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奥様はコマガール (33) 夫婦にとって大切な、微妙な感覚の共有

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奥様はコマガール (33) 夫婦にとって大切な、微妙な感覚の共有
先日、夫婦で六本木のフランス料理店に行った。

こう書くと、僕らが普段からお洒落でブルジョワジー(古い表現)な生活をしていると思われるかもしれないが、実際は今回が初めてである。

僕らには今まで六本木でデートをした記憶すらほとんどなく、外食するときはいつも家の近所の安い居酒屋だった。

しかし先日は、妻のチーにとって29回目の誕生日だったため、たまには慣れない試みをしてみようと、フレンチを選択したのだ。

結論から書くと、たまにはああいう外食も悪くないと思った。

いかにも清原和博あたりが遊んでいそうな夜の六本木の街を夫婦二人で歩くのは新鮮だったし、いかにもダブル浅野(これも古い)や石田純一がワインを飲んでいそうな六本木のフレンチ店の雰囲気も洗練されていて、文句のつけどころがない。

店員の接客サービスも心地良く、コース料理やワインは確かに美味しかった。

あれなら、ダブル浅野もお気に召したことだろう。


チーも喜んでくれたと思う。

そもそも六本木のフレンチを選んだのは、彼女の「たまには、いかにも”東京”って感じの、ベタな都会的デートがしてみたい」という言葉がきっかけであり、そのリクエストに僕が応えたというわけだ。

チーは田舎者なのである。

しかし、ひとつだけ心に引っかかることがあった。

これは何もフレンチだけに限った話ではなく、すべての”お上品系コース料理”に言えることなのだが、なぜにあんなに量が少ないのか。

コース料理が全部で5品あるとして、それぞれの皿に盛りつけられている料理は、往々にして微量である。

皿の大きさが、実にもったいない。

本気を出せば、まるでわんこそばのように、皿を出された瞬間にすべて食べ終える自信がある。


特に件のフレンチコースの最後に出てきたリゾットに至っては、それが運ばれてきたとき、思わず目を丸くした。

スプーンで二回すくえば終わり、という量だったのだ。

ダブル浅野も石田純一も、本気であの量に満足しているのだろうか。

ダブル浅野はまだ女性だからいいものの、男性の石田純一は内心物足りないに違いない。

清原和博なんて見るからに大食漢なわけだから、フレンチのコースなんてオヤツ感覚なのではないか。それとも彼らは「フレンチのコース、ごはん大盛りで」などと注文しているのか。

とはいえ、そういう不満をなかなか表に出せないのが、フレンチ店独特の雰囲気というものだ。

ああいう高級感漂う店というのは、どういうわけか僕のような小心者をいとも簡単に背伸びさせてしまう、得体の知れないプレッシャーを秘めている。


だから先日も、僕はつい見栄を張って、にわか少食男子を装った。

本当は出された料理をガツガツ食べたいのだが、あえてペースを落とし、ゆっくり噛み締めるように味わったのだ。

「コース料理って、最初は量が少ないって思いがちだけど、時間をかけてゆっくり食べるから、案外お腹が膨れたりするもんなんだよねえ」。

そんな月並みな見解ぐらい、今まで何度も聞いたことがあるが、僕はまったくそう思わない。

早く食べようが、ゆっくり食べようが、量が少ないものは少ない。

食べるペースを落としたぐらいで簡単に腹が満たされるほど、僕の満腹中枢は馬鹿ではない。

大体どうしてコース料理のときは、わざわざ空腹を我慢してまで、ゆっくり食べなければならないのだ。

人間の食べるペースとは、本来その人の自由に委ねられるべきだ。


これははっきり言って、やせ我慢だと思う。

「お洒落は我慢だ」という言葉があるが、世の上品系男子はみんな空腹を堪えながら、必死で少食ぶっているに違いない。

石田純一もきっとそうだ。

トレンディとは、すなわち我慢だ。

あくまで冗談です。

念のため。

ちなみに、フランス人が日本のフランス料理店を訪れると、みんな量の少なさに驚くという。

少量をゆっくり楽しむという食事マナーは、どうやら日本独自のものらしく、そこには日本人特有の摂生を美徳とする風潮が深く関係していると思われる。


日本人には「たくさん食べること=美しくない」という無意識の理念が流れているのだろう。

結局、その夜の僕は腹八分目どころか、腹五分目ぐらいで六本木のフレンチ店をあとにした。

絶品の料理と最高のサービスを提供してくれた店側に文句を言うつもりは毛頭ないが、つくづく自分はお洒落男子に向いていないとは思う。

我慢できないのだ。

だから帰り道の途中、僕はなんとなく呟いた。

「あー、ラーメン食べたい」。
時刻はすでに午後11時を回っており、世のお洒落男子なら太ることを気にして、絶対にラーメンなど食べない時間帯である。

しかも、今夜はチーの誕生日なのだ。


女性にしてみれば夜のラーメンはますます大敵に違いなく、僕と同じ感覚を共有できるわけがない。

しかし、意外にもチーの反応は良好だった。

「いいねえ、ラーメン。

わたしも食べたい。

量少なかったから」。

僕は思わず嬉しくなった。

こういう微妙な感覚を瞬時に共有できるということは、一生を共にする夫婦にとって非常に大切なことだと思う。

もちろん最低限のダイエットは必要だが、それも程度問題だろう。


窮屈すぎない程度にタガを外すことも重要だ。

かくして僕らは、家の近所のラーメン屋に迷わず駆け込んだのであった。

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