岸井ゆきの、主演映画で感じた「幸せな時間」 女優業と愛する映画への思い語る
●スカウトきっかけに大好きな映画をつくる側の人間に
近年、主演作含め話題作への出演が続き、高い演技力と異彩な存在感で見る者を魅了している女優・岸井ゆきの。現在発売中の初フォトエッセイ『余白』(NHK出版)では、岸井のありのままの素顔に触れることができる。これまであまり語ってこなかった心の内を明かした岸井にインタビューし、女優業や愛する映画への思いを聞いた。
同書は、まっすぐで飾らない言葉で紡がれた53篇におよぶエッセイと、自然体な表情を切り取った撮り下ろし写真、そして本人秘蔵のスナップで編み上げた一冊。仕事にまつわるエピソードはもちろん、子供時代の思い出や、家族・友人への思い、恋愛や子供を持つことについての気持ちも明かしている。
「これまで自分で考えていることをあまり外に出してきませんでしたが、こうして本にしてみて 、自分が考えていることを確認できた感じがしました。また、それを面白がってくれる人がいるんだということは再発見でした」
とはいえ、自分のことを話すのは苦手だという岸井は、エッセイは「最初で最後です(笑)」と宣言。「もしまた声をかけていただいたら、『それもありかな』って言い始めるかもしれませんが、今はもう最後のつもり。
やはり自分のことを話すのは難しいです」と話した。
映画にたびたび救われ、「映画が一番の友達」と言うほど映画を愛している岸井。エッセイでは高校卒業直前にスカウトされた当時のことも書かれているが、そのときに映画をつくる人たちの一員になれる可能性があると知り、「そういう道もあるならやってみようかな」と事務所に所属することを決意したという。
しばらくは本当に自分のやりたいことなのかわからず模索の日々が続くも、舞台のオーディションで演劇がどのように作られているのか、その裏側を知って感動し、俳優になりたいと思ったのだという。
ただ、「覚悟を決めた瞬間というのはあまりなくて、一生役者をやるとは決めつけたくない」と自身の考えを明かす。
「先のことはわからないので。この仕事をずっとやるんだろうとは思いますが、もしかしたら別の楽しいことが見つかるかもしれない。そうなったときに、私は言葉にしてしまうとそれに縛られる傾向があるので、『でも私、役者一生やるって言っちゃったしな』ということが起こり得るんです。
過去の自分の決断や覚悟が未来の自分に作用してしまうのでそれは避けたいなと。過去の自分も未来の自分もかわいそうだから決めつけないようにしています。もちろん、今はこの仕事が好きでやりたいと思っていて、一つ一つの仕事に対して覚悟を持ってやっていますが、これからもずっと役者をやるとは決めていません」
●フィルムでの撮影「本当に幸せでした」 演技にもプラスに
自身にとって特に大きな経験になった作品を尋ねると、すべてが大事な経験になっているとした上で、今年公開される主演映画『ケイコ 目を澄ませて』(三宅唱監督)を挙げた。
「第72回ベルリン国際映画祭」のエンカウンターズ部門へ出品された本作は、元プロボクサー・小笠原恵子の自伝『負けないで!』をもとにした映画で、岸井は耳が聞こえないプロボクサー・ケイコを演じた。
16mmフィルムが用いられた撮影は、岸井にとってとても幸せな時間になったという。「ずっと映画が好きでやってきて、初めて長い映画で16mmのフィルムで撮ったんです。私は主演ですがほとんどセリフがなかったので、カラカラカラって回っているフィルムの音がずっと聞こえているんです。『あ、これを聞くために俳優の仕事をやってきたのかもしれない』って錯覚するほど幸せな時間でした」
そして、「現代の映画はデジタルで撮っていますが、これまで見てきた好きな映画はフィルムで撮っている。
それをやっと経験できて、私の大好きな映画は、あれもこれもこういう風に撮っていたんだなって。フィルムはデジタルと違ってモニターも全然ないし、フィルムの音が入ってしまってあとから処理したりするのですが、フィルムで撮るという経験ができたのは本当に幸せでした」と目を輝かせながら話し、「早く誰かまたフィルムで撮ってくれ~(笑)」と願った。
フィルムでの撮影は演技にもプラスになる部分があったという。「デジタルと違ってフィルムは何回も撮れないんです。なのでとても緊張感があり、みんなを集中させる力があるなと思いました」。また、「照明も現場に入ったときから美しくて、カメラの前だけでなく空間が全部きれいなんです。いろんなことが整っていて、準備万端でないとフィルムでは撮れないので」と続け、「公開が楽しみです」と心を躍らせた。
愛する映画に対して、今後どのように関わっていきたいか尋ねると、「できればまたフィルムで撮りたい」と答え、「私はカメラが趣味で、フィルムで撮っているのですが、全然質感が違います。
フィルムカメラが流行っているみたいなので、映画も、もう少しフィルムで撮れるような体制ができたらいいなって勝手に思っています」と期待した。
●女優業は天職と実感も「一生続けるとは決めつけたくない」
今年30歳になった岸井。30代の抱負を尋ねると、やはり「先のことはわからない」と言い、「考えるとしても数カ月先の未来しか考えられない性格で、今日一日をどうするかということを考えて生活しているので、そういう一日一日の積み重ねをしっかりして、気づいたら40代になっていたらいいなと思います」とにっこり。
下積み時代に飲食店でアルバイトしていた頃、「(役者として)売れなかったらうちに来ていいよ」と声をかけてくれていた会社があったり、会社員として働いている友人がいることで、「俳優の仕事だけではなく、ほかにも道はある」という思いがあるのだという。「俳優として食べていけなかったら終わりだと思ったことはないです」と話した。
すべてにおいて「決めつけたくない」という岸井。「これしかない」ではなく、「ほかにも道はある」という考えは、生きていく上で心の安定にもつながっているという。とはいえ、女優業に関して「天職だなとは感じています」とも。
「一生という思いもありますが、やはり一生続けるとは決めつけたくないので、言い切ることはしません!」と笑っていた。
■岸井ゆきの
1992年2月11日生まれ、神奈川県出身。2009年女優デビュー。以降映画、ドラマ、舞台と様々な作品に出演。17年、映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』で映画初主演を務め、第39回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞受賞。19年『愛がなんだ』では、第11回TAMA映画祭最優秀新進女優賞ならびに第43回日本アカデミー賞新人賞を獲得。そのほか近年の主な出演作には、映画『99.9-刑事専門弁護士-THE MOVIE』『やがて海へと届く』、ドラマ『#家族募集します』『恋せぬふたり』などがある。
22年は、映画『神は見返りを求める』、ドラマ『パンドラの果実~科学犯罪捜査ファイル~』などに出演。現在、ドラマ『拾われた男』が放送・配信中。映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』が9月23日公開予定、『ケイコ 目を澄ませて』が22年公開予定。