ヒット作連発・池井戸潤、執筆最大のピンチ&初映画化の感想は?
●『空飛ぶタイヤ』長瀬智也は「かっこよすぎた」
『半沢直樹』『下町ロケット』『花咲舞が黙ってない』『ルーズヴェルト・ゲーム』『ようこそ、わが家へ』『民王』『アキラとあきら』『陸王』など、錚々たるヒットドラマの原作を手掛けるのが、小説家・池井戸潤。今また新たに、初の映画化作品である『空飛ぶタイヤ』(6月15日公開)が世に放たれようとしている。
大企業のリコール隠しをテーマにした同作は、運送会社、自動車メーカー、銀行など様々な立場の人間が描かれる群像劇。池井戸自身が「僕はこの物語から『ひとを描く』という小説の根幹を学んだ」とコメントするなど深い思い入れのある作品で、第136回直木賞の候補作にもなった。今回は、池井戸に同作の印象や、小説を書く際に心がけていることなどについて、インタビューした。
○シナリオにはほとんど手を入れていない
――今回初の映画化ということですが、感想はいかがでしたか?
映画化の話は色々来るけど、意外と立ち消えになることも多いんです。今回もダメかなと思っていたのですが、シナリオもしっかりしていて、気持ち良く話が進んでくれました。シナリオに手はほとんど入れないですが、セリフやビジネスシーンのロジックが噛み合ってるのか、ということは見ています。
今回は原作にあるPTAのくだりをすっぱり落として、しっかりエッセンスを残している。信頼できるクリエイターだと思いました。
――キャスティングについて、池井戸先生から意見を出されることなどはあるのでしょうか?
まず口出ししません。プロデューサーさんや監督さんは原作を読んで、イメージを持ってるはずなんですよ。それを作家の都合で口をはさむと、イメージが実現できなくなる。キャスティングって視聴者やお客さんを持ってくるという重要なところですし、商売の邪魔はしたくありません。原作はあくまで原作で、映像関係の賞に「最優秀原作賞」って、ないじゃないですか(笑)。
――原作では主人公である赤松社長はもう少しくたびれた印象でしたが、長瀬智也さんが演じていらっしゃるのを見て、イメージ通りでしたか?
かっこよすぎましたけど、映画ですから(笑)。
赤松像に対して、真剣にとりくんでいらっしゃるという印象でした。監督と相談して、考えながら演技に臨まれていて、「長瀬赤松」として様になっている。途中の辛い場面の演技も印象的で、まさに赤松でしたね。
――ディーン・フジオカさんの演じるホープ自動車の沢田や、高橋一生さん演じるホープ銀行の井崎についての印象はどうですか。
沢田はちょっとシニカルなキャラなんだけど、クールな感じも、ディーンさんは本当にぴったりでした。一生さんはどうも(ドラマ『民王』の)政策秘書に見えてしょうがない(笑)。でも本当に、相変わらずの良い演技をされていて。『民王』がすごく面白かったので、また秘書にも戻ってくれるといいなと思いました(笑)。
――それだけはまり役だったんですね。逆に先生から見て男性像が理想という登場人物はいますか?
社長を支え続ける、笹野高史さん演じる宮代のような人生はいいなと思います。
○思い入れの深い作品
――『空飛ぶタイヤ』は、池井戸先生にとって思い入れのある作品ということですが、どういうところがポイントになっているのでしょうか。
今に繋がるベースになっている作品という意味で、大事な作品です。デビューして8年ほど経ち、ようやく直木賞の候補にもなり、作家としての位置付けが変わるきっかけとなりました。書き方を、それまでの作品と変えて、プロット重視ではなく、人をリスペクトして書くようにしたんです。
小説ではある期間を切り取っているけれど、約70人分の人生が根底にあって、それぞれがその人生を生きている人間だということを意識しながら書いたのがこの作品です。そういう意味で記念碑的な作品かな。
それまではずっとミステリーのつもりで書いていたのに、書店では企業小説の棚にしか置いてもらえず、頭にきて、だったらと企業小説のつもりでこれを書いたら、今度は文芸の棚に入って。世の中わからないなと思いました(笑)。
――実際に起こり得そうな事件を、フィクションとして書くというのは、難しいところもたくさんあるのかと思いますが……。
これは、リコール隠しという事件をモチーフにして、エンタテインメントとして組み直したものです。「形は違っても、どこにでも起きそうな事件だ」と思っていただければ。なぜそういうことが起きてしまうのか、通底する構造があるのではないでしょうか。
●もし、池井戸潤が転職するなら行きたい企業は?
○不祥事が起きると引き合いに出される
――正義や希望が描かれることも多いのかな、と思っていますが、そういうテーマを伝えたいという思いは強いのですか?
正義とか、実はあまり考えたことはないんです。念頭においてはいるけれど、それよりもはるかにエンタテインメントとして楽しんでいただきたい。
それが僕が小説を書く最大の目的です。いろんな事件が起きた時に、「あの会社の内部にもいろいろあるんだろうな」と、この小説のことを思い出してくれたら良いですね。
――事件というと、今もちょうど隠蔽など話題になることも多いですよね。
不祥事が起きると、なぜか引き合いに出されることがよくあります(笑)。
――今までたくさんの作品が映像化されてますが、池井戸作品にハズレなし、という印象がありまして。その理由はどういう点にあると思われますか?
どうでしょう。ただ、僕の小説は、あまり難しくなくて、ストーリーラインがシンプル。そして、変なラブシーンを出さない(笑)。
仕事なら仕事を、徹底して描いています。例えば家族でドラマを観るという状況で、気まずくなることはないと思いますよ。世代が広めで楽しめるような構造になっているのは、事実かなと思います。そう思うと、意外とそういうコンテンツはないのかも知れませんね。若い子向けの恋愛ドラマは、おじさんたちにとっては見づらいし。
――幅広く観ることができますもんね。作中では登場人物が困難に苦労していますが、その中でも働くことの面白さが描かれているように感じます。様々な職業を描かれる際の難しさはありますか?
全部書き終わった後に、心配なところだけ取材に行くことが多いです。
『空飛ぶタイヤ』では運送業の友人がいたので、もし事件が起こったらどうなるのかという話を聞きにいきました。
あとは、登場人物がどういう人なのかを忠実に描くことを重要視しています。でもそれは、格上で不都合なこともあるんですよ。「この人はこういうことを言うよな」と思うんだけど、この場面でそれを言ったら話が終わってしまう(笑)。でも登場人物が自然に動くように書いて、納得できる解決を考えていくしかないんです。立場が変われば発言が変わるというのは、サラリーマンにとっては普通のことですよね。そういうことも忠実に描きます。
だから、登場人物が悩んでいる時は、実は作者も悩んでいます。今まで最大のピンチは『下町ロケット』かな。主人公の会社にお金がないのに、大企業が特許を買うと言ってきた時に、はねのけてしまうんです。でも、若手社員がすごく反対する。その言葉にあまりにも説得力がありすぎて、全然反論できない。
かといってそこで主人公が「そうだよな、売ろう」と言ったら小説が終わっちゃう(笑)。そういう時に作者は、反対している若手も納得するような理屈を出して、説得していかなければならない。実はそれは、読者を説得してるのと同じなんです。そこに妙に物分りの良い若手が出てきて、「社長、やりましょう!」と言ったら、読者も「はあ?」と離れていくわけですよね。だからちゃんと、自然な発言、自然な行動を積み重ねながら小説を作っていくことが大事だと思っています。
○映像ならではの表現に唸ったシーン
――約70人も出てくると、キャラ作りだけでも大変そうだなと思ってしまいます。
『空飛ぶタイヤ』では、登場人物一覧表を作りました。自分のイメージに合う顔を、週刊ダイヤモンドなどから切り抜いて貼った表が、この小説だけはあります。沢田は最初徹底的に嫌な奴として書いたから、一番評価されるキャラクターになったかもしれません。実は彼も、根本は変わっていないんです。沢田側から見れば、読者の感じる人物像もが微妙に変化して、「嫌な奴」から、「ちょっとわかる奴」になるはず。
書いていて面白くないのは、正義の味方の主人公です。良いことして当たり前でしょう。半沢直樹のように、ちょっと悪い奴が主人公になっている方が描きやすいです。
――映画化されたことで、「ここはやられた、うまかった」と思われた場面などはありましたか?
佐々木蔵之介さんのシーンですね。赤松が事件について聞きに行ったときに、絶妙な方言でしゃべるでしょう。あれは妙に印象に残っていて。小説では、あそこまでの空気感は出ないし、本当に「映画ならでは」だと思いました。むちゃくちゃなまっているわけではなくて、少しイントネーションが違うというところがとても良かったです。
――こうして色々映像化もされていて、テレビ界や出版界などを舞台に小説を書いてみよう、という構想などは……。
それは、角が立つでしょう(笑)。「これは誰のことなんだ」「モデルは誰なんだ」となってくるので、ちょっと書きづらいですね。すっごく面白いものができる気はしますが(笑)。
――それはぜひ読みたいです(笑)。『空飛ぶタイヤ』では、中小企業、大企業、銀行とそれぞれの立場が描かれていますが、もし池井戸先生が新卒に戻って就職活動をするとしたら、どのような企業に入りたいですか?
どうだろう、大手企業がいいですね。海運会社がいいな。色々な業種があるけど、今まで見てて一番楽しそうなのが海運業の会社でした。海の男っぽいおおらかさがあって、今からでも転職できるなら行きたいです(笑)。おすすめです。
――最後に、初の映画化ということで、これまでの映像化作品とここが違う、と思った点を教えてください。
一度撮影見学に伺いましたが、スタッフやキャストとの距離が近い気がしました。映画の方が、中小企業っぽいのかもしれませんね。2時間になっていることで作品の凝縮感がすごいです。ぜひのめり込んで観ていただきたいです。
■池井戸潤
1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業。98年『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞、2010年「鉄の骨』で第31回吉川英治文学新人賞、11年『下町ロケット』で第145回直木賞を受賞。『半沢直樹』『花咲舞が黙ってない』『ルーズヴェルト・ゲーム』『ようこそ、わが家へ』『民王」『アキラとあきら』『陸王』など、数多くの作品がドラマ化され、話題となった。
『空飛ぶタイヤ』は、2006年実業之日本社より単行本が刊行され、09年に講談社、16年に実業之日本社にて文庫化、単行本の新版も本年刊行された。第28回吉川英治文学新人賞と第136回直木賞の候補作でもある。2009年にはWOWOWにてドラマ化され、第26回ATPテレビグランプリ2009最優秀賞(ドラマ部門)を受賞。
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