『週刊文春』がネットメディアに問う「それで面白いの?」 - マネタイズの挑戦と未来、ショーンK・野球賭博スクープの真相
●完売前に共通する、ある出来事
スクープ連発の『週刊文春』編集長は一体どんな人物なのか? 新谷学編集長の直撃取材は約1時間15分にもおよび、書き起こした文字数は1万6,000字。本記事では、注目を集める人物に直接会いに行くインタビュー連載「話題の人」の第1回に収まりきらなかった内容を「特別編」として掲載。「完売」のライン、ショーンKや野球賭博報道の秘話、ネットメディアへの本音、『週刊文春』のデジタル展開と未来予想図など、本誌同様に「タブーなし」のインタビューをお届けする(取材は3月中旬)。
○テレビ局に有料提供する狙い
――今年に入って3号が完売(甘利大臣の金銭授受疑惑 1月28日号・2月4日号/宮崎謙介議員の不倫疑惑 2月18日号)。ベッキーさんの号は完売ではないんですよね。世間的な関心、影響は最もあったと感じているのですが、完売になる号とならない号の違いは何だと思いますか?
ベッキーさんの号は確かに完売ではないですね。一応、8割売れたら「完売」としているんですが、ベッキーさんの号は8割弱だったと思います。この「完売」、実は基準があります。
出版界全体がこのラインを下げているんですが、うちは「8割」をラインとしています。66万部を完全に売り切るのは、日本全国津々浦々まで撒いているのでとても大変なんです。首都圏で売れても、地方ではそうでもなかったり。そういう意識の違いが生じることもあります。
今年に入って3冊完売しましたが、そのうちの1冊は9割超え(1月28日号)。これは2012年の原監督の号以来ですね(原辰徳の1億円恐喝事件2012年6月28日号)。編集部が「売れる」とふんで売れたことはやっぱりあるし、「売れる」と思ってて思ったより売れないこともある。でも、「思っていた以上に売れた」ことは残念ながらあまりないんですよね(笑)。
――今朝のワイドショーでは、たくさんショーンKさんを見ました(3月中旬に取材)。
ずっとテレビでやってますね。やれる局とやれない局にきれいに分かれていましたが(笑)。
――テレビだけではなく、ネットメディアをはじめ、マスコミ全体が『週刊文春』の恩恵を受けていることがあります。この状況についてはどのように受けとめていらっしゃいますか。
僣越ながら「役割分担」がされつつある印象です。要するに、コンテンツメーカーとプラットフォームのように。第一報のコンテンツを出すところ、そしてそれを使って読者や視聴者に伝えるところ。
こうした現状に鑑みて、テレビ局には記事使用料をいただくようにしました。ちょうど先週からです。記事使用料が発生すれば使われなくなるかもしれないと思っていたら……みなさんジャンジャン使っていただいています(笑)。今まではすべて無料提供でした。これもコンテンツビジネスの1つですよね。
以前は、宣伝効果もあるし、使ったり使われたり、お互いさまのことと考えていたんですが、最近は役割分担がより明確になってきました。例えば共同通信の写真を使わせてもらう時、お金を支払いますよね。『週刊文春』の記事や『週刊文春デジタル』の動画もそれと同じだと思うんです。
うちのオリジナルコンテンツを使ってみなさん商売なさっているんだから、それに見合うお金はいただくべきだということを社内に提案して、それが通りました。社としてライツ事業部が過去記事で使用料をいただくことはあったと思いますが、『週刊文春』では初の試みです。
○一番の財産は"読者からの信頼"
――そういった動きも含めてですが、週刊誌のイメージが最近変わりつつあるような気がします。
どのように変わりましたか?
――芸能人の方々がテレビなどで「週刊誌はウソばかり」と嘆く姿をたびたび目にしてきました。しかし、今これだけ影響力があるのは、揺るぎのない「事実」が誌面に反映されているからじゃないかと。
峯岸みなみさんは、何かの番組で「文春はしっかり取材している」とおっしゃっていたみたいですね(笑)。でも、そうやっておっしゃってくださるのは一番ありがたいことで、ネットの書き込みを見ていても「文春が書いているから本当だろう」というのをよく目にします。それが本当にうれしくて。
今まで週刊誌は長きにわたって偏見の目にさらされてきました。「あることないこと、適当に噂を書き飛ばしている」みたいな。「まぁ、週刊誌だから」、そんなイメージだったと思います。それが「文春だから本当」になったのは大きな変化です。コンテンツビジネスを本気でやろうとしたら、この”読者からの信頼”は一番の財産、そして最大の武器になる。記事に書いていることが真実であり、しかもそれが面白ければ、きっとお金を払ってくれる。そうすれば、紙の売り上げとは別にデジタル上でも、ビジネスが展開できると思っています。
――売り上げに直結する話題性、内容の選別、人選。
その辺りの照準が定まってきたということでしょうか。
それもあると思います。こちらでコントロールできること、できないことはありますが、取材対象の選び方は重要です。誰のことならお金を払ってまで知りたいのか。そしてその人物に報じる大義があるのか。そこは見極めます。常にそれを見据え、入念な取材をして記事を作っていますが、結果的に完売になる時は前日に”何か”が起こることが多い。例えば会見。
甘利さん、ベッキーさん、宮崎さんは、発売前日、当日にうちの記事に関して何らかのリアクションを取らざるを得なくなっていました。3月10日号(ショーンK氏の学歴詐称疑惑など)も売れ行きはわりと好調ですが、やっぱり前日にショーンKさんの活動自粛が発表されました。世間の方々は「なんだなんだ!?」「また文春?」「ただならぬことが起こっている!?」となるし、新聞やテレビも当事者に動きがあると、追っかけやすくなる。そうやって広がっていくと売れる傾向にあります。やっぱり何の反応もないと、いくらすごいスクープでも、スルーされて気がつかれないこともあるわけです。
●ショーンKを調査した3週間
――ということは各メディアが追いかけて報じるのも、その盛り上がりの一端となり、結果的に売り上げに貢献しているということになりますね。ショーンさんの件も驚きました。
ただ、テレビでお腹いっぱいになってしまうという側面もあると思うし、今でも判断は難しいですね。
ショーンKさんの記事に関してはすごく単純なきっかけでした。彼が『ユアタイム』のキャスターに抜てきされると聞いて、「ついにここまできたのか」「すごい出世」と皆さん思いますよね。天は何物まで与えるんだろうと。報道番組のアンカーマンは社会的地位がものすごく高い。アメリカでは大統領よりも影響力があったともいわれるウォルター・クロンカイトとか、エドワード・R・マローとか。世論を形作っていく大きな影響がある立場。そこまでこの人はのぼりつめたんだと感心していました。しかしですね、ふと思ったんです。
どんな人だっけ?
非常に謎が多く、ミステリアス。彼が公表していた情報はなかなか裏を取らせてくれないような、謎に満ちたプロフィールだったんです。キャスターになるにあたって興味があるから調べてみようと。そこがきっかけになりました。取材をはじめたのは、『ユアタイム』の発表があった頃です。だいたい3週間ぐらいは取材していましたね。
――素朴な疑問でもスクープを生み出すきっかけになるわけですね。
そうです。番組がはじまれば、当然みんな興味を持つことですよね。手に入る資料では、全くつかみどころがなかったんです。人間っぽさがないというか、肌触りがないというか。非常に人工的に作り上げられたイメージはあるんだけれども、その一歩先というか、彼の生身の部分の人間性みたいなものが全然分からなかった。だから知りたい。それがはじまりです。取材をスタートした段階では、まさか「ホラッチョ」なんてあだ名だったとは夢にも思いませんでした。インタビューに同席しましたが、「けしからん」というよりも、人としてとても興味深い方でした。
○「たかが週刊誌」の姿勢
――ショーンさんもそうですが、『週刊文春』は世の中を動かすきっかけにもなっています。人生が反転してしまう人もいれば、政治的な動きも。そのあたりについてはどのように感じていらっしゃいますか。
結果的にそうなっているだけで、「世の中を動かしている」なんて僭越な話です。動かそうなんて大それた意識は全くありません。われわれがやっていることは極めてシンプル。「世の中の多くの人が興味を持っている人物、事件」について、「建て前やきれいごとではない本音の情報をなるべく本質に迫るような内容」で、「分かりやすく」提供していくこと。それが『週刊文春』のやるべきことだと思います。それをやっているだけなんですよ。その結果、活動を自粛されたり、辞任につながったり。その結末を狙ってるわけでは決してありません。そんなことを考えていると、方向性として間違ってくる。
自分で言うのもなんですが、われわれは「たかが週刊誌」です。一週刊誌が「大臣の首をとってやる」なんて、そんな傲慢な姿勢で雑誌を作ったら、やっぱり世間はそっぽを向くと思います。何よりも、自分自身が読者としてそれは嫌ですから。何様のつもりだよと言われますよね。すごく注意しているのが、「文春怖い」と思われること。『泣いた赤鬼』みたいになってしまいます。やっぱり雑誌は、かわいがられたり愛されたりするべきもの。友だちになってほしいのに、みんなに逃げられるのは嫌です。だからみなさん、仲良くしてください(笑)。
――そういった「変えない・変わらない」ポリシーがある一方、編集長になって改革されているのがデジタル展開ですよね。
そうですね。そこはかなり大きな変化かもしれません。
――ヤフートピックスに取り上げられる率も高くなってきたように思います。
ヤフーニュースに配信するスクープ速報は週に1~2本ぐらいなんですが、3~4本出すこともあります。
――スクープ速報は担当部署が違うんですか。
いえ、同じだからすごく大変なんです。どのネタを出すかは私が決めて、それぞれの担当のデスクに指示しています。紙の校了作業で大変な時ですが、合間を見て書いてくれています。そのかいもあって、週刊文春デジタルの会員は順調に増えていて、今は6,000人ほどになりました。
○読者アンケートにこだわる理由
――週刊文春デジタルで、記者の方がビデオカメラを片手に宮崎議員(当時)を取材している映像がありました。あれを見た時に、テレビ的な立ち回りまでするのかと衝撃を受けました。
宮崎さんのデジタル動画はテレビ各局が貸し出しを求めてきました。あの時は全部無料で提供しましたが、今ではデジタル動画も使用料をいただいています。もちろん何でもかんでも動画を撮れとはまったく考えていませんが、必要に応じて、動画にも力を入れていくと雑誌の可能性が広がりますよね。
うちは読者アンケート記事をよくやるんですが、私が編集長になる前は外注して、アンケート業者で募集をかけて集計していたんです。そういう業者に何十万円も払っていたわけです。それはバカバカしいと思っていたので、編集長になってまず真っ先に変えようと思っていたのがそこでした。大変でもアンケートは自前でやろうと。週刊文春WEBの無料会員をとにかく増やして、その方たちとアンケートを通じて直接つながる。現在、2万弱の会員数です。読者とダイレクトにつながることによって、「俺のメディア」「私のメディア」という参加意識を持っていただき、その反応を誌面で紹介する。読者の皆さんにとって、自分の声が、世の中に少なからず影響を与えるかもしれない「場所」としての『週刊文春』を作るべきだと思ったんです。
――読者の方々のコメントが的確でいつも驚きます。
そうなんです! そういう会員の方々がたくさんいらっしゃいます。「読者の顔」が見えてくることの意味は大きいと思います。どんな意識の方がコア読者になるのか分かるので、そこは編集にも良い意味でフィードバックされる。読者とダイレクトに繋がることにはさまざまなメリットがあります。
●情報戦を制した野球賭博スクープ
○「他人のふんどし」は楽しくない
――編集長自らスクープを取ってくることは?
たまにあります。でも、基本的には現場の人間ですね。ところで、ネットメディアは独自に取材して、スクープを取ったりしないんですか?
――スポーツ紙、雑誌系以外は、ほぼないと思います。ネットメディアに対してどのようなイメージを持たれていますか?
なんとなく「まとめサイト」のようなものというか。話題のものをつまみ食いして、それを面白おかしく書いて出す。現時点ではそこまでのものが多いと捉えています。時には露骨なパクリみたいなことをするところもありますし、その時は見つけ次第、抗議をするようにしています。こういうことを言ったら怒られるかもしれませんが……「それで面白いの?」というのが一番の疑問です。
この仕事は、お金儲けがモチベーションで始める人は少ないと思うんですよ。金儲けとか出世とか考えたら、うちじゃなくてもっと大きい会社とか、違う業界に入る方が絶対いい。そうじゃなくて、やっぱりみんなが知りたいことを自分がいち早く知って、それをみんなにいち早く伝えたいからこそ、この仕事を選んだと思うんです。そして自分が発信したニュースが世の中にいい影響を与えることが、やりがいに繋がっていくと思うんですよ。
他人のふんどしばかりだと、楽しくないじゃないですか。いつまでもそうなのか、これから変わっていくのか。オリジナルのコンテンツメイクをしていくのか。そこはすごく興味があります。映像業界ではNetflixのようにどんどんオリジナルコンテンツが生まれています。お金が集まるようになってくると、豊富な資金で既存のメディアには作れないハイレベルのコンテンツが増えていく。映像業界のような危機感は理解できます。
○紙は紙で存在すればいい
――今のお言葉、真摯に受け止めたいと思います。それでは最後に。『週刊文春』をどんな雑誌にしてきたいですか。
1つはこのスクープ路線を持続可能なものにしたい。私じゃない人間が編集長になっても、きちんとクオリティの高い調査報道を続けられる体制を維持したいです。もちろん、スクープによって売れる、売れないはあるけれども、変わらずにいたことが週刊誌の売り上げで11年連続1位に繋がっていると思うし、年が明けてからのスクープ連発にも繋がっています。
今のような状況がずっと続くと私も思っていないので、落ち着いてきた時に「老獪な戦い」をしたい。大きく落とさないで、”文春らしさ”を保ちながら、きちんと部数を維持する。完売で新規の読者が加わった時、「初めて読んだ」、あるいは「久しぶりに読んだ」という読者がなるべくそのまま残ってくれるように1本1本の記事クオリティを落とさないようにしたい。
あとは連載も大事ですよね。連載を面白いと思ってもらえると、毎号買うモチベーションへとつながる。連載は今も素晴らしい執筆陣が揃っていると思いますけど、さらに充実をはかりたい。あとはコンテンツビジネスを収益の大きな柱に育てていきたい。まだまだ戦略的に動けていませんが、例えばSMAP解散騒動の時にメリーさんのインタビューや、清原さんの2年前のスクープを電子書籍で100円で売ってみたりとか。そういう記事のバラ売りも含めて、『週刊文春』が生み出すコンテンツをいろいろな形でマネタイズしていく。ここについてはもうちょっと戦略性を持った取り組みができないかなと思っています。
そこから先のことは、自分の頭の中で何となく考えている段階です。例えば、個々の記者をどれだけメディアに露出させるかとか。そういう可能性もあると思うんです。今は出演依頼がかなり来ているんですが、だいたい全部断っています。顔を見せていくことのメリット、デメリットがありますから、そこは慎重に考えるべきでしょう。もちろん記者が嫌だといえば出す話ではないんだけども、一方では記者が1つのキャラクターとして立つ必要もあるのかなと。個々の記者たちが自分の得意分野のエキスパートとして、存在がもう少し浮き上がってくるというか、顔が見える存在になり、その個々の記者にコアな読者がついて、その集合体としての『週刊文春』になる。このように記者のマネージメントをやることも、コンテンツビジネスにつながると考えています。
デジタル展開をすれば締め切りがなくなりますが、「時間とタイミング」も重要になってきます。タッチの差で、全然PVが違う。読売巨人軍・高木投手の賭博問題が良い例です。あれは、うちが火曜日の昼までに回答するように巨人軍側に当てて、昼の段階で「調査中」という答えが来た。現場としては、しっかりと裏が取れていたから「名前を出そう」ということになりました。ところが、19時40分から読売が高木投手のことを会見で発表するとの情報が入ってきた。そうすれば他のメディアが一斉に報じますから、『週刊文春』のスクープを受けて発表したとはなりませんから。だから、異例のことですが火曜日の19時過ぎにスクープ速報を出しました。「タッチの差」を制するためには、そういう情報戦もやらなきゃいけない。
そうやって、締め切りに縛られなくなり、動画あり、音声あり、読者との強い結びつきあり、記者の際立った”個”ありと、取り組むべきテーマはまだまだあります。紙は紙で存在すればいい。紙を無くしてしまうという話ではまったくありません。紙の部数を維持する、上げる努力をするのは当然。ただ、うちは踏みとどまっている方ですが、出版業界は苦戦していて、5年、10年と長い目で見た時に非常に厳しいのは確かです。紙の体力があるうちに新たな試みにトライし、可能性を模索していく。デジタルのビジネスはトライアンドエラーの中から正解を見つけていくものなので、リスクに注意しつつも、いろんなことをやってみるべきだと思います。
動く、聞こえる、参加できる、一緒に作れる。そういう新しいメディアの形が、あり得ると思う。テレビと組んだり、ネットメディアと組んだり、メディアの垣根を越えていろいろなものと組む。そういう他メディアの人から面白いと思われるような存在であり続けられれば、『週刊文春』の未来は決して暗くないと思っています。