身近にひそむ"丸ゴシック"「機械彫刻用標準書体」の魅力に迫る
そんな「機械彫刻用標準書体」の魅力に迫るトークショー「もじ部特別編:機械彫刻用標準書体の原図を見ながらあれこれ話そう~駅の案内表示板でよく見るかわいい丸ゴシック体の謎に迫る」が、東京都・青山ブックセンターにて開催された。本稿では、その模様の一部をお届けする。
○「厳密なのに自由な」フォント?
この催しは、書籍「もじ部~フォントの目利きになる!」の刊行記念で行われた。ゲストとして、同書にも登場する書体デザイナーの鳥海修氏と書体史研究者 / 書体デザイナーの小宮山博史氏、そして同書のブックデザインを手がけたデザイナーの川名潤氏。同書の編集者である雪朱里氏が聞き手となって、「機械彫刻用標準書体」についてトークを展開していった。
まずは、雪氏が同書の制作にあたってフィールドワークで集めた「機械彫刻用標準書体」の写真を順に見ていく流れに。規格が定められた文字でありながら、それぞれの文字はいずれもユニーク。「『設備』のごんべんの下に下駄がある(縦の辺が下に突き出ている)」など、標準書体のかたちから外れる例が連発され、思わず鳥海氏が「こんなの、書体って言われても」と突っ込みを入れ、会場が笑いに包まれる場面もあった。
「機械彫刻用標準書体」は昔から使われている汎用平面彫刻機で文字を彫刻するための書体であり、現在の機械であれば、PCからプリントする要領で明朝体でもゴシック体でも、任意の書体を選べるという。だが、古い機械を使っている場合は当然標準書体以外の選択肢がない。これだけ標準書体の用例が見つかったということは、今も活躍している古い機械がたくさんあるという推測にもつながる、と現場では語られた。
「機械彫刻用標準書体」は、彫刻機にセットしたカッターの刃が回転して文字を彫っていき刻印する。JISの企画書によれば、線の幅が文字の大きさの8パーセントで、原図は20ミリ角。
これが縮小されるので、結果として3ミリ~10ミリになる。原盤用の書体は細い線で描かれているが、これは機械彫刻はカッターで彫ると太くなるため。
雪氏は機械彫刻を実際に手がけている工房に取材したのだが、見本の彫刻を依頼した際、原盤用書体の見本を見ずに、職人がマジックペンで一発書きで文字を描き、彫っていたと明かす。
機械で文字を彫る際、刃の上げ下げは作業効率や難度の関係で少なくしたいため、極力その操作を避けるよう独特の描線で設計された同書体。だが結果として、現場で作業する個人の裁量が非常に大きくなっている状況にあり、「これを書体と呼んでいいのか?」という疑問が話し手から飛び出した。
この標準書体が丸ゴシック体になっているのも、機械では同じ太さしか彫れないため明朝体は表現できず、かといって刃を回転させる関係で常に角を出したラインを引けないため、ゴシック体も難しいという、仕様上の都合からだった。そして、画数が多いと彫刻が大変になるので省略字形が作られていて、そちらがメインで使われる想定だった。
しかし、1984年に常用漢字が制定されたことにあわせ時代の流れで略字の使用に懸念が呈されるムードになり、主従が逆転。
「5ミリいかの小さな文字で、クライアントが拒否しなかった場合」というきわめて限定された利用シーンにとどめられ、これには略字のテイストを評価していた語り手たちも残念がる声をあげていた。
トーク内では、現場の実態はともかくJISの規格は厳密に決まっていることが強調され、小宮山氏は「書体といっていいかはわからないが、方針というようなものかもしれない」と一言。厳密なルールとは裏腹に自由に展開されている希有な書体について話は尽きないながら、場が締めくくられた。