山ガールはどこに消えた? 高齢登山者の遭難増加! 1000万人が楽しむ登山の姿
○8月11日が「山の日」として祝日に
「山の日」が制定され、来年から8月11日が祝日となる。「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」とその趣旨を掲げるが、国内の登山レジャー、また健康や体力の維持・増進のための生涯スポーツとして、登山の今の姿はどのようなものだろうか。
かつて登山といえば、大学や社会人の山岳部・山岳会を中心とした活動が中心であった。その後、1990年代には日本百名山といったTV番組をきっかけに中高年の登山ブームが起こり、2009年頃には"山ガール"という言葉とともに若い女性の登山が増加した。
特に2010年にユーキャン新語・流行語大賞の候補ともなった「山ガール」の影響は大きく、日本生産性本部の「レジャー白書」によれば、2003年から2008年まで600万人前後と沈んでいた登山人口は2009年に1,230万人と倍増。2010年も1,000万人を超えた。
山ガールブームで急増した登山人口だが、同じくレジャー白書の各年代別の参加人口を見ると、山ガールブーム時に登山を始めたと思われる女性層のおおよそ半分がその後も登山を継続しており、山スカートとともにひとつの登山スタイル・登山者層を作り出したともいえるだろう。
その後、2013年に富士山が世界文化遺産へ登録されたといったプラス要因がある一方で、2011年の東日本大震災や2013年の戦後最悪の火山災害となった御嶽山の噴火による登山者心理への影響により、近年の登山人口は800万人前後となっている。
山域ごとの登山者数を見ると、世界文化遺産への登録などをきっかけに急増した富士山では23万4,000人と、3シーズン連続の減少となった。また長野県内の登山者数は北アルプスで18万3,000人と前年より2万2,000人の減(2014年通期、以下同)、南アルプスでも3万6,000人と4,000人の減、山ガール人気で盛り上がった八ヶ岳連峰も8,000人減の9万2,000人となっている。
○遭難件数・遭難者数とも過去最多
その一方で増え続けているのが遭難件数・遭難死者数だ。多くのメディアで取りあげられ、毎年のように「過去最高」と報じられているので目にすることも多いだろう。
警察庁がまとめた今夏(7~8月)の山の遭難件数は647件、遭難者数は782人(うち死者行方不明者数65人)と統計が残る1968年以降で最多となった。年間でみると直近の2014年は、遭難件数が2,293件、遭難者数2,794人(うち死者行方不明者数311人)とこちらも1961年の統計以来、最多となっている。年代別では、全遭難者数の過半となる50.1%を60歳以上が占め、対象を40歳以上まで広げると全体の4分の3を超える76.4%となる。
メディアや専門誌による遭難のニュースや注意喚起にも関わらず遭難事故が増えているこの状態に、警察など行政機関や民間団体などによる登山指導・情報提供・登山届提出の呼びかけや義務化、また登山者が集まるWebサイトではより手軽に登山届を作成して提出できるサービスの提供を始めている。
このほかにも、長野・岐阜・山梨・静岡の4県では、山のグレーディング表を作成して約380の登山コースの難易度評価を公開している。登山者自身がレベルにあった山を選ぶ目安を提供することで山岳遭難事故の防止を目指しており、例えば、長野と山梨にまたがる甲斐駒ケ岳では、北沢峠からのコースは体力度3・技術的難易度C、黒戸尾根からのコースは体力度6、技術的難易度Dといったように設定されている。
しかしながら、このような取り組みが進む中でも遭難件数は増加の一途となっており、登山者の高齢化、中高年者の体力への過信、スマートフォンの地図だけで登るような初級登山者の存在などが課題となっている。
●アウトドア用品は継続的に市場を拡大
○拡大するアウトドア市場
ひとときより落ち着きを見せる登山人口。レジャー白書によれば2014年の登山人口は840万人で前年より70万人増えた。特に顕著なのは高齢者層の活動で、60代の男性10.4%・女性10.7%、70代の男性11.5%、女性12.9%が登山を行っており、単純にその年代の10人に1人以上が登山を行っていることになる。これは40代女性の3.5%や30代男性の7.9%などど比べて高い数字だ。
比較的資産に余裕のある高齢登山者の増加は、アウトドア用品市場の拡大にもつながっている。
同じくレジャー白書によれば2014年の登山用品市場(キャンプ用品を含む)は1,950億円で前年から60億円(前年比103.2%)伸びた。ここ10年を見ても2004年の1,470億円から年間の伸び幅は大きくないものの底堅さをみせている。釣り用品(2004年 2,060億円 → 2014年 1,600億円)や、スキーやスノボード用品(同1,910億円 → 同1,410億円)と比べてみても、安定した需要がうかがえる。別の矢野経済研究所による「スポーツ用品市場に関する調査結果」においても、2014年のアウトドア用品市場は1,812億1,000万円と推計されており、前年比104.0%で緩やかではあるが市場規模の拡大を同じく裏付けている。
登山用品の特徴としては、山中での性能や軽量化を重視しており比較的高単価であること、また競合が多くないため大幅な値下げをせずに売れることが特徴となっている(軽量化などを重視しないオートキャンプ用品には安価なものも多い)。
また登山用品には消耗品があまり無い一方で、登山スタイルを広げていくのにあわせ新たな用品が段階的に必要になる。最初は日帰り登山でザックや雨具、登山靴だったのが、テント泊をすればテントやシュラフ、冬山であればアイゼンやピッケル、クライミングに興味を持てばハーネスやヘルメット……といった具合だ。登山スタイルの広がりを横軸とすれば、縦軸にはそれぞれの製品のグレードアアップがあり、特に登山を始めた数年から10年程度は他と比べても、継続的に費用がかかるレジャーといえる(逆に一通り揃えたあとはメンテナンスを十分にすれば長期間使えるものが多く、必要というよりも憧れや新しいもの好きといった理由での購入が増えてきたりする……)。
○登山者の成長が市場拡大の鍵
店舗にとっては、これら初心者や登山を始めたものの次にどのような道具を揃えればいいのかわからないといった層をステップアップさせることが重要だ。登山用品はインターネットで探せば格安で手に入る……といったことはあまり多くない。そのため店舗のショールーミング化もおきにくく、店舗にとってはライフタイムバリュー(LTV : 顧客生涯価値)の高い顧客をいかに抱えるかがポイントとなっている。
また、店舗のみならずメーカー、そして山岳ガイドや山小屋関係者にとって、今後、日本がさらに少子高齢化が進む中で新たに登山を始める人を増やすことが大きな課題だ。そのため、店舗やメーカー主催の登山入門ツアーが広く行われており、また店舗スペースを利用した地図読みや冬山登山装備などの机上講習会も数多く開催されている。
実際に、都内某所で開かれた無料の冬山装備の机上講習をのぞいてみた。参加者は30代~40代を中心に15人ほど。山岳ガイドが店舗内のスペースを借りて開いたこの講習会では、店舗としては必要な装備をこれから購入してもらうことを期待し、山岳ガイドは講習会をきっかけに入門ツアーの顧客開拓を狙っているが、それよりもまずは登山人口あるいは登山スタイルを広げてもらう、そして安全に楽しめる登山をしてもらうことを考えているようだ。
この他にも、国内登山旅行に強みを持つ毎日新聞旅行(まいたび.jp)やクラブツーリズムなどの登山ツアーも人気だが、課題となっているのは"初めての登山"開拓だ。
●新たな登山者の開拓が大きな課題
○ネット世代は登山もネットで!?
山岳部・山岳会が衰退する一方で、インターネットの普及によって新たに登場してきたのが、ネットで出会った登山パーティーの存在だ。今夏7月にはNHKのクローズアップ現代がこの特集を組み、大きな話題にもなった(「夏山トラブルに注意! ネット時代の登山ブーム」放送概要はNHKのWebサイトで見られる)。
ネットで出会った登山パーティーへの批判は、大きくは「互いの体力や登山技術・経験、性格などもわからないままにパーティーとして山にのぼること」「パーティーでの責任者(いわゆるリーダー)が明確ではないこと」などが挙げられる。
一方で、参加した人に話を聞くと「いっしょに山に行く人がまわりにいなかった」「一人で登るのは不安だった」「歳や趣味(登山)があう人と友だちになって、山に行きたいので」といった声があがる。当日に初めて会い、おたがいの連絡先もLINEしか知らないといった関係には危うさも伴うが、参加者たちは「登山を始めたいけど、きっかけがなかった」というのが本音のようだ。
このような登山パーティーの危険性を指摘する声は多い。まだ死者を出すような遭難事故は起きていないようだが、それは時間の問題かもしれない。
ただ、考え方も変わってきている。今の時代に、山に登るなら山岳会などで必要な技術を学びながら……というのを声高に叫んだとしても、それは結局のところ、山岳会に入らない多くの層を取り残すことになるだけだ。
このようなネットで出会った登山パーティーのひとつとして、ユーザー自らが旅の企画をたて参加者を募るサービス「trippiece」には、大菩薩嶺や塔ノ岳(丹沢)、筑波山など関東を中心にいくつかの登山企画が並ぶ。一方で「休憩も込みでコースタイムの80%のペースで」のように初心者同士の登山としては無謀とも思える計画も見受けられる。
この会社では、このような登山企画に応えるかたちで今夏にひとつの取り組みを行った。登山未経験者や初心者を対象に公式の登山チームを作って参加者を募集。参加者からは1万8,000円の会費を集め、その会費で登山靴や雨具などを共同装備として購入する。参加者は装備を自分で購入しなくても参加でき、実際の登山の際にはガイドを雇ってその費用を按分する内容だ。
○未経験者や初心者への機会提供が課題
あるベテラン登山ガイドは、山行記録を投稿する某Webサイトを指して「ネットのかまってちゃんの集まり」と揶揄する。だが、近代登山はたかだが150年の歴史しかない。環境や生活スタイルの変化にあわせ、ただ批判するのではなくうまく取り込んでいくことが登山業界に求められているのではないだろうか。
先のNHKの番組で取り上げられた山頂caféの取り組みをみても、未経験者や初心者にとっては、始めるきっかけや機会を作ることが大切だ。登山は生涯にわたって長く楽しめるレジャーでありスポーツ。それは登山業界からみれば高いライフタイムバリューが見込める顧客層でもある。
たとえば先のtrippieceにならって、ガイド自らが登山企画をたてて参加者を募集するようなサービスがあってもいいのではないだろうか。都市近郊の低山を1人あたり1,000円程度でガイドを行う。ガイド業としては儲けにならない金額かも知れないが、ビジネスとしてライフタイムバリューの高い顧客に直接リーチできる場とみればあり得ない話ではないだろう。その後、顧客の成長とともに長く付き合えればいいわけだ。登山者からみても、ネットで知り合ったパーティー同士では、いつまでたってもスキルアップができないままだが、よいガイドに出会えればその人の登山の楽しみはさらに広がることだろう。
登山業界の課題にはもちろん遭難者の増加や一部の山域に登山者が集中するオーバーユース、登山者のマナー低下など挙げれば様々なものがあるが、もっとも大きいのは、知識や経験を持ったガイドといった人たちと、始めたいのにきっかけが無いと迷っている層がはなれていることにある。インターネットは大きく世界を変えた。ネットを批判するだけではなく、うまく利用すればそこにはブルーオーシャンが広がっているかもしれない。