重低音重視のハイレゾ再生はアリか - オーテク、SOLID BASS最上位「ATH-WS1100」「ATH-CKS1100」を検証
オーディオテクニカは2015年10月、重低音再生に重きを置いた「SOLID BASSシリーズ」のラインナップを刷新。オーバーヘッドタイプ3製品、インナーイヤータイプ6製品の計9製品を一挙リリースした。本稿では、その中から、SOLID BASSシリーズ初のハイレゾ対応製品となる、オーバーヘッドタイプ最上位「ATH-WS1100」とインナーイヤータイプ最上位「ATH-CKS1100」を取り上げてみる。
一般的に重低音ヘッドホンは低域の迫力を重視する傾向にあるが、ハイレゾ対応ヘッドホンは解像度を優先しており低域の厚みには欠ける印象がある。重低音とハイレゾ、一見矛盾しているようにも思えるこの2つをオーディオテクニカはどう両立させているのか、この点に注目してレビューを進めていきたい。なお今回は、レッドツェッペリンなどのハードロックからマルタ・アルゲリッチのピアノ曲まで幅広いジャンルのハイレゾ音源を試聴。DAPはソニー「ウォークマン NW-ZX100」を使用した。
○新開発ドライバー採用のヘッドホン「ATH-WS1100」
まずは「ATH-WS1100」からチェックしてみたい。
ATH-WS1100は、SOLID BASSシリーズの最上位ヘッドホンで、オーバーヘッドタイプでは唯一のハイレゾ対応モデル。新開発の「ディープモーション・ハイレゾオーディオドライバー」やエクストラエアフローベース・ベンティングシステムの採用など、オーディオテクニカがこれまで蓄積してきたノウハウを惜しげもなく投入している。次ページでは、ATH-WS1100をじっくり聴いたインプレッションをお届けしよう。
●低域の迫力だけでなく明瞭感も良好な「ATH-WS1100」
○音全体がリアルに迫ってくる
「なるほど」。ATH-WS1100を試聴して思わず口をついて出た一言だ。重低音再生をうたうヘッドホンは低音を強調するあまり、音場が狭く音がぎゅっと詰まったように聞こえる印象があるのだが、ATH-WS1100は全く違う。体に響く質感のある低音が出ているにもかかわらず、音の見通しが良いのだ。低音に中高音域が埋もれることなく、細部の音まで良く聴こえてくる。
低音も無理やりブーストさせた感じではなく、バスドラムやベースの音も明瞭に聴き取ることができる。例えば、レッドツェッペリンの4枚目のアルバムに収録されている「Black Dog」(ジョン・ボーナムの重いドラムとジミーペイジの重低音ギターリフが命ともいえる曲)は、解像度重視のヘッドホンで聴くと芯のないペラペラな音になってしまい、重低音重視のヘッドホンで聴くと低域が分厚い塊のようになりドライブ感が失われてしまうのだ。
しかしATH-WS1100は、重いドラムと重低音ギターリフをキレのよい迫力ある音で再生するため、絶妙なドライブ感を表現していた。低域の音が塊にならないため、ギター、ベース、ドラムなどが絶妙のタイミングで絡み合うことでグルーブを生み出している曲も、本機の得意とするところだ。例えば、ローリングストーンズの「Tumbling Dice」のような曲は抜群のノリで聴こえる。
ATH-WS1100が得意とするのは低音重視のロックばかりではない。中域もよく出ているので、女性ボーカルの曲なども気持ちよく聴くことができる。たとえば、ノラ・ジョーンズを聴いてみると、ボーカルに厚みが生まれ迫力が出る。
かといってファット過ぎると言うわけではなく細かいニュアンスもしっかり表現されている。高域もほどよい感じで、耳にささることはない。
生楽器を主体としたジャズなども悪くない。低音がしっかり出ている上にキレがあるためウッドベースなどが生み出すグルーブが心地よく感じられるし、解像度が高いため各楽器の音もしっかり表現される。音にいい具合に厚みが加えられるので、演奏に暖かい空気感が加わる点も個人的には気に入った。
クラシックも、交響曲に迫力ある音を求める人にはおもしろいかもしれない。各楽器の音を明瞭にオーケストラの全体を見通す感じで聴きたい人には少し低域が出すぎているが、オーケストラを構成する楽器が混然一体となることで生まれる迫力は良く伝わってくる。今回聴いた中でピシャっとハマったのが、佐渡裕が2014年2月にベルリン・ドイツ交響楽団を指揮した「ベートーベン交響曲第5番[運命]」。
この演奏は速いテンポとオーケストラの鳴りっぷりの良さが特徴なのだが、本機で聴くと音に厚みが加わり、迫力というか一種の凄みが増す。
なお、製品の性質上、この点を指摘するのは妥当ではないかもしれないが、透明感が重要となるクラシックボーカル曲やピアノ曲の再生には向かないようだ。高音の伸びに多少の頭打ち感があり窮屈に感じてしまう。また低音が良く出ているため音に厚みが加わる点もマイナスポイントだ。透明感のある曲を聴きたい人が重低音再生をウリとしたSOLID BASSシリーズを手に取るとは思えないが、本機はハイレゾ再生を特徴としているので、一応記しておきたい。
○装着感、携帯性をチェック
ATH-WS1100はポータブルヘッドホンなので、装着感に加え、携帯性、デザイン性も重要だ。まずは装着感。ハウジングが大きく耳を全体をすっぽり覆う感じで付け心地は悪くない。
側圧は強すぎず弱すぎずといった感じ。硬度の異なる2層のクッション材により構成される「2レイヤード・イヤパッド(PAT.P)」はやわらかく肌触りもよいので長時間装着していても不快な感じはしない。
重量は約281gとこのサイズのヘッドホンとしては軽量だ。ハウジング部を90度回転させてフラットに折りたたむこともできる。折りたたんだ状態で最厚部は45mmほど。カバンの中に入れると多少かさばるが、オーバーヘッドタイプの中では携帯性は良いほうだと言える。
●バランスのいい「ATH-CKS1100」
○2基のドライバーを向かい合わせに配置した「ATH-CKS1100」
次に、インナーイヤータイプの「ATH-CKS1100」をチェックしてみる。ATH-CKS1100はSOLID BASSシリーズのイヤホンでは唯一ハイレゾに対応した最上位モデルだ。
このATH-CKS1100にも、重低音と高解像度のハイレゾ再生を両立させるため、「DUAL PHASE PUSH-PULL DRIVERS(デュアルフェーズ・プッシュプル・ドライバー)」や「デュアルエアフローベース・ベンティングシステム」など、新技術を投入している。
○バランスの良い仕上がり
こちらは一聴して「ん?」と思った。出音がいわゆる重低音重視という感じではないのだ。SOLID BASSシリーズというイメージから体に響く重低音がくることを予想していただけに、意表を突かれた感じだ。もちろん低音もしっかり出ているのだが、中域、高域(とくに高域)もしっかり出ているため、低音だけが特に際立って聴こえてくることはない。
ただ、イヤホンとしては低音の質量が多めでレスポンスもよいので、重厚さが命というような曲でなければ、ロックも気持ちよく聴くことができる。2本のギターが絡み合うことで独特のサウンドを生み出しているローリングストーンズの曲などは、キレのよい低音が出る上に、ギターの細かいフレージングや絶妙なカッティングの間などがはっきりと聴き取れる。B.B. Kingなど、ギター主体のエレクトリックブルースもよい。
ドラムとベースを生み出すグルーブの上に、流麗なフレーズが実在感のある音で流れていく。ギターの繊細なニュアンスもよく表現されており、B.B.お得意のビブラートやチョーキングも超リアルだ。
ただ今回は先にATH-CKS1100を聴いてしまったころもあり、重低音という点では物足りなさを感じてしまう。レッドツェッペリンのような重厚なサウンドが命のハードロックでは、少し迫力が不足する感じだ。
マイルス・デイビス「kind of Blue」など、ジャスにはよい。ドラムとベースが芯のある音でしっかりと聴こえるので、スイング感がよく伝わってくる。高域の再現性も良く、管楽器の音が艶やかだ。各楽器の音が明瞭に聴こえるため、各楽器奏者が、前に出たり引っ込んだり(音の強弱をつけるなど)、それぞれが駆け引きをしながら曲を進行させていく様が手に取るように伝わってくる。
解像度が高く、下から上までしっかり音が出るので、クラシックの女性ボーカル曲やピアノ曲もいける。女性ボーカルは高域がきれいに伸び、高域主体の曲でも息苦しくなることなくその世界に浸ることができる。細かい息遣いまで聞こえてきてとてもリアルだ。ピアノ曲は、ピアニストによる音の違いやクセなど、繊細なニュアンスも聴き取れる。
そのほか、R&B、ファンク、Jポップ、交響曲、室内合奏曲などいろんなジャンルの曲を聴いて感じたことは、どのような曲にも高いレベルで対応することができるということだ。ただ、聴こえ方はモニター的で音の傾向としてはやや固め。そして、SOLID BASSシリーズというイメージで重低音を期待し過ぎると肩透かしを食らってしまう。その点は注意が必要かもしれない。
○装着感と遮音性は?
インナーイヤータイプは、音とともに装着感も重要な評価ポイントだ。ATH-CKS1100はハウジングこそ若干大きいが、本体の重さが約14gと比較的軽めなので、装着しても重さを感じることはない。また、形状がよく考えられているためか、ほどよく耳にフイットする。一方、遮音性は改良の余地があると感じた。音漏れは少しあるが、電車の中などある程度騒音があるところでは、よほどボリュームを上げない限り気にならないように思う。
○まとめ
ATH-WS1100、ATH-CKS1100ともに、ハイレゾと低域の再生をうまく両立させていると感じた。とくにオーバーヘッドタイプのATH-WS1100は、「重低音命」のハードな曲を、ハイレゾならではの高音質で楽しみたい人には最適なヘッドホンと言ってよい。ATH-CKS1100はどっしりとした重低音を期待すると肩透かしをくらうが、高質量のキレのよい低域再生を実現している上、中域、高域も低域に潰されることなくしっかり出ていた。低音重視モデルというよりも万能型の高性能モデルと考えたほうがよいかもしれない。両モデルともハイレゾ対応イヤホンとしてはかなりレベルの高い仕上がりだ。コストパフォーマンスも高いので、高性能なハイレゾ対応ヘッドホンが欲しい人は、低域重視モデルということで敬遠せずにぜひ一度聴いてみてもらいたいと思う。