Chordの「Mojo」をスマホでじっくり聴き込み
ポータブルアンプは、いまやパーソナルオーディオ愛好家の必須アイテム。高インピーダンスのヘッドホンをも駆動するアンプとしての機能だけでなく、ハイレゾ音源を再生する高性能DACの利用が目的だ。今回、その「凝縮感」が話題のChord「Mojo」を自宅のシステムでじっくり聴いてみた。
○音のノウハウをFPGAに凝縮
ポータブルアンプ選びの要点といえば、出力ワット数や入力端子の種類といったアンプ部のスペックもさることながら、近ごろではDAC部も重視される。PCやスマートフォンと組み合わせてデジタル入力することを前提に、搭載されるDACチップは何か、どのフォーマット(サンプリング周波数/量子化ビット数)まで対応しているか、DSDネイティブ再生が可能かどうかがポイントとなってくる。
ここに紹介する「Mojo」は、「Hugo」で一躍名を馳せた英Chord Electronicsの製品であり、DAC部には専用DACチップではなくFPGAを積む。FPGAをひと言で表せば「プログラミング可能なLSI」、本機の場合は「Chordの音響ソフトウェア技術が詰め込まれたDACとしての役割を果たすLSI」となる。市販のポータブルアンプはその大半が既製の専用DACチップを積むが、Chordはプロ向けの製品と同じ手法をMojoにも採用した。
この事実だけを見ても、開発陣の意気込みがうかがえる。
Mojoに搭載されるXilinx社の最新・第7世代FPGA「Artix7」は、かなりパワフル。HugoにもXilinx社のFPGAX「Spartan6」が採用されているが、そちらは一世代前の40/45nmプロセスであり、Artix7は28nmプロセス。プロセスの微細化により、同じダイサイズで2倍以上のロジックセルを利用できるのだ。同じ処理が前世代FPGAの半分程度の消費電力で可能になったことが、Mojoのコンパクトさの理由といえる。
DACとしてのスペックにも注目だ。PCMは最大768kHz/32bit、DSDは最大11.2MHzのネイティブ再生と、現存するほぼすべてのオーディオフォーマットに対応する。入力経路はUSB Micro-BのほかTOSLink(光デジタル、最大192kHz/24bit)とCOAXIAL(同軸デジタル、最大768kHz/32bit)を用意、コンポーネントオーディオとの組み合わせも可能だ。
もっとも需要が高いと思われるスマートフォンとの接続だが、iPhoneはカメラコネクションキット、AndroidはUSB OTGケーブルを用意すればいい。Mojoに付属のマイクロUSBケーブル(A端子 → Micro B端子)は約7cm、やや長めのほうが取り回しやすいはずだ。
動作確認はiPhone 6sとXperia Z Ultra(Android)との組み合わせで行ったが、試聴はiPhone 6sに絞り行った。接続に利用したカメラコネクションキットはDock(30ピン)版で、間にLightningアダプタを噛ませているが、特に支障なく「ONKYO HF Player」に認識された。
試聴を開始して最初に感じたことは、対応フォーマットを気にしなくていい「楽さ加減」だ。再生可能なフォーマットが最大768kHz/32bit、DSDも最大11.2MHzに対応するため、HF PlayerのウリのひとつであるリアルタイムDSD変換も存分に活用できる。
駆動力の高さもうれしい。出力インピーダンスは0.075Ω、出力レベルは35mW@600Ω / 720mW@8Ωと、そんじょそこらのヘッドホンアンプでは使いこなせないヘッドホンも軽々と扱える。
しかもヘッドホンジャックは2基、同時使用が可能なため2人で同じ音源を楽しめる。
3つ見える「曇りガラスのビー玉」はギミックではない。「M」の上にある玉は電源ボタンで、入力する音源のサンプリングレートにより色が変化する。残り2つはボリューム調節用で、こちらも音量を上げていくと赤 → 黄 → 緑 → 青……と10段階で変化する。初期状態はLEDが強すぎるが、ボリュームボタン2つを同時押しして輝度を下げるとよい塩梅の明るさに落ち着いた。
●iPhoneとの組み合わせでDSD 11.2MHzを堪能
○iPhoneとの組み合わせでDSD 11.2MHzを堪能
肝心の「Mojo」の音だが、そこかしこにChordの音作りを感じさせ、聴く者を飽きさせない。全域にわたる解像感の高さのみならず、左右チャンネルの分離感、低域のパワーと張り、瑞々しい音の輪郭は、ヒット作「Hugo」を彷彿とさせるものだ。レンジ感はHugoほど広大ではないにせよ、このサイズでこのクオリティを実現したことには正直驚かされる。
それがWTAフィルタ(アップサプリング後にΔΣ変調を行いアナログ電流に変換するCHORDの独自技術)による効果か、ディスクリート構成のパルスアレイDACによる効果かは断定できないが、実際に音を聴けば、Mojoを評する「凝縮感」というキーワードに納得するはずだ。Mojoの特徴を端的に表すのがピアノの音だ。試聴に利用した「オーディオテクニカ ATH-A2000Z」は、俊敏なレスポンスによる緻密な描写を得意とする密閉型ヘッドホンだが、強いアタックはもちろん弱めのタッチで残る余韻と空気感まで再現する。倍音成分も豊かに消え入る間際の音までしっかり描けば、感動もいや増しに深まろうというものだ。
圧巻はDSD再生。音源が豊富にあるとは言えない状況だが、Mojoで再生するDSD 11.2MHzは艶といい滑らかさといい「DSDらしさ」の期待にじゅうぶん応えてくれる。そもそものS/Nの高さもあるが、パルスアレイDACのメリットとされるノイズ変動の少なさが奏功しているのだろう。
気になった点といえば、バッテリーだろうか。
MojoにはUSBオーディオ用と充電用2基のMicro-Bポートが用意されているが、USB DAC使用時にバスパワー給電されない。スマートフォンのバッテリーを消費しないようにという配慮だろうが、バッテリー残量を気にしつつ音楽を聴かなければならない。
ときどき端子を差し替えて充電するか(当然音楽は聴けない)、Mojo用の電源を別に用意するかの二択になるわけで、これはなかなか悩ましい。バスパワー給電に切り替えるスイッチがあればうれしいところだ。
急速充電に対応していないことも気になる。ほぼ同じ容量のバッテリーを積むスマートフォンが90分程度でフル充電できるところが、5時間ほど要してしまうのだ(5V/1Aアダプター使用時)。バスパワー給電できれば、さほどデメリットにならないだろうが、うっかり充電不足の状態で外出すると悔しい思いをするはずだ。
もうひとつ言っておきたい。
Mojoに始まった話ではないが、Chordの製品はデザインとネーミングが個性的すぎる。今回の「ビー玉」も、正直なところ微妙な気分を拭えない。音質と機能に関しては申し分なく、価格に見合ったパフォーマンスを提供してくれるが、その独特のセンスを魅力に思えるかどうかは人による。英国のメーカーであるだけに、モンティ・パイソン的なアイロニーに対する理解が求められるようだ。