テクノロジーが変革する教育 - 第2回 iPadを導入することで実現する教育とは(Kolbe Catholic College:前編) (1) Kolbe Catholic Collegeの取り組み
そこで、今回、オーストラリア西部の都市ロッキンガム市にある生徒数1,100人の中学・高校一貫校、Kolbe Catholic College(以下、コルベ)を訪問し、同校のiPadがある教育について取材を行った。コルベで教育のイノベーションを統括する日本人の教師、萩原伸郎氏が出迎えてくれた。
萩原氏に、コルベでのiPadやテクノロジー活用とその考え方について、実際の授業を見学しながら説明してもらったが、驚きの連続であった。前後半に分けて、コルベについて、紹介していきたい。
○コルベとロッキンガム市
まず、取材したコルベと、同校があるロッキンガム市について触れておく。ロッキンガム市は、西オーストラリアの中心都市であるパースから車で南へ1時間ほどのところに位置する。
ゴルフ場などにはカンガルーが生息し、またインド洋に面した海岸からすぐのところにある島々にはペリカンやペンギンといった動物が生息している自然にあふれた場所だ。また日本へも多く輸出されている小麦の積み出し港があったり、周辺にはワイナリーがあるなど、産業も成長しているが、非常にゆったりとした雰囲気は、休暇先としても非常に有望と言える。
ロッキンガム市は毎年5%程度の人口増加があり、テクノロジーを生かした新規事業などの誘致に積極的だ。また、通常オーストラリアでは州政府が教育行政に取り組むことが一般的だが、ロッキンガム市は市として教育に取り組んでおり、市内の文教地区には大学や中・高などの学校が集められ、特色ある教育を行っている。
コルベは、そんな学校の1つとして、緑の美しい広々としたキャンパスを構えている。教育に力を入れることで、その地域の特色を高めて行く市の戦略の中で、テクノロジーを活用して組み立てられるコルベの先進的な教育には、熱い視線が集まっているのだ。
●Apple製品を1人1台ずつ持たせた「テクノロジーが前提の教育」
○テクノロジーを教育に取り入れ、目指す姿とは?
コルベは、iPad以前から、MacBook、MacBook AirなどのApple製品を1人1台ずつ持たせて、授業や課外活動全般、そして家庭での学習に利用するカリキュラムを組んできた。しかしテクノロジー教育に力を入れることが目的ではなく、「テクノロジーが前提の教育」というスタンダードの元で教育が組み立てられている。
コルベで校長を務めるRobyn Miller氏は、テクノロジーがある教育について、次のように話す。
「テクノロジーは、21世紀の学び方、すなわち『Connected』を内包する教育を作り出す。生徒にとって親しみがあるデバイスを選び、在学中・そして大学へいったりする際に、生徒たちがアドバンテージを手にするよう、デバイスを選んだ結果だった。教育の形をよりフレキシブルにし、コラボレーションを促進させ、また生徒が学校に学びに行きたいと思う場所になった」(Miller氏)
フレキシブルとは、教師も生徒も、既存の学校での授業のスタイルにとらわれずに学習が進められるようにすること。そしてコラボレーションは議論を促進させ、一方通行の授業ではない場を作り出すことだ。また、生徒ひとり一人が学びへのエンゲージメントを高め、積極的に自分の学びを「獲りに行く」姿勢を持つことを目指しているのだ。
○iPadを選ぶ理由
Connectedの学びの環境は、教師や生徒がインターネットや、お互い同士がつながり続けているだけでなく、生徒が学びに常につながり続け、止まることがない事を意味する。では、なぜiPadだったのか。
萩原氏は次のような点を挙げた。
「デバイスとソフトウエアを1社が提供している点。これにより、習得やサポートといった、テクノロジーを使えるようにするまでの時間やコストが一気に下がっている。またアプリの充実ももちろんだが、なにより、教師が自分でコンテンツを作り、生徒に簡単に配信するための仕組みとして、iTunes UやiBooks Authorといった環境やツールが揃っている点も、活用が進むほど重要となった」(萩原氏)
教育の世界でのキーワードとして、「反転授業」(ビデオ等で予習を行い、授業中に課題などに取り組む方式)があるが、萩原氏は反転授業のようなカリキュラムになった教科はそれを目指したのではなく、結果的にそうなった、と指摘する。つまり、iPadによって、教師がそれぞれ独自の教え方や資料を作り、これを生徒に簡単に配信しながらすすめられる「教え方の自由度」が高まった。同時に、教師たちの負担を減らすことも、非常に大きなテーマだったという。コルベでは、教室全体ではなく、生徒ひとりひとりへのきめ細かな教育を実現することを目指している。簡単に言えば、できる生徒をより伸ばし、できない生徒をできるようにする、という指導を同じ教室の中で行おうというアイディアだ。
負担を減らしながら個別主義で指導を行うためにも、テクノロジーの助けは不可欠だ。
そのため、生徒個人のデータを管理するクラウド環境を用意し、教師が手元のiPadで生徒の出欠や、他の教科を含む提出物、評価などをすぐに閲覧しながら、その生徒の特性について深く知ることができるようになっていた。この情報は保護者や生徒自身もいつでもアクセスしてみることができるようになっており、家庭でも年に数回の通知表でのフィードバックよりも、現在の状況を細かく知って、家庭での教育に役立てる事ができるようになっていた。
●目の前にいる生徒たちにフィットする授業を行うことを考えた結果
○教科書と教室から、授業を解放する
萩原氏の教師としてのキャリアは、日本の小学校で始まった。現在のコルベへ移ってもなお続けている授業の方法として、既存の教科書を使わない、というものがある。市販の教材では、目の前にいる生徒たちに完全にフィットする授業を行うことは難しい、と考えているからだ。
その考え方と、コルベでのテクノロジーを活用した教育は非常に相性が良かった。前述の通り、生徒に対する学びの自由度やコラボレーション促進といった効果、教師の負担軽減と生徒を個別に指導できる環境作りは大きいが、更に象徴的だったのは、教科書と教室から授業を解放する、というコンセプトだった。
教科書は、その教科での習得を目指す事柄を学ぶための書籍だ。そして教科書に付随するワークシートやテストも利用可能な教材だ。また、クラス全体で同じ事柄を学ぼうとすると、教壇に教師が立ち、生徒が同じ方向を向いて授業を聞くスタイルが最も効率が良い。しかしこうした中でテクノロジーを導入したり、Connectedのコンセプトの学びへ変えていくことは非常に困難であることは、日本の様々な事例を見ても理解できる。
萩原氏は、こうした教室の中の風景を一変させる事に成功している。独自の教材をiPadでいつでも学べる環境を作り、教室内では議論や成果物の製作などが行われていた。教室は図書館のオープンスペースや、グループごとにテーブルに分かれて座れるスタイルなど、全員が同じ方向を向いて学習する風景をほとんど見かけなかったほどだ。
教師はiPadを片手に教室内のグループを周りながら、独自の教材を表示させたり、生徒ひとりひとりの情報にアクセスしたり、その振る舞いもiPadを前提としたものに変わっていた。
コルベでのiPadを活用した学校の姿。既存の黒板やノートといったツールのリプレイスの範囲を超え、学び方、教え方にまでその変化がもたらされている様子は非常に印象的だった。次回、もう少しiPadが導入された際の教師側、生徒側の経緯について、詳しく紹介していきたい。
松村太郎(まつむらたろう)ジャーナリスト・著者。米国カリフォルニア州バークレー在住。インターネット、雑誌等でモバイルを中心に、テクノロジーとワーク・ライフスタイルの関係性を追求している。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、ビジネス・ブレークスルー大学講師、コードアカデミー高等学校スーパーバイザー・副校長。ウェブサイトはこちら / Twitter @taromatsumura