是枝裕和監督が驚いた、完璧を追求するソン・ガンホの行動 先回りしてアフレコも!
●「捨てるなら産むなよ」と言えなくなる話にしたい
先月開催された「第75回カンヌ国際映画祭」で2冠に輝いた映画『ベイビー・ブローカー』(公開中)を手掛けた是枝裕和監督にインタビュー。“赤ちゃんポスト”を題材にした本作に込めた思いや、主演のソン・ガンホとの作品作りなどについて話を聞いた。
本作は、“赤ちゃんポスト”に赤ちゃんを預けた母親、預けられた赤ちゃんを子供を欲しがる人に斡旋するベイビー・ブローカーの男たち、彼らを現行犯逮捕しようと追う刑事らが繰り広げる一風変わった旅路を描いた物語。是枝監督初の韓国映画で、アカデミー賞作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』のソン・ガンホが主演を務めた。
「第75回カンヌ国際映画祭」でソン・ガンホに韓国人初となる最優秀男優賞をもたらし、また、キリスト教関連の団体から「人間の内面を豊かに描いた作品」に与えられる「エキュメニカル審査員賞」も受賞した。
是枝監督が“赤ちゃんポスト”や“養子縁組”といった問題に関心を持つようになったのは、『そして父になる』(2013)の制作に際して、日本で唯一の赤ちゃんポスト“こうのとりのゆりかご”について書かれた本を読んだことがきっかけ。その後、独自にリサーチを続ける中で、捨てる母親に対する非難が根強くあると感じたという。
「『捨てるなら産むなよ』と。
今回の映画の冒頭でペ・ドゥナのセリフにもしましたが、ベイビー・ボックス出身の子供、もしくは保護施設に預けられた子供が聞いたときに『自分は生まれてこないほうがよかった』と思う。そう思ってほしくないなと個人的には思うので、おそらく少なくない人が最初に口にしてしまうであろうぺ・ドゥナの言葉からスタートし、2時間かけて『捨てるなら産むなよ』という言葉を口にできなくなるような話にしたい。それがスタートでした」
「大人として」この題材は取り上げるべきだと感じたという是枝監督。「監督としては、神父の格好をしたソン・ガンホが、赤ん坊を預かりながら、裏でお金に換えているという姿が最初に浮かび、神父姿のソン・ガンホが撮りたいという、監督としての不謹慎さをもう一方で持ちながらのベイビー・ボックスへの関心でした」とも明かした。
また、リサーチする中で、赤ちゃんポストに預けられる赤ん坊の数が、日本と比べて韓国は圧倒的に多いことを知ったという。「毎日1人は預けに来るような状況で、相談に来る人を含めるともっと多い。取材に行ったときも1人の母親が赤ちゃんを連れてきて、15分くらいですっといなくなったんです。こんなに風に預けていなくなるんだって驚きました。
そこに預けられる子供の数もそうだし、養子縁組の数も日本とは比べものにならないくらい多い」
そういった現状を知り、「ベイビー・ボックスを題材として扱うなら、日本より韓国のほうが普遍化できる」と韓国で制作することに。
『空気人形』(2009)で主演に起用したぺ・ドゥナとは、また映画を作ろうと継続的に話し、ソン・ガンホやカン・ドンウォンとも国際映画祭で話した際に、チャンスがあれば仕事をしようと約束したそうで、本作で実現した。
これまでも多くの社会的な問題を取り上げてきた是枝監督。映画作りにそれを意識しているのか尋ねると、「あまり使命を感じているわけではない」と言い、「ただ、ちゃんと社会性を持って生きようと思っています。自分が社会性を持って生きていれば、自分が作るものは必然的に社会性を帯びると思っていて」と話した。
●編集したものを見て提案「あんな役者さんは初めて」
赤ちゃんポストに預けられた赤ん坊を横流しするブローカーのサンヒョンを演じたソン・ガンホは、「第75回カンヌ国際映画祭」で最優秀男優賞を受賞し、スピーチで「偉大なる芸術家、是枝裕和監督に深く感謝申し上げます」と感謝。是枝監督も「役者が褒められるのが一番うれしい」と喜んだ。
ソン・ガンホとの初タッグでは、作品をより良くするために一切妥協しない彼の熱意に驚かされたという。
すべてのテイクで異なる演技をし、そのすべてを覚えていて「7テイク目より4テイク目の芝居のほうがいいかもしれない」などと編集を見て提案してきたそうで、「あんな役者さんは初めてでした」と笑う。
「本当に真面目なんです。作品愛が強いし、自分に対する基準が高いから、自分が納得していない自分が映っているのが嫌だという感覚。だから翌日、僕が来る前に編集マンをつかまえて『昨日編集したものを見せて』って。僕がいるところで見るのは失礼だと思っているみたいで。そして、僕のところに来て、『昨日のは素晴らしかった! だけど僕の芝居のあそこのセリフはもしかすると別のテイクのほうがいいかもしれないから試しにやってみてくれ。もちろん最終的な判断は監督に任せるけど』ということが毎日のようにありました」
監督によっては任せてほしいと思う人もいると思うが、是枝監督は「全然嫌じゃなかった」と言い、「助かりました。セリフのディテールを僕がつかめていない場合もあるので、ソン・ガンホさんに選択肢を提示されるのはありがたい」とむしろ感謝する。
さらに驚きのエピソードも。滑舌が悪い場面を発見し、先回りしてアフレコし、編集作業まで完了させていたという。
「一番驚いたのは、僕が使っていたテイクについて『とても素晴らしいんだけど1カ所だけ滑舌が悪くてセリフが曖昧なところがあるんだ』と言われて、『アフレコしましょうか?』と提案したら、『実は今日、録音部と一緒に録ってあるんだ』と言われ、『はめてみましょうか』と言ったら、『実はもうはめたんだ』って。それはちょっとびっくりしましたが、それぐらいこだわっていてすごいなと思いました。自分で先にアフレコするって人はなかなかいないと思います(笑)」
また、『空気人形』(2009)でタッグを組んだペ・ドゥナが、本作ではサンヒョンらを検挙しようと尾行を続ける刑事スジンを演じたが、是枝監督は「役者としてのポテンシャルは本当にすごい」と改めて実感。さらに、ソン・ガンホ同様、妥協しない作品作りへの姿勢にも感銘を受けたという。
「ペ・ドゥナは、韓国語に翻訳された脚本と日本語の脚本を比較し、ひらがなくらいしかわからないけれど、『日本語で表現されている“…”が韓国語では消えている。監督がこの“…”に表現したニュアンスは何ですか?』とひとつひとつ確認され、『だとするとこの韓国語じゃないほうがいい』と、通訳を交えて直しました」
翻訳されていたものが、いわゆる韓国の刑事ドラマで刑事が使うような荒っぽい言葉遣いだったようで、ペ・ドゥナは日頃の話し合いなどから「監督はたぶんそういう言葉を使ってないのではないか」と疑問に思ったそう。
是枝監督は「それで話し合いをして全部直していく作業をしました。こういうセンスを持った役者であれば、翻訳における齟齬はだいぶ修正できると感じました」と振り返る。
長年温めてきた題材で、最高のキャストとともに作り上げた本作。「とても面白い作品になったと思いますし、命というものを題材にストレートに伝えられたと思っているので、ぜひお楽しみください」とメッセージを送った。
■是枝裕和(これえだ・ひろかず)
1962年6月6日、東京都生まれの映画監督。1995年、『幻の光』で映画監督デビューを果たし、ヴェネチア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。『誰も知らない』(2004)、『そして父になる』(2013)、『海街diary』(2015)、『三度目の殺人』(2017)などで、国内外で数々の映画賞を受賞。『万引き家族』(2018)は、第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞。
初の国際共同製作映画となった『真実』(2019)は、第76回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門でオープニング作品として上映。『ベイビー・ブローカー』(2022)で初めて韓国映画の監督を務め、第75回カンヌ国際映画祭でソン・ガンホが最優秀男優賞を受賞、さらに「人間の内面を豊かに描いた作品」に与えられる「エキュメニカル審査員賞」も受賞した。
(C)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED