奥様はコマガール (36) 悩める薄毛男子に訪れた奇跡(2)
近所の美容院から仕入れた超稀少かつ高価な某育毛剤を半信半疑で使用すること数カ月、ここにきて自分でも驚くぐらい頭髪の一本一本に昔懐かしいハリとコシが蘇り、さらに本数自体も明らかに増加。
かつてはあれほど悩んでいた薄毛の進行が今はあまり気にならなくなり、街を歩いていても雨や強風に動じなくなった。
そう、薄毛男子の天敵、雨と強風である。
これまでは外を歩いていて急に雨が降り出すと、途端に心が狼狽し、傘を持っていない場合は、すぐさまコンビニなどでビニール傘を購入したものだ。
薄くなった頭髪とは、いったん水に濡れると、小松菜のお浸しみたいに萎んでしまうからだ。
薄毛男子は「水も滴る、いい男」にはなりえないのである。
強風もしかりだ。
薄毛男子は頭髪を強風に煽られることを極端に嫌がるものだ、と僕は勝手に分析している。
少し考えてみればわかるだろう。
たとえば僕の場合は前髪の生え際の後退が気になる個所であったため、街で強い向かい風に前髪が煽られ、広くなった額が剥き出しになるたびに、顔面が蒼白したものだ。
薄毛男子にとって、TMレボリューションのPV(強風に煽られるやつ)は、羨望と嫉妬の対象なのだ。
とにかく、おかげさまで増毛男子になったわけだ。
これからは雨や強風を必要以上に怖がらなくてもいいだろう。
どんとこい、湿度。
どんとこい、春一番である。
今のところ、妻のチーの反応も上々だ。
チーは僕が何も言っていないにもかかわらず、「あれ? 髪が増えてない? 」とめざとく気づいたようで、特に前髪の生え際部分をしげしげと見つめてきた。
「そうなんだよー」と僕が事情をかくかくしかじか説明すると、「ほんとに良かったねー」と、まるで我が事のように喜んでくれた。
僕も嬉しさで気持ちに余裕ができてきたからか、チーに頭髪を触られても、以前のように激怒することがなくなった。
今後は夕食に海藻サラダ(育毛にいいという噂)が続いたとしても、「俺への厭味かっ」とヘソを曲げることもなくなるだろう。
夫婦で口喧嘩になって、チーに「うるさい、このハゲ! 」と罵られても、「ハゲてねえし! 」と言い返すことができるだろう。いやはや、増毛とはなんと素敵なことか。
未来が一気に明るくなる。
しかし、そんな喜びも束の間、増毛男子を嘲笑うかのように、最近になって新たな天敵が出現した。
それは我が家の愛犬・ポンポン丸くん、ポメラニアンのオスである。
彼の厄介なところは、深夜の謎の行動に尽きる。
山田家の就寝は、原則としてベッドに僕とチーが並び、2人の枕の間でポンポン丸が寝るという川の字スタイルなのだが、ポンポンは僕らが寝静まったあとに、どういうわけかベッドの上をウロウロ動き回るという謎の深夜遊びを満喫する習性がある。
しかも、何回かに分けて。
もっとも、この深夜遊び自体は別にいい。
うるさく吠えるわけでもないため、僕らが起こされることもない。
しかし、彼がウロウロ動き回る場所が、いつも僕の頭部の周辺であることだけは、どうしても許せない。
ポンポンはなんの躊躇いもなく、寝静まる僕の頭髪を足で踏みつけ、せっかく生えてきた貴重な頭髪を次々にむしりとっていくのだ。
ブチブチブチ――ッ。
深夜に生々しい音が聞こえると、寝静まる僕の頭部に鈍い痛みが走る。
ポンポンの4本の足が、無防備な頭髪を踏みつけている証拠である。
「ポンポンッ、やめて! 」。
咄嗟に抗議するもむなしく、ポンポンは何やら踊るように、その4本の足をバタバタさせる。
どういう犬の習性なのかはまったくわかないが、とにかくポンポンが僕の頭髪を足で弄んだ結果、数本の頭髪が抜かれてしまうわけだ。
正直、泣きたい気分である。
せっかく、せっかく頑張って増毛したのに。
毎日欠かさず育毛剤を使ってマッサージも続けてきたのに……。
その努力の結晶である新しい頭髪を遠慮なくむしりとるとは、愛玩犬としてあるまじき行為だ。
ポンポンよ、おまえはご主人様への敬意というものを知らないのか。
思いやりというものを知らないのか。
そこで、ある夜の僕はポンポンの残酷な深夜遊びから逃れるべく、一大決心をした。
当然のようにベッドで寝ようとするポンポンを抱え上げ、そのまま寝室を出る。
やっぱり飼い主とペットが一緒に寝るのは良くない。
ケジメをつけるためにも、これからポンポンにはリビングで寝てもらうことにしよう。
かくして、僕はポンポンをリビングのソファーに寝かしつけ、再び寝室に戻った。寂しいけど、これも人間とペットの付き合い方だ。
すると、今度はリビングに閉じ込められたポンポンが、全力で泣き叫び始めた。
ギャンギャンギャンギャン、近所迷惑上等の大声で吠え続け、その声が寝室にまで届く。
最初は放っておいたら、そのうち静まるだろうと思っていたが、なかなかどうしてポンポンの執念深さは一筋縄ではいかなかった。
2時間でも3時間でも吠え続けそうな勢いのため、さすがにうるさくて、まったく眠ることができない。
果たして、不承不承ポンポンを寝室に戻した。
ベッドの下なら吠えないだろうと思ったが、それも甘かった。
今度はベッドに上げてくれと執拗に泣き叫ぶので、仕方なくいつもの川の字スタイルに戻した。
僕が甘いのではない。
ポンポンがしつこいのだ。
結果、再び僕は頭髪をむしりとられるのであった。
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