愛あるセレクトをしたいママのみかた

波瑠主演『ON』攻める演出も"グロテスクな死体"はNG? 残虐シーンをめぐるドラマ制作現場とBPOのせめぎ合いを解く

マイナビニュース
波瑠主演『ON』攻める演出も"グロテスクな死体"はNG? 残虐シーンをめぐるドラマ制作現場とBPOのせめぎ合いを解く

●ワイドショーの凄惨なニュース演出は良いのか
先日、BPO(放送倫理・番組向上機構)の青少年委員会が、「テレビ番組が残虐なシーンを放送する際、視聴者に『見る』『見ない』を選択するための情報を事前に示すことが公共性の点から必要なのではないか」と、配慮をうながす委員長コメントを発表した。

作品名こそ出さなかったものの、対象番組がきょう6日に最終回を迎える波瑠主演『ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子』(関西テレビ・フジテレビ系 毎週火曜22:00~22:54、以下『ON』に略)であることは明白だ。視聴者から「ゴールデンタイムなのに死体の描写がグロテスクすぎる」「(現実の社会でも)異常犯罪が続く中、子供や青少年への影響が怖い」「事前に注意喚起のテロップを流すなり時間帯を考えて放送してほしい」などの意見が寄せられたことを受け、討論した上でのコメントだった。

結局、「審議入り」こそしなかったが、言わばBPOの"配慮をうながすコメント"は、制作サイドにとっては横やりのようものであり、これを受けて「その通り」と「干渉するな」などの賛否が飛び交っている。殺人事件が必ず起こる刑事ドラマが相変わらずの人気を見せる中、劇中の残虐なシーンはどうあるべきなのか――。

○オープニングにテロップは必要か?

委員会の論点は2点で、まず1つ目はオープニングシーンについて。

委員から、「いきなり少女の死体の過激なシーンから始まったのは問題がある」「事前表示すべきだった」という声があがった。つまり、委員会としては「番組冒頭に『このドラマには残虐なシーンがあるのでご了承ください』などのテロップが必要」という見解なのだろう。


一方、視聴者の見方はどうなのか? 「Yahoo!ニュース 意識調査」の「テレビ番組が残虐なシーンを放送する際、視聴者に『見る』『見ない』を選択するための事前表示が必要か」というアンケートでは、「必要」が52.1%(38,643票)、「不必要」が43.1%(31,979票)、「わからない/どちらとも言えない」が4.8%(3,561票)だった。

アンケートの結果は、ほぼ二分されたが、これはある意味当然のこと。そもそもどんなジャンルの作品でも、制作サイドは「視聴者に何とかインパクトを与えよう」とオープニングからギリギリのラインを攻めるし、だからこそ「不快な気分になる」「生理的に受けつけない」視聴者もいる。しかし現状では、刑事ドラマの多くが殺人事件からスタートする。このことからも、制作サイドと視聴者の間には、ある程度の"暗黙の了解"が成立しているはずだ。ただ、『ON』のオープニングは、視聴者にとって「異常犯罪」「グロテスクな死体」などの苦情を言いやすいものだった、という側面は大きい。

また、「事前表示すべきだった」との考えにも疑問が残る。『ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子』というタイトルの「異常犯罪捜査官」というフレーズを見れば、多少なりともグロテスクなシーンがあることが予想できるだろう。


制作サイドが最初のカットでタイトルバックを見せなかったのも、"今どき何の情報もなしにドラマを見ている人は少ない"からであり、実際、中高年層や小学生でもリモコンの「番組表ボタン」や「番組情報ボタン」で確認する時代だ。視聴者は「怖い番組かな…?」と思ったら、すぐにボタンを押して内容を確認したり、チャンネルを変えたりできるため、この苦情そのものに「自分が苦手なものを排除したい」という不寛容さを感じる。

○波瑠に異常犯罪者をぶつけた理由とは?

委員会による2つ目の論点は、「初回が通常より1時間早い21時からの放送だった」こと。「22時台ならいいけど21時台はダメ」という線引きもあいまいだが、それ以前に20時台にも殺人事件を扱う刑事ドラマが複数放送されている。

もちろん演出には配慮が見られるが、それでも理不尽な殺人犯が登場し、残虐シーンの一歩手前まで見せているのは問題ないのか。「子どもへの影響を重視しろ」と言うなら、「どちらもNO」が適切なのかもしれない。

確かに『ON』のようなホラー要素を含むものは、深夜帯の放送が多く、「子どもが眠れなくなったらどうするのか」と言いたくなる気持ちも分かる。しかし、日中の情報番組やワイドショーでは、ドラマ以上に怖さを感じる凄惨なニュースをさんざん掘り下げているのも事実。
「怖がらせようとしているのか?」という演出も多く、ドラマだけが"露骨"とは言えないのではないか。

「グロテスクすぎる」という苦情のあった『ON』だが、実はさまざまな配慮がされている。凄惨な殺人や血が噴き出すなどの描写はなく、「グロテスク」と言われたのは、そのほとんどが死体だった。"動きのあるシーン"ではなく、2話の冷凍死体などの"静止した美術"の怖さで勝負しているのだ。しかも、映し出される時間は短く、カット割りを細かくするなどの工夫が施され、映像そのものもスタイリッシュなアートのように加工されていた。それは委員たちも認めていたようで、「制作者は色味を抑えるなど必要以上に強調したとは思えず、相当気をつけながら限界に挑戦して作ったのではないか」と理解を示す声もあった。

もともと『ON』の狙いは、「旬の女優・波瑠vs異常犯罪者」の鮮烈なコントラスト。「『あさが来た』(NHK)、『世界一難しい恋』(日本テレビ系)とヒット作でメインを張り続ける波瑠の魅力を最大限に生かそう」というものだ。
美しい波瑠と醜い異常犯罪者、輝きを放つ波瑠とグロテスクな死体。両者が対峙(たいじ)したシーンのコントラストが番組の根幹であり、ある意味「それなりの苦情は予想の範疇」だったのではないか。

●『ON』は終盤までチャレンジングな演出
○制作現場はBPOの声に萎縮している

今回の委員会発表で気になったのは、委員たちが自分たちのコメントによって「制作現場が委縮しかねない」と分かっていたこと。

実際、「やり方や見せ方に問題はあったが、この番組を『審議』にするとドラマ制作現場に萎縮を与えるので、討論内容を公表することで終えてよいと思う」という委員の声がホームページに掲載されている。

その他のコメントにも、「(残虐なシーンを)真似をする人はまずいないと言われている。とはいえ、青少年委員会として何らかのメッセージを公表したほうが良いだろう」「視聴者に対する配慮に欠けていると思うが、青少年委員会として一定のメッセージを発することで『審議』まで進む必要はないのではないか」と、審議をデリケートに扱っている様子がうかがえた。

制作現場にとって「審議入り」の事実は重い。審議の結果、「問題なし」というケースも多いのだが、BPOとのやり取りで精神・労力の両面で消耗するほか、番組のイメージは下がり、視聴率にも影響力を及ぼし、スポンサーからも逃げられてしまう。


だから制作サイドは、「BPOに問題視されない」ことを前提条件にして番組を作り、その結果この数年間で自主規制が当然のようになってしまった。BPOも、「コメントや審議をしすぎるとテレビがつまらなくなる」ことは分かっていて、だからこそ慎重に検討しているようだが、それでも昨今言われているように「やりすぎ」の感も強い。さらに問題は、委員長コメントの最後に書かれていた「委員会としてはこれ以上問題としないが、今後、同様の番組が放送される際の参考に資するために、上記の点についての配慮を各局に促したいと考え、コメントすることにした。意を汲んでいただきたい」というフレーズ。

「配慮を促したい」「意を汲んでいただきたい」…これらは、各局や他番組に対する"強めのけん制球"と言っていいだろう。こうした1つ1つの言葉が、制作現場の人々に「優れた映像を作ろう」よりも先に、「BPOに気をつけよう」と考えさせる。強制力の有無に関係なく、制作現場の人々が感じる圧力は大きいのだ。

願わくば、制作側が「貴重な意見として参考にさせていただく」と大人の対応でサラッと受け流してほしいのだが、幸いにして『ON』は終盤まで制作スタンスを変えずにチャレンジングな演出を続けている。
ドラマ業界全体が今作を良き例として、BPOや視聴者の苦情に萎縮することなく、ドラマ制作してくれることを切に願いたい。

○「グロテスク」も「エアギター」も狙いは同じ

ただ、『ON』の制作サイドにも考えるべきところはある。昨今、視聴率獲得のために過剰な描写を連発して視聴者をあきれさせるドラマが増えているが、「グロテスク」もそれに該当しないとは言えないからだ。

『ON』の裏番組『せいせいするほど、愛してる』(TBS系)も、物語とは関係ない「エアギター」の演技を連発しているが、これは「ネットメディアのトピックス化やSNSのクチコミを狙いつつ、BPOには引っかからない」というプラン。視聴者の「あざとい」という批判も少なくないが、「エアギター」も「グロテスク」も狙いは同じであり、両者の違いは「BPOに引っかかったかどうか」だけだ。

両番組とも制作サイドは「攻めている」のだが、気になるのはそのベクトルが「グロテスク」と「エアギター」というドラマ性とは別のところに向いていること。話題の大きさやネット上の露出としては、一定の成果を挙げたのかもしれないが、「作品としての質がどうか?」というと話は別だ。いずれも、視聴率(関東地区)が1ケタ台にとどまっていることも含めて、両番組の関係者には考えさせられるところが多かったのではないか。


BPOでの扱いに関わらず、直接的な被害を受ける人がいなければ、苦情は一定期間のみで収まっていく。スタッフとキャストの苦労を思うと、今回のようなことで話題になるのは気の毒であり、最終話に向けて微力ながらエールを送りたい。■木村隆志
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などに出演。取材歴2,000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。

提供元の記事

提供:

マイナビニュース

この記事のキーワード