーレンズ・カナメストーン・真空ジェシカ・ストレッチーズ・ママタルト・サツマカワRPG)が参加し、WEST ANTSとネタバトルを行う予定。10月9日に一般販売がはじまると、チケットは即完。加藤さんはこのライブを「お客さんが増えるチャンス」と話す。東京ゲストを目当てに訪れたお客さんだったとしても、「この日(WEST ANTSが)おもろければ、まんま流れてきてくれるかもしれない」と期待する。WEST ANTSにとって大きな第一歩となる11月8日のライブ、現地チケットは完売しているが、配信で観ることができる。