Gameloft副総裁が残金250円に…“無理ゲー”すぎる映画化を踏破した男
●映画は「エベレストを登るよりも大変」
難易度が高すぎてクリア困難なゲームを「無理ゲー」というが、ユー・フェイ氏が役所広司主演の日中合作映画『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』(原題:『Wings Over Everest』)(11月15日公開)で監督デビューを飾るまでの経緯は、まさに「無理ゲー」といえるだろう。
本作に専念するためにゲーム会社大手・Gameloft社の中国グローバル副総裁を辞した後、製作費が底をついたために株を売却。それでも足りず、別荘を売り、ついには自宅まで……。銀行口座には250円しかなく、サラダすら買えなかった日もあったという。
エベレスト完登経験もあるユー・フェイ監督が、「エベレストを登るよりも大変だった」と語る本作。彼はなぜ、人生の全てを捧げることができたのか。インタビュー連載の第10回「オリジナル映画の担い手たち」は、ユー・フェイ氏の「無理ゲーすぎる第2の人生」に迫る。
○■ゲームと映画の違いは「ドラマの扱い方」
――あんな動きの役所広司さんを観たのは初めてです。
以前からファンだったそうですね。
役所さんのことは、以前から存じ上げていました。最初に観たのは『失楽園』、その後に『うなぎ』や『Shall we ダンス?』など。中国の観客のほとんどは、これらの作品で役所さんのことを知ったのではないでしょうか。実は、中国で日本の映画が公開されることはほとんどなく、作品を入手することもできないので、2~3年ぐらい前から海外に行った時にDVDを集めたりして、近年の出演作をチェックしていました。その中で『十三人の刺客』はアクションシーンが多かったので、特に印象に残っていました。
――映画を作りたくて登山映画にたどり着いたのか、最初から登山映画を作りたかったのか、どちらですか?
今はそのどちらもが混ざり合っています。この仕事を続けて、良い映画を作り続けていきたい。
それが心からの目標です。同時に、登山もずっと趣味で続けていて……趣味の域を越えているかもしれませんが(笑)、登山界隈の友人やその道のエキスパートと仲が良く、映画業界の友人とも頻繁に連絡を取り合っています。僕にとっては、どちらも欠かせない領域です。
――2016年8月にGameloft社を退職。その後の人生も安泰だったはずの「中国グローバル副総裁」という地位を捨てることに、不安はなかったんですか?
それは当然、怖かったですね。
僕はGameloftでアジア地域のトップを任されていました。収入も、中流階級よりも上と定義していいと思います。安定や保障があればあるほど、それをなくしてしまうのはとても怖いこと。
退職するということは、今まで積み上げてきたものや、保障される権利を放棄してしまうということです。
Gameloftは1999年設立のフランスの会社で、中国エリアは2000年に設立されました。僕はそこから16年間も関わっていたわけですが、日本で16年続く会社はたくさんあるかもしれませんが、変化が激しい中国では珍しいことです。だからこそ、苦楽をともにしたスタッフたちは僕にとって家族のような存在でした。会社を辞める時、家族と離れ離れになるような寂しさを感じましたし、給料、働いている環境、保障されている地位、そして家族のような存在を捨てることに恐怖を感じました。
――恐怖を感じながら、なぜ一歩を踏み出すことができたのでしょうか?
結局、僕は「映画を愛しすぎた」ということに尽きると思います。Gameloftに勤めている時も、映画が好きで心の拠り所でした。
ゲームと映画の違いは何か。
両者を似ているという人もいますが、僕が思うに「ドラマの扱い方」に違いがあると思います。ゲームは、プレイヤーを導いて物語を体験させるもの。映画は、物語を紡いで見せるもの。映画の方が、物語の深みをより表現できるのではないかと、年齢を重ねるごとに思い始めたんです。
年々映画への欲が高まっていきましたが、すぐに会社を辞めて映画の世界で生きていく覚悟ができたわけでもなく、5~6年は悩み続けました。本当に今あるものを捨てて、全てを捧げることができるのか。会社に居続けると、その後の人生は安定し、地位も収入も上がっていくことでしょう。でも、その時に本当にそれを捨てられなくなるかも知れない。
そういう後悔だけはしたくなかった。歳を重ねれば重ねるほど、僕は映画に身を捧げられなくなってしまうのではないか。そういう思いもあって、会社を辞めるという決断をしました。
監督の処女作は、監督自身の性格や内面に近いものだと思います。役所さんのジアン隊長、チャン・ジンチューのシャオタイズのパーソナルな部分は、自分自身とすごく近いと思います。ジアン隊長は自分の愛する娘のため、シャオタイズは愛する彼のために苦難を乗り越えようとします。「愛する者のために自分に何ができるのか」を描いた作品なのですが、僕にとっての愛するものは「映画」です。映画に対して僕はどこまでできるのか。
何を捨てられて、どこまで遠くへ行けるのか。本当に愛しているもののために、どういう行動ができるのか。
成功できるかどうかは分かりませんが、僕は「やる」という決断を下して映画を完成させることができました。幸せであると同時に……映画作りは実際にエベレストに登るよりも大変だということも、身にしみて感じました(笑)。
●自宅や車を抵当に入れたワケ
――Gameloft社を退職後に株の売却だけでは製作費を賄えず、自宅を抵当に入れるなど資金繰りにもかなり苦労されたそうですね。その上、オリジナル作品の映画化はかなりハードルが高いはずです。さすがに心が折れそうですが……。
もちろん、折れましたよ(笑)。
このプロジェクトは5年を要しました。おっしゃるとおり、オリジナル作品を撮るのはすごく大変です。なおかつ、新人監督の1作目がオリジナル作品というのも非常にハードルが高い。すべての製作過程の中で「何が一番大変でしたか?」と聞かれれば、やっぱり資金繰りです。映画の製作費を集めることがこんなに大変だとは……。この5年、中国国内では映画の資金に関して大きな動きがありました。映画市場は拡大して調子が良いように見えると思いますが、資金調達は年々難しくなっています。プロデューサーや業界内の人と会うと、「今年が一番厳しい年」という声を毎年聞きます。つまり、悪化が続いている。だからこそ、待つよりも一刻も早く動かなければならなかったのです。
――待っていても状況は好転しないと判断されたわけですね。
自宅を抵当に入れるなんて夢にも思わなくて、本当に成り行きで(笑)。
中国出資者の判断基準とは何か。まず1つ目は、類似作品が過去にあること。エベレストをテーマにした作品は中国ではなかったので、難色を示されることがほとんどでした。もう1つは、類似作品が過去にヒットしたのかどうか。当然これも対象外になるわけで、本当に苦労しました。
外部から資金を集められないとなると、自分で用意するしかありません。まずは持っていた株を売りました。会社を辞めたので当然収入は途絶えていましたが、映画作りに没頭すればするほど、やらなければいけないことは増えていく。そこで、自宅を抵当に借金をすることに。両親の療養のために海南島に別荘を2つ持っていたのですが、そのうちの1つを売りました。それでもお金が足りなくなって、北京の郊外にも別荘があったのですが、それも抵当に。それでも足りなかったので、北京の古い家も抵当に……。それでもお金が足りないので、すべての友人にお金を借りに行きました。快く貸してくれる人もいましたし、そうじゃない人も(笑)。
それでもお金が足りなかったので、海南島のもう1つの別荘も抵当に入れました。自家用車から何から何まで、持っているものすべてを金策に。それは本当につらいことでした。でも、見方を変えれば、自分へのプレッシャーになったとも言えると思います。製作費を調達するために、あらゆる方法をやり尽くしました。
一番つらかったのは……撮影の合間にご飯を買いに行くことがあって、サラダでも買おうと。そのサラダが人民元で30元(約450円)だったんですね。その時、すべての口座を合わせても15元(約250円)ぐらいしかなかったので、「自分はサラダ1つも満足に買えないのか……」という悲しい現実を突きつけられて、その時はさすがに落ち込みました(笑)。
これだけ大変なことがあったわけですが、「もう一度同じことをするか」と聞かれれば、「もちろん」と答えます。愛するものを実現させるためには、やれることはやるし、映画が完成するのであれば喜んで全てを捧げます(笑)。
○■まず公開後にやることは「お金を返す」
――映画が完成して、周囲の反応は変わりましたか?
お金を借りたり、工面している過程で知ることができたのは、「本当に支えてくれる友人が誰なのか」ということ。以前から周囲に「映画を作りたい」ということは話していたのですが、ゲーム会社に在籍中は投資に興味を示してくれる友人もいました。でも、それはそれなりの地位に就いていたから。会社を辞めて頼むと、お金がある友人はだいたい貸してくれず(笑)。そこまで裕福ではない友人の方が、必死で助けようとしてくれました。それは本当に感動しました。もちろんすべてではありませんが、「お金持ちはお金をくれない」ということも身をもって知りました(笑)。
支援してくれたのは、同じく映画を作っている友人だったり、僕の夢に共感してくれる人だったり。一番苦しかった時に、ある友人から「借りてたお金が返って来たけど、必要?」と連絡が来て、なんとかして助けてくれようとしてくれたことも……。一生大切にしなければならない友人です。映画が完成してとても喜んでくれましたし、ヒットして多くの人に受け入れられることも期待してくれています。
映画が公開されて僕がまずやることは、助けてくれた友人に感謝の気持ちを伝えること。それから、お金を返すことです(笑)。
――苦労の末に見事完成したわけですが、2作目の構想は?
日中合作はすごく楽しかったです。引き続き、日本と一緒に映画を作っていきたい。今後やりたいこととして2つあります。1つは、今シナリオを書いているSF映画。そしてもう1つは、日本のマンガがとても好きなので、版権が取れたら実写映画化にも挑戦したいです。
■プロフィール
ユー・フェイ
ゲーム会社Gameloft社の元中国グローバル副総裁、中国支社の創立者。ゲームプロデュースの代表作は『Order & Chaos Online』、『The Amazing Spider-Man』、『Thor The Dark world』など人気作品多数。小説『Mirage』をインターネット上で発表。2016年映画製作会社「Mirage Film」を設立した。 エクストリームスポーツにも精通しており、過去に北極と南極を制覇。ヨーロッパアルプスの最高峰のモンブランに登頂、エベレストも完登している。