新垣結衣「人に恵まれている人生」 最新作で改めて抱いた“感謝”と見つけた“一生の課題”
●直感的に強く惹かれ朝井リョウ原作『正欲』への出演決意
数々のドラマや映画に出演し、年齢と経験を重ね演技の深みが増している新垣結衣。映画『正欲』(11月10日公開)では、とある性的指向を抱えている難しい役どころに挑んだ。「人生の大きな課題をいただいた」と語る新垣に、本作への参加がどんな経験になったのか、そして、自身にとって大切な存在や35歳を迎えた今の仕事に対する思いなど話を聞いた。
朝井リョウ氏による小説『正欲』を、監督・岸善幸氏、脚本・港岳彦氏で映画化。稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香を出演者として迎え、家庭環境、性的指向、容姿――異なる背景を持つ人たちを描きながら、人が生きていくための推進力になるのは何なのかというテーマを炙り出していく。新垣が演じたのは、広島のショッピングモールで契約社員として働く、とある性的指向を持つ桐生夏月。同級生の佐々木佳道(磯村勇斗)との再会をきっかけに、夏月の日々が少しずつ変わり始める。
難しい役どころに挑んだ新垣だが、直感的に強く惹かれるものを感じ、出演を決めたという。
「言葉にできないような感覚。直感というのが近い気がしますが、企画書とプロットを読ませていただいた段階で強く惹かれるものがあり、原作も惹かれるものがありました。これを映像化するのは難しいだろうなと思いましたが、監督とお話させていただいたときに、同じ方向を向いて挑むことができると感じ、出演させていただくことになりました」
○■生きづらさを感じたときに救ってくれたのは周囲の人たち
岸監督は新垣の起用について「夏月とは対極のイメージを持たれている人に演じてもらいたかった」と語っているが、新垣自身はどのように感じているのだろうか。
「対極かどうかわかりませんが、夏月はとある指向を持っているため、佳道と出会うまでずっと孤独で、この世の中のどこにも居場所がないような気がしている。私はそうではなく、私の気持ちに共感してくれる人や、共感や理解まではいかなくても、否定せずに聞いてくれる人に出会えた人生なので、本当に恵まれているなと。そこは夏月とは違うと思います。ただ、夏月が感じているものとは全く同じではないと思いますが、35年間生きてきて、生きづらいと感じたことはあります」
生きづらさを感じて苦しんだときに救ってくれたのは周囲の人たちだったという。
「つらくて、自分の内に内にこもってしまいそうなときに、それをどうにかしてくれたのは、人でした。
話を聞いてくれて、それを否定しないでいてくれて、時には、新たな視点を与えてくれる人に私は出会えてこられた人生だったので、本当に恵まれているなと感じます」
また、15年ぐらい前から飼っている犬の存在も大きいと語る。
「ギリギリのラインで食い止めてくれていたと感じるのは愛犬たち。この子たちには私しかいないので、ご飯を食べさせたり、掃除をしたり、快適に生きていけるようにという思いがあると、自暴自棄になることはないなと思っています。何かあっても、この子たちを守らなきゃと思うから、冷静な自分がいて、自分以外のことを考える相手がいるというのはすごく大きいです」
○■新境地の演技を見せるも自身は「新境地とは思っていない」
役作りに関しては、「夏月が抱えている、とある指向に関して、具体的に参考になるようなものは見つからなくて、想像するしかありませんでした」と言い、また、夏月と同じような指向を持った人たちが、すべて夏月のようだと思わせることのないように、とても慎重に役作りをしていったと明かす。
「自分の想像ではこういう人なのではないかと思っても、それは自分の視点でしかない。何事も1つがすべてではないので。とある指向の中に、さらに細かく違うものがあると思いますが、この映画で描くのは、あくまでもその1つでしかなくて、すべてではない。それをすべてのように思わせるようなことをしたら本末転倒な気がしたので、自分だけの意見ではなく、いろんな人が想像する夏月を教えてもらいながら、『そういう見方もありますね』と話していく中で、『正欲』ではこういう風に描くという共通認識を作っていきました」
夏月の複雑な心情を繊細に演じ、今までに見たことのない表情を見せている新垣。
公式情報でも「新境地を見せる新垣結衣」と謳われているが、新垣自身は「新境地とは思っていない」と語る。
「皆さんそれぞれが持ってくださっている新垣結衣のイメージがあり、それとは違うものだったから新境地と思ってくださったのかなと思いますが、私としてはどれも役や作品が変われば違う人で、自分以外の人なので、全部新しく、初めてという感覚なんです。なので、今回の夏月が今までやってきた中で特別違うのかというと、『いや、全部違ったよな』と」
●自分の考えや見方がすべてではないという意識を大切に
話を聞いていると、自分の考えや見方がすべてではなく、視野を広く持とうと心がけているように感じたが、「それは意識しています。自分の中で揺るぎないものはあっても、人に押し付けるものではないと思っています」と新垣。その思いは本作に参加したことでさらに増したという。
「何かを決めつけないとか、自分以外の何かがあるということを意識していきたいとより一層思うようになりました。自分の想像し得ない世界で夏月のような思いをしている人が絶対にいて、そういう人たちがいるということがどういうことなのか、すぐに答えを出して終わりではなくて、考え続けることを大事にしたいと思い、とても大きな一生の課題をいただいたなと思っています。自分の想像し得ない世界があるということを知っているだけでも、これから出会うことに対して自分が感じることや感覚が変わっていくと思うので、大事にしていきたいです」
監督とたくさん話し合って作り上げたからこそ、完成した作品を見たときにイメージの相違は全くなかったそうで、参加した喜びを改めて感じたという。
「イメージ通り、もしくはイメージ以上の仕上がりでしたし、こういった作品に参加することができてうれしいな、ありがたいなと思い、そういう意味では安心しました。難しかったし苦しかったし、温かくもあって、すごくいろんな気持ちにさせられて、素晴らしい作品に参加できたなと思います」
一方で、「いつまでも安心できない」という思いも明かす。
「どこかにいる夏月のような人たちが見たときにどう感じるのかというのはわからないので。世界中の一人ひとりに感想を聞くことはできませんし、個人個人で受け取り方が違うので、きりがないことを考えてしまいます。自分としてはやれることは尽くしたと思っていますが、心から安心はしないんだろうなと思います」
○■「何事も楽しむこと」が人生の目標ポジティブに考える練習も
2001年にモデルとしてデビューし、2005年にドラマ『Sh15uya』(テレビ朝日)で女優デビューした新垣。経験を重ねてきて、今の仕事に対する思いを尋ねると、「仕事もプライベートも含めて人生の目標という感じですが、楽しんでいきたいと思っています」と答えた。「仕事は楽しいだけではやれないと思いますが、大変なことがあっても、そんな中でも“楽しい”の割合を増やしていけたら。単純に笑っているということだけではなく、充実感とか、前向きに取り組めたかとか、そういうのも含めて楽しいと思う割合を増やしていきたいと思っています」
あるときふと、「楽しんでいきたい」と思うようになったのだという。
「自分ができる精一杯を尽くすというのは昔も今も変わっていなくて、それが自分にとって誠実に向き合うことだと思っているので、ずっとそうやってきていますが、あるときふと、楽しむってすごくいいなと思ったんです。自分はネガティブな発想を持ちがちで、初めてのことに対して怖がりなので、それを変えたいというのはずっと漠然と思っていて、何事も楽しむことができたらいいなと意識するようになりました」
また、「できるだけポジティブに考えるという練習をずっとしている」と明かし、「いまだに根っこにあるものは変わりませんが、ポジティブに考える練習というのは、自分にとって問題になっていることの見方・視点を変えるという作業な気がしていて、それが昔より早くなったなとは思います」と自身の変化を語った。
それでも、「自分だけではどうすることもできないときもある」と言い、「そういうときに話ができる誰かがそばにいるって本当に恵まれているなと感じます」としみじみ。「夏月は佳道に会うまでそういう人がいない人生だったので、2人を見ていると本当に私は人に恵まれている人生だなと思うし、感謝して大切にしたいなってつくづく思いました」と語っていた。
■新垣結衣
1988年6月11日生まれ、沖縄県出身。2001年にモデルとしてデビューし、2005年にドラマ『Sh15uya』で女優デビュー。2007年に公開された主演映画『恋空』が大ヒットとなり、第31回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『ミックス。
』(17)では第41回日本アカデミー賞優秀主演女優賞、第60回ブルーリボン賞主演女優賞を受賞。近年の主な出演映画は『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(18)、『GHOSTBOOK おばけずかん』(22)など。テレビドラマでは、『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』シリーズ、『リーガル・ハイ』シリーズ、『逃げるは恥だが役に立つ』(16)、『獣になれない私たち』(18)、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(22)、『風間公親-教場0-』(23)などがある。主演映画『違国日記』が2024年公開予定。
スタイリング:小松嘉章(nomadica)メイク:藤尾明日香