「誰も排除しない」の説得力――映画『チョコレートな人々』久遠チョコレートが問いかける「働く」ということ
●発作が起きたスタッフを止めながら働く姿に「本気」を感じた
世界各地のカカオと生産者の顔が見えるフレーバー、彩り豊かなデザインが人気で、デパートのイベントの常連にもなっている「久遠チョコレート」。この店が注目を集めるもう1つの理由は、心や体に障害がある人、シングルペアレントや不登校経験者、セクシュアルマイノリティなど多様な人たちが働きやすく、しっかり給料を稼ぐことができる職場づくりを目指して実現してきたことだ。
愛知県豊橋市に本店を構え、今や全国に52の拠点を持つまで事業を拡大したが、代表の夏目浩次さんが歩んできた道は、決して楽なものではなかった。そんな彼を20年にわたり追い続けてきたのが、東海テレビ報道局の鈴木祐司ディレクター。その記録をまとめたドキュメンタリー番組を映画化した監督作品『チョコレートな人々』が、東京・ポレポレ東中野、大阪・第七藝術劇場、ミッドランドシネマ名古屋空港などで公開されている。
そこに映し出されているのは、いわゆる“障害者モノ”というジャンルで括られるような、ハンデを持つ人が困難を乗り越える姿だけではなく、「働く」ということにおいて、ぶつかり、もがき、喜び合うという人間が誰しも経験する光景だ。なぜこの映画が生まれたのか。鈴木監督と阿武野勝彦プロデューサーに、今作に込めた思いを聞いた――。
○■「物事の成功は、情熱がどれだけ強いか」
鈴木監督と夏目さんとの出会いは2002年。そのきっかけは、「本当に偶然だったんです」(鈴木監督、以下同)という。
「豊橋の商店街に、車いすの利用者が車いすの専門店を作るということで取材に行きましたら、その横の空き店舗でパン屋を立ち上げるための会議をしていたのが、夏目さんでした。お話を聞くと、障害のあるなしにかかわらず、みんなで働くパン屋を作るんだとをおっしゃっていて、興味を持ったんです」
実施に店舗の中を覗いてみると、発作の起きたスタッフが自分の頭を壁にぶつけているのを必死に止めたりしながら働く夏目さんが。そうした姿から、「ああ、この人は本気だなと感じて、少しずつカメラに記録し始めました」と取材がスタートした。
当時の夏目さんは、坊っちゃんヘアで大人しそうな印象の風貌だが、「内に秘めたるものがすごくある熱い方で、誰に何を言われようと理想に向かっていくというところは、今と変わらずありました」と回想。夏目さんは、鈴木監督の結婚式の二次会に来てくれるほど、取材者・取材対象者という関係性を超えた仲間のような間柄になっているが、「夏目さんの周りに20年かけて今集まっている人たちは、みんな彼を応援したいという気持ちで、僕も同じような感覚なんです。デパートの催事や地域イベントの担当の方なども含めて、『この人がやろうとしていることは間違ってない』と思った“ファン”が増えているのだと思います」と、その魅力を語る。
ここまで事業を拡大できた要因として大きいのは、一度決めたら諦めないという夏目さんの性格。「よく夏目さんが『情熱次第』とおっしゃるのですが、物事を成功させるかどうかは、情熱がどれだけ強いかが大事だと言うんです」。
そのため、「久遠チョコレートを新しく出店するときは、儲かるかということだけじゃなくて、そこにお店を出すことで働く人や街がどうなってくのかということに、きちんと情熱を持っている方ではないと一緒にできないという考え方。コンビニエンスストアや、駅前の大きな商業施設に常設店舗を出さないかという話もあるそうなのですが、儲かるかどうかよりも、思いを大事にしたい人なんです」という方針。東京や都会の駅前の一等地に店を構えていないのは、こうした姿勢が理由にあるのだ。
○■撮影NG、顔のボカシは一切なし
劇中では、失敗やピンチなど、夏目さんにとって見せたくないであろうシーンも登場するが、撮影を止めてほしいと頼まれたことは一度もないという。
その背景には、鈴木監督が長年にわたり夏目さんを追いかけ、番組で紹介し続けてきたことで、事業が周知されてきたことに対する恩義もあるようだ。「“鈴木さんが撮るなら素をさらけ出すので、いいものにしてほしい”という思いを感じます」と受け止めている。
取材を受け入れる姿勢は、久遠チョコレートで働く様々な人たちも同様。障害のある人も、その親も、セクシャルマイノリティと言われる人も、「夏目さんが目指すことの意味を体感して、自分たちがやっていることは間違っていないので、取材を拒絶する意味がないと感じてらっしゃるんだと思います」といい、映像には誰ひとり顔にボカシが入っていない。
その姿勢を感じるからこそ、取材者としてインタビューする際、対象が健常者と障害者で意識を変えることは「全くないです」とのこと。「どう質問したら、こちらの意図が伝わるかなというのはもちろんありますが、それは、相手が子どもだろうが大人だろうがお年寄りだろうが同じなので、障害があるかどうかは関係ないですね。常に素の自分で話していますから」と明かした。
●チョコレートとの出会い「失敗しても温めればもう1回やり直しがきく」
若い頃に坊っちゃんヘアだった夏目さんの風貌は、40歳を過ぎて舐められないように、そしてチョコレートを教えてくれたショコラティエ・野口和男さんの姿への憧れから、ロン毛にひげをたくわえ、貫禄が出た。このような見た目のほかに、長年追ってきた中で、鈴木監督はどのような変化を感じたのか。
「最初の頃は、『“障害”という言葉で括るから良くない。
障害者も健常者も関係なく一緒に頑張れば、みんなで働けて能力を伸ばしていける』と信じてやっていて、パン屋以外にも様々な業種に挑戦したんですけど、やっぱり人が付いてこられなかったりして、みんなが同じことをできるわけではないというのをすごく実感されいました」
そこからターニングポイントとなったのが、チョコレートとの出会いだった。
「『1つできる仕事があれば、それを組み合わせてやっていけばいいじゃないか』という考え方になったんです。ここで“凸凹”という言葉を使い始めて、みんな得意・不得意あるんだから、無理をしないで得意なことだけを頑張って、ちょっとずつ能力を高めていこうという形になってきましたね」
阿武野プロデューサーは「パン屋だと火傷するし、焼き損じたら捨てないといけないし、売れ残ったら廃棄しなければならないけど、鈴木ディレクターから『チョコレートは失敗しても温めればもう1回やり直しがきくんですよ』と言われたときに、今の世の中に対してすごく深いメッセージを届けられるいいものになるなと、“バババッ”と思いまして、『きっちり密着してやろうよ!』と言いました」と、ドキュメンタリーとしての方向性も打ち出す変化だった。
ちなみに、この“バババッ”は、夏目さんが何かをひらめいたときに発するフレーズだそうだ。
○■綺麗事にならないのは「自分が苦労して身にしみている言葉だから」
そんな夏目さんの言葉で、鈴木監督が特に印象に残るというのが、「誰も排除しない」。「夏目さんは、普通に考えれば無理だと思うことも、真剣に『やるんだ』と言って、決して妥協しない。この事業を潰してしまったらみんなが路頭に迷ってしまうので、休むことなく常に頭をフル回転させているように見えます」と印象を語る。
ともすれば、夏目さんの言葉は綺麗事の理想論と片付けられてしまうところだが、そのように聞こえないのは、実際に経験してきた上で発せられることの説得力に他ならない。
「誰かの本を読んで持ってきた言葉ではなく、自分が本当に苦労して現場で働いて身にしみている言葉だから、人に伝わるんだと思います」と力説した。
近年メディア等で叫ばれる「SDGs」「サステナビリティ(持続可能性)」「ダイバシティ(多様性)」といった言葉よりも、『チョコレートな人々』が可視化した久遠チョコレートの光景には、誰もが圧倒的なパワーを感じるだろう。
●“テレビマンらしくないテレビマン”を信頼
夏目さんを追った放送は、2003年にパン屋の奮闘をニュースの特集で取り上げたのを皮切りに、翌04年に『あきないの人々~夏・花園商店街~』というドキュメンタリー番組を制作。その後、カフェなど新しい業種に挑戦するタイミングや、チョコレートとの出会いを経て、店舗の拡大、新しい工場の完成といったトピックがあるごとに、ニュースの中で紹介し、テレビ版『チョコレートな人々』(21年3月27日放送)まで、その放送数は十数回にも及ぶ。
パン屋をやっていた当時の夏目さんについて、阿武野プロデューサーは「あまり興味がわかなくて、彼のことを深く知りたいとは思わなかったんです。僕がディレクターだったら、1回の放送で関係は切れていたと思います」と打ち明けながら、「鈴木ディレクターは、現場で直接やり取りをしている中で、きっと熱いものを感じたのだと思いますが、そこから粘り強く取材し続けて、チョコレートに出会うところまで追うことができたんです」と、その能力を評価。
続けて、「十何年も同じ人を取材し続けるというのは、なかなかできないものです。カメラを持ってやって来られると、嫌がられることもありますが、鈴木ディレクターは付かず離れず、そしてカメラを持ってやってくることによって、夏目さんを励ましたり、横道に逸れそうになったらそのストッパーにもなって、すごくいい関係を続けていけたんだと思います」と感心する。
名古屋から本店のある豊橋まで、車で片道1時間半はかかるが、夏目さんに動きがあるタイミングに加え、時間を見つけては顔を出して話を聞きに行くという形で取材を続けてきた鈴木監督。夏目さんは映画の舞台挨拶で、「テレビマンって、この日にイベントがあってニュースにするためとか、自分たちの都合で撮りに来るけど、鈴木さんは何もない日に電話してきたり、カメラを持ってきたりしてくるんです。テレビマンらしくないテレビマンなんだけど、これが本当のテレビマンなんじゃないかなと思います」と、鈴木監督への信頼を表現した。○■ノーギャラで受けてくれた宮本信子
ナレーションは、テレビ版でも担当した女優の宮本信子。映画版では、新撮部分のコメントを足してもらうつもりだったが、全編にわたりノーギャラで録り直してくれたという。
「信子さんも本当に熱い人なんです。19年前の『あきないの人々』もやってもらったので、久しぶりに夏目さんの活動を見て『こんなふうになってるんだ!』と驚いていました」(阿武野プロデューサー)
また今作は、従来の聴覚障害者用の日本語字幕に加え、視覚障害者用の音声ガイドも制作した。これは、「UDCast」という無料アプリを立ち上げると、上映作品に同期して解説音声が流れるというもの。
音楽や環境音の表現も含め、まる1日かけて視覚障害の人の監修を入れて作ることで、「映画を見た視覚障害の方が『チョコレートおいしそうだったね』とか『夏目さんすごく怒ってたね』とか、頭の中で想像して楽しんでもらえるんです」(鈴木監督)と、誰もが一緒に作品を鑑賞できるツールだ。
その分、制作費はかさむものの、「この作品は誰も排除しない映画になってほしいという願いもあったので、今回初めてトライしました。これを付けることによってお金になるわけではないのですが、そういう話ではないですから」(阿武野プロデューサー)と、導入を判断した。
●SDGsバッジを付けるだけで物事が変わるのか
久遠チョコレートの人々を見つめ続けた鈴木監督は、彼らの姿から「働くってなんだろう、生きることってなんだろう、コミュニケーションが難しいってどういうことなんだろう、そもそも障害ってなんだろうと考える機会になりました」と、学びが多いのだそう。
その中でも、「働き方のことを考えていくと、会社の働かせ方や採用の仕方とか、日本の企業がいろんな形で進めてきても、この30年、経済は停滞していますよね。でも、夏目さんは人をよく見て職人として大事にしていくので、その人がすごく力を発揮されるんです。こういうことを一般の企業でもやったら、どれだけ人が伸びて、どれだけいろんなアイデアが生まれるんだろうと思わされました」と想像する。
阿武野プロデューサーも「やっぱり、数字や書類を見てるだけで会社の経営が出来ているなどと思ってほしくないですよね。夏目さんのように、障害のあるなしに関係なく、現場に熱い視線を送る人が、日本の企業の中で枯渇してるんじゃないかと。SDGsバッジを付けて物事が変わると思ったら大間違いだと、怒りにも似た気持ちを覚えることがあります」と同調。
それを踏まえ、このタイミングでの映画化の狙いについて、「やっぱりコロナになって、人とどう結びつこうか、働くってどういうことなのかということについて、みんなすごく気持ちが揺れ動いていると思うんです。その中で、自分だけではなく、人と一緒にいることを感じながら『働くということ』について考えてもらいたい、そして柔軟な発想を持って人とのつながりや、社会について会話をしてもらいたいということで、コロナ規制の緩和が見えてくるであろうタイミングで、2023年のお正月映画にふさわしいと思って上映を始めました」と、込めた思いを明かしてくれた。
●鈴木祐司
1973年生まれ。愛知学院大学文学部卒業後、98年東海テレビプロダクションに入社。報道部遊軍記者から、岐阜支社担当、ニュースデスクなど。主な作品は『あきないの人々~夏・花園商店街~』(04)、『約束~日本一のダムが奪うもの~』(07・地方の時代映像祭グランプリ〔取材〕)、『記録人・澤井余志郎』(10)、『青空どろぼう』(10)、『チョコレートな人々』(21・日本民間放送連盟賞テレビ部門グランプリ)、『#職場の作り方』(22)。公共キャンペーン・スポット『震災から3年~伝えつづける~』〔取材〕で、第52回ギャラクシー賞CM部門大賞、2014年ACC賞ゴールド賞。
●阿武野勝彦
1959年生まれ。同志社大学文学部卒業後、81年東海テレビ放送に入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。ディレクター作品に『村と戦争』(95・放送文化基金賞)、『約束~日本一のダムが奪うもの~』(07・地方の時代映像祭グランプリ)など。プロデュース作品に『とうちゃんはエジソン』(03・ギャラクシー大賞)、『裁判長のお弁当』(07・同大賞)、『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』(08・日本民間放送連盟賞最優秀賞)など。劇場公開作は『平成ジレンマ』(10)、『死刑弁護人』(12)、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(12)、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(13)、『神宮希林』(14)、『ヤクザと憲法』(15)、『人生フルーツ』(16)、『眠る村』(18)、『さよならテレビ』(19)、『おかえり ただいま』(20)でプロデューサー、『青空どろぼう』(10)、『長良川ド根性』(12)で共同監督。鹿児島テレビの『テレビで会えない芸人』(21)では局を越えてプロデュース。個人賞に日本記者クラブ賞(09)、芸術選奨文部科学大臣賞(12)、放送文化基金賞(16)など。「東海テレビドキュメンタリー劇場」として菊池寛賞(18)を受賞。著書に『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』(21・平凡社新書)。