“コンテンツの雄”カドカワと“予備校の老舗”代ゼミが高等教育で組むワケ
4月に「N高等学校」の創立を予定しているカドカワと、予備校を主事業とする代々木ゼミナールが、大学受験に特化した「代ゼミNスクール」を2016年4月に開校すると発表した。そもそもカドカワが開校する予定のN高等学校(N高)とは、“デジタルネイティブ世代が夢見る、今のネット社会に対応した新しい高校”と同社が定義する学校法人。授業やレポート提出をネットで行うことにより、自分のペースで学習できるのがポイントだ。
○高等教育の修了のほか課外授業を展開
N高がユニークなのは、ネットをとおした勉強で高校卒業の資格を得られるほか、数多くの課外授業が用意されていること。プログラミングや小説の執筆、ファッションデザインなどを通常科目と同時に学べ、地方自治体とも提携し、農業・漁業・伝統職人などの体験授業も受けられる。
また、不登校や引きこもり生徒の勉強の場として、新たな選択肢にもなりうる可能性が同校にはある。長いあいだ、不登校や引きこもりが教育現場で問題とされており、有効な解決策は見いだされていない。N高は、そうした生徒たちの“学びの場”として期待できる存在ともいえる。
ただ少し気になるのは、カドカワは、そうした不登校・引きこもり生徒が多く消費しているであろうコンテンツの巨大な生産源でもあること。もちろん、コンテンツブランド「KADOKAWA」が得意とするライトノベルやアニメ原作、同社が運営する「ニコニコ動画」が不登校・引きこもりの直接の起因とはいえないが、なんとなく“皮肉な展開だなぁ”と感じてしまった。
いずれにせよ、ネットの活用に長けていると思われる不登校・引きこもり生徒にとって、N高の授業方法はハードルが低いと考えられる。彼ら彼女らが普段から親しんでいるコンテンツを生み出している企業が運営する高校ということも、ひょっとしたら学業復帰のきっかけになるかもしれない。加えてカドカワは、日本を代表する“版元”であり国内有数のコンテンツホルダーだ。課外授業でプログラミングや小説などを学ぶN高の生徒のなかから、才能ある人材に直接かつ早期にアプローチして、社会での活躍の場をすぐさま提供する意図があるのかもしれない。
それを示唆するかのように、カドカワ 代表取締役社長 川上量生氏は「ある意味ネットは現実社会の逃げ場になっているかもしれないが、優秀な人材が集まる場でもある。そういう方々が社会で活躍するきっかけにN高がなれば……」としばしば語る。
●N高がリアルな学びの場を手に入れる
さて少々脱線してしまったが、なぜカドカワと代々木ゼミナールが組んで代ゼミNスクールを設立するのかを考えてみよう。
まず代ゼミNスクールは、代々木ゼミナールが本拠とする東京・代々木にある専用校舎にN高の生徒が通うことを前提とする。そして、その校舎で映像授業を受けたり、講師との対面授業を受けたりする。前者は一人で受講、後者はライバルたちと同時に受講するイメージだ。どちらかを受講していくことで(もちろん両方もあり)、自分の得意科目を伸ばしたり、逆に不得意科目を克服したりといった受験勉強を高校1年生からでも実践することで、志望大学合格に少しでも近づけるのがメリットだ。だが、代ゼミNスクール生徒には次のようなメリットもあるのではないか。
○“通学する場”を提供
リアルな校舎に通うことは、基本的にネットでの学習を主軸とし、好きな時間に学ぶことで高校卒業資格が得られるとするN高の理念からかけ離れていると考えてしまう。だが、特定の日時に特定の校舎に通うことは、日本国中ほとんどの高校生が疑問の余地なしに行っていることで、現代の社会規範を考えれば当然の行為。
代ゼミNスクールで学んだ生徒たちが社会に進出した際、特定の日時・場所に通う経験を積んだことは決して無駄になるとはいえない。
また、N高にはネットでの授業がメインではあるが制服が設定されている。直接学業には関係ないかもしれないが、制服を着て校舎に通うことで、通学のモチベーションが高まる生徒も少なくないはずだ。代ゼミNスクールに通うN高生徒は、ネット勉強だけの生徒に比べ、制服を着て通学する機会を増やせるというわけだ。
●連携による両社のメリット
N高生徒だけではなく、代ゼミNスクールは、カドカワと代々木ゼミナールの双方にメリットがある。
まず、カドカワサイドからみて、代々木ゼミナールと組む最大の利点は、リアルな教育の現場を手に入れられることだ。N高は、課外授業をとおして講師やそのほかの生徒に触れたり、講義映像システムのコメント機能を利用したりで他者とのコミュニケーションが図れる。まだ開校していないのでどのくらいのコミュニケーション量となるのか判断できないが、リアルな高校に通う生徒に比べれば、他者との触れあいは少なくなると容易に想像できる。
高校生活は、大学受験を前にした大切な教育期間でもあるが、友人との触れあいや部活動などを通じ、コミュニケーション能力を育てる重要な時期でもある。N高は、教育課程すべてではないとはいえ、基本的にネットで学業が完結する世界。コミュニケーション能力の育成にどれほど寄与するか、疑問が残る。だが、代ゼミNスクールは、リアルなコミュニケーション実践の場になりうる。ネットによる受講・レポート提出は、時間的に合理的かもしれないが無機質な感もある。リアルな学びの場である代ゼミNスクールは、N高のみの教育と比べ、有機的といえるだろう。
加えて、代々木ゼミナールの講師陣による講義を、N高生徒に受けさせることができるのもメリットだ。代々木ゼミナールは“講師の代ゼミ”と呼ばれるぐらい、講師陣が充実している。
予備校として60年間培ってきたノウハウを、N高生徒に対する教育に生かせるというわけだ。
○“本業後退”の流れに一定の歯止め
一方の代々木ゼミナールとしても、N高生徒を受け容れることに利点がある。それは、“予備校”というイメージからの脱却だ。予備校というと、どうしても“浪人生が対象”という印象で凝り固まってしまう。代々木ゼミナールは、もちろん高校生の“塾”としての事業も手がけているが、やはり浪人生相手の企業というイメージが強い。
加えて、少子化による受験生人口規模の縮小、現役主義の浸透による浪人生の減少、AO入試の普及による受験勉強の価値後退といった要因が追い打ちをかける。代々木ゼミナールが全国に展開する複数の校舎を閉鎖し、不動産業に転換するという報道が流れたのは記憶に新しいところだ。
今回のカドカワとの提携による代ゼミNスクールの開校は、そうした“脱教育”といった路線に対し逆行するもので、代々木ゼミナールが本業の“DNA”を呼び覚ましたともいえよう。
いずれにせよ、ネットの普及によりの生活様式は多様化してきている。古くは“新人類”“フリーター”という言葉が生まれたように、ここ数年は“ネット民”という様式が定着してきているほど、ネットの影響力が高まっている。N高および代ゼミNスクールの取り組みは、そうした新しい生活様式に則した新しい“学舎”といえる。