インバウンド観光客を「虜」にする日本の“文化財ランドマーク”【後編】
前回は60年ぶりの悲願を達成した松江城についてレポートした。
その松江市からみて中国山地の分水嶺を越えた向こう側にある姫路城には、実に多くのインバウンド観光客が押し寄せている。松江城と比べると、こちらは桁違いといってよい。
○新生「姫路城」は予想以上の人気
ご存じのとおり、姫路城は2009年から2015年3月まで「国宝姫路城大天守保存修理工事」が行われていた。つまり、今年は新生「白鷺城」(しらさぎじょう、姫路城の別称)お披露目の初年というわけだ。白壁や瓦があまりにも白く生まれ変わったため“白すぎ城”などと揶揄する向きもあるが、「白漆喰総塗籠造」(しろしっくいそうぬりごめづくり)は当時からの技法で、これが本来の姿といえる。
この本来の姿をひと目見ようと、全国から観光客が押し寄せている。加えて姫路城は日本を代表する世界文化遺産のひとつ。
ワールドワイドでの知名度はほかの城郭を圧倒し、多くのインバウンド観光客が姫路城を目指す。
3月24日のグランドオープンからの入城者数は、12月上旬の時点で222万人を超えた。平成20年度に熊本城が記録した221万人を超え過去最高に達し、さらに入城者数は伸びる勢いだ。姫路市は年間入城者数を180万人(200万人を超えることも想定)と見積もっていたようだが、これほどとは思わなかっただろう。
郭内に踏み込むと、外国人の多さが目立つ。ザッと見わたすと、およそ5割がインバウンド、いや、半数以上が外国人かもしれない。そして、その外国人のうちの半分が中国・韓国・台湾からの観光客、そして残り半分が欧米や東南アジアからの観光客という感覚だ。休憩所に立ち寄り周囲の会話に耳を傾けると、実に多様な言語が飛び交っているのがわかる。
●好立地で関西を訪れるインバンド観光客を取り込み
これほどインバウンドが押し寄せる背景には、姫路という立地のよさが挙げられる。京都・大阪という外国人が好む都市に近く、しかもそれらの都市から日本の“名物”ともいえる新幹線で移動できる。ツアー客のみならず、京都・大阪をベースに宿泊している外国人が観光するスポットとして、これほどの好例はほかに見当たらない。
姫路駅南口を出ると目抜き通りの先に天守閣が鎮座し、ランドマークとしての存在感を堂々と放っている。それを目指して歩を進めている多数の外国人をみれば、バスツアーではなく、鉄道を利用して姫路城にやってきたフリーのインバウンド観光客がいかに多いかがうかがえる。
○展示物を撤去し観光客のトラフィックをスムーズに
新生・姫路城は、観覧の方式も大きく変わった。改修前は、天守閣内に甲冑や火縄銃など多くの展示物が並んでいたが、グランドオープン以降はそうした展示物のほとんどを撤去。市は「天守閣の素のままの姿を見学していただく」としているが、回遊性を高めるねらいもあるとみられる。
というのも、次から次へと観光客が入城してくる現状では、展示物を置いてしまうと、大渋滞を引き起こしてしまうのは確実だからだ。
入城してみると、要所要所にスタッフが立ち観光客を誘導。スムーズに順路を進むことができ、30分ほどで天守閣見学が終了した。確かに押し寄せる多数の観光客をさばくには、展示物なしのほうが合理的だ。ただ、以前の姫路城を知る“一お城ファン”としては、なんとなく寂寥感に包まれてしまった。
グランドオープンからわずか260日ほどで220万人の来城者ということは、単純計算で1日に8,500人ほどが城を訪れていることになる。市が採った観覧方式は妥当だと理解するしかない。
●世界遺産登録を目指す彦根城
一方、姫路城に続けとばかりに世界遺産登録を目指す城がある。
琵琶湖東岸にたたずむ彦根城だ。自治体を挙げて世界遺産登録に向けて運動しているが、彦根城にとってハードルが高い。
というのも、ユネスコの諮問機関で世界遺産登録の審査を行っているICOMOS(イコモス)の審査内容が厳格になっているからだ。それは“世界遺産のない国を優先的に”“1国で1案件を審査する”といった具合だ。そして何よりもハードルを高くしているのが姫路城の存在。すでに日本の城郭として姫路城が世界遺産に登録されているため、同じ日本の城郭として“二番煎じ”とイコモスに捉えられているふしがある。
松江城が長いあいだ国宝指定を受けられなかったのは、同じ複合式天守の彦根城がすでに国宝に指定されていたためと、前回のレポートで解説したが、皮肉にもその構図が世界遺産のステージで彦根城に降りかかっているわけだ。
この膠着状態を打開するには、いかに姫路城と差別化するかがカギとなる。
幸い彦根城には併設された日本庭園「幻宮園」や、江戸時代の様相を色濃くのこす城下町がある。これらは姫路城にはないもので、世界遺産登録に向け、天守閣とセットでいかにイコモスにアピールできるかがポイントとなるだろう。
世界遺産登録に向けての取り組みは足踏みをしているものの、観光客の集客は好調だ。2014年度は、ピーク時に迫る74万人以上が彦根城を訪れた。築城400年祭が開催され、その祭りのマスコットを務めた「ひこにゃん」が爆発的なブームとなった2007年の88万人にはおよばないものの、70万人超の来城者は堅調といえる。
城下の飲食店スタッフによると「確かに“ひこにゃん”ブームの時と比べれば、観光客が減った感は否めないです。ですが、近年は外国人の方が結構たずねてきてくれています」と、やはりほかの城郭と例外ではなく、インバウンド観光客が増加傾向にあるという。ただ、姫路城と比べれば、外国人の知名度は低いといわざるをえない。
京都・大阪に近いという好立地ではあるけれども、新幹線駅が隣接していないという弱点もある。
今後、インバウンド観光客の増加をねらうには、やはり世界遺産へ登録され、ネームバリューをグッと上げる必要性がある。日本人としてはひとつでも多くの世界遺産が増えることは願うところなので、自治体も含めた今後の彦根の取り組みに期待したい。
○過去最高のインバウンド来日数にわく日本文化
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