NYタイムズの羽生結弦の金メダル獲得報道記事が、いい話で泣ける
NYTは2月14日付けの紙面で「Yuzuru Hanyu of Japan Wins Men’s Figure Skating Gold」とのタイトルで、羽生選手に関する記事を掲載。記事内では、羽生選手が東日本大震災で被災してから、ソチ五輪で金メダルに輝くまでの過程や心の揺れ動きが丁寧に紹介されている。
○価値観を変えた震災、荒川静香さんの精神的サポート
序盤は、東日本大震災と羽生選手の関係に触れている。震災の瞬間、羽生選手が地元・仙台のスケートリンクで練習していたことや体育館の緊急避難所で両親らと3日間過ごしたことなどを紹介。さらに羽生選手が自著「蒼い炎」において、震災が自身の価値観を完全に変えてしまったことを伝えている。
記事はさらに、震災が羽生選手に与えた影響について掘り下げている。震災後に練習拠点を横浜へと移し、学校へ登校するのは難しいと感じていたこと、被災者に恩恵を与えられるようにスケートを滑っていたが、真剣にスケートをやめようと悩んでいたこと……。スケートをやめようという考えは、仙台市民や羽生選手の精神的サポートをしてきたトリノ五輪の金メダリスト・荒川静香さんによって改められたと記されている。
○「オリンピックで勝ちたい」
一時はスケートをやめようと悩んだ羽生選手が、五輪の頂点を目指すと明言したのは、ソチ五輪から遡ること約1年2か月の2012年12月。NYTによれば、グランプリ(GP)ファイナルでソチに来ていた羽生選手は、黒海付近を散歩している最中にブライアン・オーサーコーチにこう話したそうだ。「オリンピックで勝ちたい」。
その強い信念が、ソチ五輪の男子シングルショートプログラムで101.45という世界最高スコアをたたきださせたのだろうか。記事によれば、1984年のサラエボ五輪で同種目の金メダルに輝いたスコット・ハミルトン氏も「羽生選手はとても爆発的だった。
彼は最も難しいことを、とてもシンプルなようにやってのけた。これは本当に賞賛すべきことだ」と話したという。
○悲劇が羽生選手の成長を押し上げた
また、オーサーコーチとともに羽生選手を指導するトレイシー・ウィルソンコーチは、震災が羽生選手を強くしたと指摘。ウィルソンコーチは「あの悲劇を経験したことによって、彼(羽生選手)はあの若さで成熟期に達した」と話しているという。
実際、数字も羽生選手の成長を物語っている。2012年に初参加の世界フィギュアスケート選手権で251.06で3位になって以降、同年12月のGPファイナルで2位(264.29)、2013年12月のGPファイナルで1位(293.25)と、主要大会で表彰台にのぼりながら、スコアを着実に伸ばしてきているのがわかる。
○五輪の金メダルは「出発点」
特に2013-2014シーズンは、ソチ五輪前に参加した5つの大会(フィンランディア杯、GPシリーズスケートカナダ、同エリックボンバール杯、GPファイナル、全日本フィギュアスケート選手権)すべてで3位以内(1位3回、2位2回)と、圧倒的な強さをほこっていた。そして2月15日、五輪の金メダルという新たな勲章が羽生選手に加わった。
記事はこの金メダルこそが羽生選手が前に向かっていくための「出発点」になると締めくくっている。逆境を乗り越えて金メダルを獲得した羽生選手が、次なる目標を目指して前を向き進もうとしている姿は、ニューヨーカーをはじめとする多くのアメリカ人の心にもきっと響いたに違いない。
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