川谷絵音&萩原みのり、傷ついた経験も表現者としてプラスに「葛藤も何もなければ音楽も生まれない」
●過去の傷や痛みを乗り越えなくてもいい
動画配信サービスHuluの映像クリエイター発掘&育成プロジェクト「第1回 Hulu U35 クリエイターズ・チャレンジ」でグランプリを受賞した老山綾乃監督が、アーティストの川谷絵音と女優の萩原みのりをダブル主演に迎えて撮り上げたHulu初のオリジナル映画『ゼロの音』(配信中)。痛みと共に生きることや、人と人とのささやかな触れ合いが描かれた、温かな1作として完成している。本作で映画初主演を果たした川谷は、「今回の経験によって一つ新しい曲ができた」と告白。役者業に新たな可能性を見出したという。川谷と萩原が、表現者としての思いや共演の感想を語り合った。
――病によって音楽の道を絶たれたチェリストの青年・大庭弦が、市役所の職員として働きながら、憧れの人の死に直面したことをきっかけに再生していく姿をつづる本作。川谷さんは、弦役として映画初主演を務めています。「ぜひやってみたい」と思われた理由から教えてください。
川谷:まずは監督から直筆の手紙をいただいて、「これはちゃんとやらなければ」と思いました。また弦はジストニアを患う青年ですが、ジストニアはミュージシャンにとってとても身近にある病です。僕自身、ジストニアで音楽を辞めていった人も知っていますし、たとえばギターをやっている人でも「このバンドでは弾けるけれど、このバンドでは弾けない」など、そういった精神的な要素もある病気で、「どうしたらいいかわからない」と悩んでいる人も見てきました。ジストニアを題材にした作品で、僕が何かできるならばと思い「やってみたいです」とお話ししました。
――映画初主演ということに対して、プレッシャーはありましたか?
川谷:プレッシャーを感じる余裕もないくらい、とにかくチェロが難しくて(笑)!「チェロが弾けなかったらどうしよう」ということばかり考えていました。撮影の初日からチェロを弾くシーンだったんです。チェロがテーマになる作品でもあり、ミュージシャンとしても演奏シーンをきちんとしたものにしないと「ヤバいな」と。楽器が出てくる映画を観ていると、どうしても演奏シーンが気になってしまうんですよね。
僕はレコーディングでチェロの演奏者の方と関わることも多いので、何か言われたら嫌だなと思いました(笑)。チェロをやっている方から見て「おかしい」と感じるような演奏シーンにならないよう、撮影に入るまで毎日練習していました。
――萩原さんは、弦の市役所の同僚、上国料いと役を演じました。過去に痛みを経験しているからこそ、今の優しさを手に入れたのではないかと感じさせる、素敵な役柄でした。演じてみたいと思われたのは、どのような理由からでしょうか。
萩原:脚本を読ませていただいて、好きなセリフがたくさんありました。いとのセリフで「“乗り越える”という言葉が好きじゃない」というシーンがあったんですが、私も以前インタビューでそういった話をしたことがあって。いとと私は、似た感覚を持っているなと思いました。
――同じように感じたご経験があるのでしょうか。
萩原:私は小さな頃から新体操をやっていて、ドクターストップが入ったことをきっかけに新体操を辞めました。取材でお話しする時やファンの方から「どうやって乗り越えたんですか?」と聞かれることもあるんですが、「別に乗り越えていないな」と思うんです。今でも「やれるんだったらやりたい」と思うし、「なぜ前を向かなければいけないのかな」とも感じます。以前の将来の夢は、オリンピックに出ることや、新体操の先生になることだったんですが、それがすべてなくなってしまった当時は「私が世界で一番しんどい!」「神様っているの?」と落ち込んだりして。「自分には何もない」と思っていた時に出会ったのが、役者のお仕事です。役者を始めてみると、そうやって傷ついた経験も役に立つお仕事なんですね。不思議な仕事に出会ったなと思っています。
――川谷さんは、過去の傷や痛みを“乗り越えなくてもいい”という感覚はありますか?
川谷:僕はのらりくらりと生きているので、生きていたらその内にいいことがあるだろうという考えです(笑)。その都度楽しいことはあるし、時間が解決してくれるものもあるんじゃないかなと。また萩原さんがおっしゃったように、どっぷり落ち込んだとしてもそれを曲にできるので、いろいろな経験がプラスになるというのは、音楽にも言えることです。葛藤も何もなければ、音楽も生まれませんから。追い込まれれば追い込まれるほど楽しくなってくる時もあるし、「ラッキーだ」と思うようにしているところもあります。
●川谷が役者として見せた新たな一面に萩原も驚き
――お二人は今回が初共演となります。こうしてお話を伺っていてもとても息が合っていますが、撮影現場で距離を縮められたきっかけなどはありましたか。
川谷:移動の車の中でもずっと話をしていたので、そのおかげで距離を縮めることができました。
僕は同じ顔ぶれで何かをやるというのが、バンドメンバーくらいしかいないので、同じスタッフさん、キャストさんと3週間くらい一緒に過ごすということはとても不思議な感覚でした。でも役者さんって、ある程度の期間を一緒に過ごして、撮影が終わったらいきなり「解散!」とリリースされるわけですよね。そしてまた新しい現場でゼロからスタートする。寂しいし、少し残酷なものもあるなと。そういった日々を過ごしていると、コミュニケーション能力が上がりそうですね。
萩原:いいえ! 役者を始めて10年以上が経ちますが、コミュニケーション能力はまったく上がりません(笑)。だいたい仲良くなってきた頃に現場が終わってしまうので、寂しいなと思うことが多いです。本作の現場は、皆さんと本音で話すことができたので、終わってしまうのが本当に寂しかったです。
こんなにも自分の素顔を出せたのは初めてじゃないかな、と思うくらいです。解散するのが、ものすごく寂しい現場でした。
――本音で話せた理由は、どのようなところにあったのでしょうか。
萩原:いつもは家と現場できちんと切り替えて、家の自分とは違う“萩原みのり”として現場にいるんですが、今回は家にいる自分とほとんど同じでした。おそらく現場に行くまでの移動車の中に、めちゃめちゃしゃべる川谷さんがいらっしゃったことが大きいと思います(笑)。川谷さんは、車に乗った途端に話し始めるんです。切り替える間もなくすぐに会話が始まって、そのまま現場に入ることができたので、リラックスして過ごせたように思います。長野県伊那市での撮影もありましたが、泊まりの撮影ということもあって、さらにスタッフさん、共演者の皆さんと距離を縮めることができました。
川谷:この現場は、本当に雰囲気がよかったです。スタッフ、キャストの方たちもみんな明るくて、優しくて、話しかけてくれて。その空気感が、作品にも出ているような気がします。でも萩原さんは、本番となると役柄にパッと切り替わるんですよ。すごいなと思いました。サイコパスとかそういった役柄の方が、きっと切り替えやすかったりするものなのかなと思うんですが、上国料さんってほんわかとした明るい女性ですよね。日常と延長線上にあるような作品であり、役柄なのに、本番になるといつもの萩原さんとは違う、きちんとその役として生きているのがわかる。他の役者さんも撮影の合間には普通に仲良くしゃべっていたと思ったら、セリフになると急にイントネーションや雰囲気まで変わったりして。僕としては「置いてけぼりにしないで!」という思いでした(笑)
萩原:(笑) 川谷さんだって、弦を演じている時は全然違う表情をしていましたよ! 川谷さんは、バンドをいくつもやっていらっしゃるし、こうやって役者業もやられて、その都度新しい表情を見せていらっしゃるので「一体何人いるんだろう?」と思うんです。ゲスの極み乙女の時とindigo la Endの時でも、違う表情をしていますよね。全て、違う川谷さんに見える。ゲスの極み乙女のライブにも行かせていただいたんですが、本作の現場で見た川谷さんとは別人すぎて、びっくりしました! キラキラしているし、速く動いているし「ええ!?」って(笑)。あれだけのステージに堂々と立たれている方が、本作では誰よりも地味な役を演じている。どういう仕組み? と思ったりしました(笑)。あと私、すごく印象的なことがあって。本読みの時に、“立ち上がる”というト書きがあるシーンがあったんですが、川谷さんはそこできちんと立ち上がって本読みをされていたんです。ものすごくまっすぐな姿勢で、作品に臨まれているんだなと感じました。
●役者業の醍醐味とは? 川谷は音楽への思いを再確認
――川谷さんは、これまでも何度か役者さんとして作品に出演されています。音楽活動とはまた違った、役者業の醍醐味をどのように感じていますか。
川谷:音楽だけやっていると叶わないような、いろいろな人と出会えるのが楽しいですね。フェスに出たとしても、バンドマンやミュージシャンとしか出会わないですからね。映画の現場とは、まったく空気感が違います。僕は1年に1回は舞台の仕事を入れるようにしているんですが、そうやって自分ができないこと、経験していないことをきちんとやっていきたいなと思っています。今回も初体験だと思うことばかりで、映画ってこうやって作っていくものなんだということも知ることができました。
――新しい出会いや経験は、刺激になりますね。
川谷:今回、本作の撮影をした後にゲスの極み乙女のツアーがあったんですが、新曲の歌詞を書いている時に、『ゼロの音』や弦の存在にものすごく引っ張られてしまって。その曲をツアーで披露したところ、「『ゼロの音』の主題歌なんじゃないか?」と思ってくれた人がいたんですね。今回は撮影期間も長かったですし、自分にとって思い入れのある作品、役になって、一曲できるくらいの経験ができたんだなと思っています。慣れないことをやるにはもちろんキツさもありますが、新しい曲ができたことを考えても、また役者業をやってみたいなという思いはあります。
――音楽の道を絶たれた弦を通して、音楽について改めて考えたことはありますか。
川谷:僕はやっぱり、音楽しかできないなと思いました。他のものって何もない。音楽があるからこそ、こうやって役者のお仕事をさせてもらうこともできる。僕は熱しやすく冷めやすいタイプなんですが、音楽だけはずっと続けている。音楽をやりたいと思って上京して、その感情が今でも変わっていないんです。音楽をやっていく上では苦しさもありますが、それでもやっぱり音楽が好きです。そしてたくさんの音楽がある中で、自分の音楽を聴いてくれる人がいることにも、ものすごく感謝をしています。弦の陥った状況のように、ギターが弾けなくなるとか、耳が聴こえなくなるとか、たまにそういった夢を見ることもあるんですよ。そうしたら歌詞を書こうかなとか、できることを見つけながらずっと音楽を続けていきたいです。
――萩原さんは、先ほど一つの作品が終わると「寂しさもある」というお話をされていました。そんな中で、役者業に挑む原動力となるのはどのようなことでしょうか。
萩原:続けていくことで、一緒にお仕事をしてみたいと思っていた方とご一緒できたり、スタッフさんやキャストさんともまた再会できるという機会に恵まれることもあります。そういった瞬間が、原動力になっているような気がしています。お芝居は、やっていくごとに難しさが増えています。自分の引き出しを開けて、それを使っていくことになるので、どんどん引き出しを増やさないといけない。たとえば泣くお芝居があったとしたら、「この顔って、この前もしていたかもしれない。この表現は、もう使ってしまったかもしれない」と感じることもあります。
川谷:それはすごくわかります。歌詞やメロディでも“自分っぽさ”が出ているなと感じるたびに、ここから離れたほうがいいんじゃないかと思ったりする。でもそれがその人の個性であり、いいところでもある。表現っていろいろなものが探せるし、考えても限りがないものだなと思っています。■川谷絵音
1988年12月3日生まれ。長崎県出身。高校時代からバンドを始め、大学時代は軽音楽部にて活動。その後、「indigo la End」、「ゲスの極み乙女。」を結成し、2014年に同時メジャー・デビュー。両バンドの作詞・作曲のみならず、休日課長が率いるバンド「DADARAY」や「ジェニーハイ」の楽曲制作も担当。他アーティストへの楽曲提供など、精力的に活動している。2018年にはドラマ『恋のツキ』(テレビ東京)で俳優デビューを果たす。
■萩原みのり
1997年3月6日生まれ。愛知県出身。2013年4月、TBSドラマNEO『放課後グルーヴ』でドラマデビュー。映画『ルームメイト』(13)で映画デビューを果たした。以降、『転がるビー玉』(20)や『佐々木、イン、マイマイン』(20)、『花束みたいな恋をした』(21)、『街の上で』(21)、『成れの果て』(21)、『N号棟』(22)など、あらゆる作品で豊かな表現力を発揮。6月23日からは『君は放課後インソムニア』が公開となる。
萩原みのり衣装協力:Jouete