『アウトレイジ最終章』録音部の鉄則とは? 北野武と唯一無二の緊張感
●『アウトレイジ ビヨンド』セリフ量が倍に
昨年10月から11月にかけて、「暴走の黒幕」と題して映画『アウトレイジ 最終章』スタッフ5名のインタビューを掲載した(第1回:監督・北野武第2回:プロデューサー・森昌行第3回:音楽・鈴木慶一第4回:美術・磯田典宏第5回:チーフ助監督・稲葉博文)。
反響が大きかったため、同作のDVD・Blu-rayが4月24日に発売されるタイミングに合わせて、新たに3名への追加取材を実施することに。ビートたけしがオフィス北野を去ったのは、取材を終えた矢先の出来事だった。北野映画は今後どうなるのか。行く末は不透明なままだが、同作で重責を担ってきたスタッフ2名、役者1名の言葉を、「”北野映画最新作”の証言者」としてここに記録したい。
1人目は、同作で第41回日本アカデミー賞・優秀録音賞を受賞した久連石由文氏。名立たる役者陣の掛け合いは、この男なくして光ることはない。久連石氏が「正解はない」と語る、北野映画の「音の世界」を巡った。
○アカデミー賞後に「いいね!」急増
――アカデミー賞優秀録音賞の受賞、おめでとうございます。
ありがとうございます。北野組での僕の前任は同じ会社の先輩である堀内(戦治)なんですが、そこから受け継いでやらせてもらっています。『座頭市』から堀内の助手として入り、『アウトレイジ ビヨンド』からは現場を任されて、堀内が仕上げる流れです。『アウトレイジ 最終章』で初めて現場と仕上げの作業の両方をやらせてもらったので、こういった賞をいただけるのはすごくうれしかったです。
――周囲の反応からも実感が湧いてきそうですね。素人には想像もつきませんが(笑)。
確かにありますね(笑)。
自宅に飾った楯とブロンズを写真に撮って、Facebookで「いただきました。ありがとうございます」と報告したら、今までそんなに「いいね!」とかもらえなかったのに、いきなり150を超えるぐらいの反応があって(笑)。すごい量のおめでとうコメントが来たので、ビックリしましたね。
――人気シリーズの完結編。相当なプレッシャーがあったんじゃないですか?
監督の立ち居振る舞いを見ていたので流れは把握していたんですが、やっぱり仕上げの段階では今まで感じたことのない緊張が……(笑)。仕上げについては、ほとんど何もおっしゃらずに僕らに任せてくださるので、音楽や(音響)効果とのバランスを探りながらの作業でした。
――北野監督は多くを語らないそうですね。これまで取材させていただいた北野組の方々も同じようなことをおっしゃっていました。
音楽と効果のスタッフさんとは打ち合わせをしますが、監督は出したい音のイメージを撮影の現場でおっしゃるので、それを台本に書き込んでおいたり。シーンの準備をしている時に「こういう音が欲しい」と伝えてくださるんです。
――「欲しい音」というのは、例えばどのような音なんですか?
フレームには映り込んでない要素の音ですね。それは想像しないとたどりつけない。例えば環境音や、メイン以外の人のアクションノイズとか。ある人が殴られてフレームの外に出てしまった時に、「棚にぶつかったような音が欲しい」みたいに。
○関東と関西とバカヤロー戦争
――観客はその作られた音を聞いて無意識に映像化しているわけですね。
そうなんです。
撮影中に実際にぶつかってもらうわけにはいかないですからね。撮影が終わって、そのまま現場で音を録ったり、効果さんに頼んだりもします。
――録音は「声」を連想してしまいますが、それ以外のあらゆる「音」を拾うことも大事なんですね。
そうですね。この作品ではないですが、そのシーンの舞台とは違う場所での撮影だった場合、現地まで行ってその街の音を録ったりもします。日本国内でも、北と南で全然違うんですよ。
――音の世界は奥深いですね。「アウトレイジ」シリーズで作業工程に変化はあったんですか?
『アウトレイジ』は痛々しい描写がメインになっていましたが、『ビヨンド』からはセリフ劇で関東と関西のヤクザのバカヤロー戦争に。
台本を開くとセリフがいつもの倍以上あったので、「もしかして、自分が初めてメインになるので試されてるんじゃないか!?」と(笑)。
――勘ぐってしまったと(笑)。
撮影現場での作業は変わらないのですが、観客に聞かせたい音が増えて細かい作業になるのでそこは大変です。
――お互いのセリフが被ってしまうことも?
そういう時はテストが終わった段階で役者さんに説明させていただいて、芝居に差し支えがないようにずらしてもらうことはあります。
●大杉漣さんは「すごく優しい」
――苦労の末の"バカヤロー戦争"。ご自身として出来栄えはいかがですか。
ちゃんと録れていたので、僕としては納得しています。作品も面白く仕上がって、たくさんの動員もありました。
台本を開いた時は「えっ……」と言葉を失ってしまうくらいのセリフの量だったのですが、うまくいってよかった(笑)。『最終章』は『ビヨンド』に比べるとそこまでセリフは多くなかったですね。大友の哀愁を表現していると思うので、『ビヨンド』よりは全体的に静かなトーンでした。
――とはいえ、ブチ切れるシーンもたくさんありました。
そうですね、そこは変わらずでした(笑)。
――役者の声を最も近くで聞いていらっしゃるわけですが、好みの声はあったりするんですか? 録音部の心をつかむ声が気になります。
「アウトレイジ」シリーズの中では白竜さんですね。すごくカッコよくて、声が通る方。
こういう作品には欠かせない存在だと思います。
○北野武監督との「うれしかった」思い出
――現場では俳優さんとどのようなやりとりがあるんですか?
滑舌悪かったら、「すみません。今のちょっと聞き取りづらくて……」と遠慮なく言わないとけない立場です。ロケの場合は、飛行機やトラックなど周囲の雑音が入った時はもう一度やってもらうのが僕らの鉄則。保険で録っておかないと何があるか分からないので。そういう時は監督にお伺いを立てます。だいたいの監督は「いいですよ」となるんですが、北野監督の場合は編集でどの部分を使うのかを分かっていらっしゃるので、「使わないから大丈夫」と言われることもあります。僕らが保険としてほしくても必要なかったらハッキリとおっしゃってくださいます。
――『最終章』の公開後、大変悲しいニュースがありました。久連石さんにとって、大杉漣さんはどのような役者さんでしたか?
すごく優しくて、僕らにも気さくに話しかけてくださる方でした。ずっと早口で、感情的にも爆発して大変な役なんですよね。聞き取りづらい場面があって、それを正直にお伝えしたら、「えっ!? 本当? ちゃんと言ってると思うんだけどなぁ」と、とぼけながら明るく雰囲気をほぐしてくださいました。大杉さんからは、力強いセリフをいくつもいただきました。
――お人柄が伝わるエピソードですね。ありがとうございました。北野監督と初めて会った時のことは覚えていらっしゃいますか?
初めてお会いしたのは、『みんな~やってるか!』(95)です。演歌のシーン用の歌録りをして、それが初めてだったと思います。当時は緊張していて、ほとんど覚えていません(笑)。その後の会話で覚えているのは……『座頭市』(03)の頃に、タップの音の広がり方のイメージを、先輩の堀内よりも先に僕にヘッドホンをかけて「こんな感じにしてくれ」と伝えてくださいました。それがすごくうれしくて。本来であれば、最初はメイン担当者に話すはず。「はい、わかりました」しか言えませんでしたけど(笑)。
――監督は言葉で褒めることは少ないらしいのですが、それでも監督のツボを押さえられた手応えを感じたことはありますか?
監督のどこかのインタビュー記事で、「音はうまくいってるんじゃないかな」という一言があって。音声と効果と音楽、それぞれのスタッフが楽しそうにやりやすいようにやっていると。その点においてはツボは押さえられたかもと思いました。
○"引き算"思考は録音部にも
――三者の関係性が重要なわけですね。
現場で仕上げている時に話し合うだけなんですけどね。お互い作ってきた音を出して監督に聞いてもらいます。
――音楽の鈴木慶一さんは、北野監督について引き算的な思考の持ち主とおっしゃっていました。
音響効果に関しては、いらないものは排除していく。冒頭で軽トラが浜辺に降りていくシーンには、エンジン音が入っていないんです。ダビング作業を3日かけて行うんですが、1日が終わった段階ではエンジン音が入ってたんです。近づいてくる軽トラの音があって、通過して徐々に遠のいて止まってエンジン音も消える。2日目に朝、「あの音取ってくれる?」と言われて。あの音の静けさと雰囲気、これこそが北野映画だと感じました。
――再びアカデミー賞の話題に戻るのですが、任された大役で表彰されるのはすばらしいことですね。客観的に何が評価されたと思いますか。
銃声に実弾の音を使ったり、そういう効果音がしっかりと立っています。だからこそ重要なセリフはハッキリ聞かせたいので、現場の状況が悪いからといって遠慮しないこと。そういう信念があります。
●北野組、他の現場との決定的な違いとは
――録音技師にとって鉄の掟ですね。それでも、録り直しができないことはないんですか?
そういう場合はテストの音に変えたりして対応しますが、たとえば海辺のロケで波の音がうるさい時に、雰囲気だけで伝えようとするのではなくて、やっぱり、セリフはきちんと観客の耳に届けないといけません。そこを忘れないように心掛けています。
――録音技師の醍醐味は何ですか?
うるさい環境できちんとセリフが録れた時に達成感があります。ただ、僕の努力だけではなくて、助手さんのピンマイクやガンマイクのおかげでもあるので、それらがシンクロした時の気持ち良さは格別です。
――北野組は他の現場と比べてどのような違いがあるのでしょうか?
やっぱり「緊張感」じゃないですかね。監督はご自身の中で計算をした上で1つ方向性が定まっている方なので、そこへどうやって向かっていくのかが重要になります。必要ないものに関しては、「いらない」とハッキリ言われるので。撮影部もそうだと思うんですけど、自分が納得していなくても監督が納得することもあって、そこにたどり着くまでの緊張感が北野組にはあります。
――北野監督は決断に迷いがない方なんですか?
音楽の出しどころなどいろいろと迷っていらっしゃる姿もお見掛けしました。僕らが作業して仕上げた時、きっと何かで迷われてるんだなと。問題ない時は何事もなく進みますが、無言の時間が本当に緊張します(笑)。
――北野監督を取材した時、基本的にはスタッフにゆだねているともおっしゃっていました。
それが音の打ち合わせで多くを語られないところだと思います。とりあえず、やりたいようにやってみてと。細かい指示は打ち合わせでは一切ありません。
――北野組には長年携わっているスタッフも多いので、役者にとっても独特の緊張感がある現場だそうです。
役者さんも1カット1カット真剣で、すごく緊張感を持って臨んでいらっしゃるのがすごく伝わる現場です。きっと、僕らと同じような緊張感があるんじゃないでしょうか。スタッフと役者の北野組ならではの緊張感があるからこそ、良いカットがたくさん撮れているんだと思います。
○100点は一生ない
――次の作品も楽しみですね。
そうですね。デジタル技術の進化と共に、撮影現場の緊張感は薄れていると思うんですよ。僕らの世界でも、一度消してしまった音でも復旧することができる。失敗しても、戻ることができるんです。そういう緊張感が薄れている時代の流れの中で、変わらない緊張感をもたらしてくださるのが北野監督だと思います。
――試写を見て、その緊張感から解放されるんですか?
試写を見てホッとすることは今まで一度もないです。これは、どの作品をやっても同じ。完成して一週間後ぐらいに試写があるんですが、「もっとこうしておけばよかったな」とか、たくさんの課題が見つかります。音の世界に正解はないので。きっと、100点満点は一生ないと思います。
■プロフィール久連石由文(くれいし・よしふみ)主な担当作品は、『色即ぜねれいしょん』(09)、『月光ノ仮面』(12)、『アウトレイジ ビヨンド』『アウトレイジ 最終章』(12・18)、『ルパン三世』(14)、『龍三と七人の子分たち』(15)、『ピースオブケイク』(15)など。
(C)2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会