ソニー「Backlight Master Drive」から見る、テレビ製造トレンドの変化 - 西田宗千佳の家電ニュース「四景八景」
今年のCESでAV技術をウォッチする関係者の度肝を抜いた展示があった。ソニーが「技術展示」として公開した「Backlight Master Drive」(BMD) がそれだ。現在、テレビ製品の最前線では4Kに加え「HDR」の導入が進んでいる。簡単にいえば、BMDもHDRをよりうまく再現するために開発された技術といえる。
○HDR時代のテレビは輝度が要
HDRは、光のダイナミックレンジを広げて再現性を高める技術で、カメラや写真の世界では何年も前からおなじみかもしれない。カメラのHDR機能は「同じ写真データの中で光の濃淡の表現を最適化して表す」ものだが、テレビのHDRはそれとは異なる。
ここ最近のテレビで言われるHDRは、これまで狭い幅で伝送されていたデジタル映像データを、大きな幅でやりとりし、輝度を高めたテレビで光の濃淡をよりうまく再現しよう、というものである。例えば、夕日を反射してきらめく水面やスポットライトがあたるステージ、夏の日差しなど、強い明るさの部分がリアリティをもった明るさで表現されるようになる。
暗い部分も表現力が高まり、「暗い中のほのかな色」まで見えるようになる。
HDRを正しく再現するには、明るい部分をとにかく明るくできること、そして逆に、暗い部分を本当に暗くできることが重要だ。液晶はそうした「コントラストのある絵作り」が苦手なデバイスだが、これまでもバックライトを工夫することでハードルを超えてきた。
具体的にいえば、HDR対応機種はパネル (導光板) の裏側にバックライトを並べる「直下型バックライト」でカバーするものがほとんどだ。一般的な液晶ディスプレイで使われる「サイドライト」では、明るいところと暗いところを細かく分けるのが難しく、HDRの精細なダイナミックレンジ表現には向かない。
●バックライトが鍵を握る
○Backlight Master Driveの仕組みと能力
ここでBMDの話に戻るのだが、簡単にいえばBMDも直下型のバックライトとそれに最適化した映像処理技術の総称である。ただし、そのクオリティは過去の直下型をはるかに超える。発色もコントラストも、「液晶より有利」と呼ばれる有機EL (OLED) にかなり近いものが実現できているのだ。
液晶ではどうしても「黒が黒くならない」という難点があったし、OLEDも「トップ輝度が高くならない」という難点がある。しかしBMDでは、黒がOLED並みに黒くなり、さらにはトップ輝度は、OLEDどころか最新の液晶テレビをも超える「最高4,000nit」を実現した。夕日の光で暖かさを感じる……と思ってしまうくらい、リアリティのある「明るさ」が表示されていた。
BMDの秘密はバックライトにあり、背面には1,000個以上の高輝度LEDがずらっと並んでいる。プレスリリースでは「1,000以上」とされているが、実際には、バックライトが明滅する部分を「1,000を大きく超えるが3,000はない」くらいの数に分割しているそうだ。通常のバックライトでは数十から数百までのわりと荒い分割なので、バックライトの光だけを見ても、モザイクがかかった映像のようにしか見えない。
だが、BMDほど細かく多数の分割をすると、バックライトの濃淡を見るだけで、実際の絵がどうなるのかわかるほどだ。
通常、ここまで多数のバックライトを配置し、輝度も最高4,000nitまで上げると、LEDの発熱が増えて消費電力が高くなり、一般家庭向けとは言えないものになりがちなのだが、BMDではその問題も解決している。
CESで展示された85インチのデモ機は、ソニーの現行テレビと消費電力は変わらず、ファンなどの特別な冷却機構は不要だという。暗い部分で電力を使わないようにし、明るくなる部分にだけ集中する機構を改善したこと、放熱や消費電力に配慮した配置にしたことなどが理由だという。
BMDが搭載されたテレビは、そのバックライト数もあり、さすがにかなりの高級機となりそうだ。また、発売時期も公表されておらず、少なくとも2016年中の製品化はなさそうだ。しかし、これが出てくると、高画質テレビの競争がまたワンランク違うレベルになりそうで、非常に期待が持てる。
●高品質なテレビが求められる時代に
○パネルメーカーとの関係に変化が
さて、BMDに限らず、近年の高画質テレビではバックライトも含めた改善をアピールするところが多い。しかも、その多くが「自社開発」である。東芝の「REGZA Z20X」にしろ、パナソニックの「VIERA CX800」にしろ、現在発売済みの製品は、そうした工夫をウリにするものが多い。
その背景にあるのはなんなのだろうか?
「西田さん、それはね、パネルメーカーとの関係が変わったからですよ」
あるテレビ技術者はそう話す。
「正直、過去にはパネルメーカーのいいなりでテレビを作らざるを得ませんでした。我々が生産したい数のパネルをできる限り安く調達するには、彼らが売りたいパネルを、彼らが言う通りに買うしかないという事情がありました」
「しかし、今は違います。テレビ用パネルのニーズはそこまで多くない。パネルメーカーは、パネルを求めるテレビメーカーの言うことも聞かないと、安定した販売が見込めなくなってきた。なので、こちらの考えを反映したパネルが作りやすくなってきたんですよ」
なるほど、それは面白い。
日本のテレビメーカーが高級機で使う液晶パネルは、今は「オープンセル」と呼ばれる調達形態が主流になっている。液晶ディスプレイは、液晶部とバックライト、表面のフィルターなど、多数のパーツで構成される。
過去にはそれらをまとめた「モジュール (クローズセル) 調達」が多かった。「どこでもパーツさえ買ってくれば作れる」と揶揄される作り方は、モジュール調達の話である。
だがオープンセル調達では、液晶部だけ買い、バックライトやフィルターは自社で開発・調達して作り上げる、という形が採れる。こうしたことは2013年頃から広がっている。当初は低価格化のためのソリューションだったものの、現在はむしろ高画質化に必須のやり方になっている。それができるのは、テレビが「低価格で数を売る」時代から、「高品質なものを、必要としている人に売る」時代に変わったからだ。
「テレビ事業は家電のお荷物」と言われる。今でも業績が完全回復したとは言い難い。
しかし、製造・販売の現場では、「薄利多売で差別化できない」時代は過去のものになった。今は、「ノウハウのあるところがそれを生かして、いい顧客だけを相手にする」時代。それにあった技術と経営を行うところが、ここからの勝者になる。