読む鉄道、観る鉄道 (7) 『アンストッパブル』 - 実話を元にした列車暴走アクション
しかし、『アンストッパブル』のリアリティは他の追随を許さない。
なにしろ本作品は実話を元にしており、油断すればいまでも起こりうる状況を描いているからだ。
給料の安い新人を雇い、ベテランは解雇。
鉄道会社に合理化の嵐が吹き荒れる。
現場に不協和音が響く中、機関車1206号にベテラン機関士と新人車掌が乗り込んだ。
勤続28年の機関士フランク・バーンズ(デンゼル・ワシントン)と、雇われて4カ月の新米車掌ウィル・コルソン(クリス・パイン)だ。
妻と死別し、娘にも冷たくあしらわれたフランクは、いまどきの若者らしく携帯電話に夢中で仕事をおろそかにするウィルにいら立つ。
仕事のミスを責め立てるフランク。
しかし、ウィルも離婚の危機であった。
そんな中、乗務員に無人列車が暴走したとの知らせが入る。
暴走は惰性ではなく、フルスロットルでばく進中だ。
緊急ブレーキは効かず、ヘリコプターで元海兵隊員の機関士を乗せるなどの緊急手段は相次いで失敗した。
このままでは10万人の都市に突っ込む。
積み荷は接着剤原料の溶融フェノール。
揮発性の猛毒だ。
街に突入すれば大惨事になってしまう。
自らの衝突の危機を信号場で回避したフランクは、通り過ぎた暴走列車を見て連結が可能と判断した。
上層部は途中の市街地郊外で脱線器具を使うという。
「重量のある機関車にそんなもの効くわけがない」。
フランクは新米相棒のウィルと組み、おんぼろ機関車で暴走列車を追いかける。
この映画のモデルになった事故は2001年5月15日に起きた。
オハイオ州トレドにあるCSXトランスポーテーション鉄道の貨物操車場で、入換え操作中のディーゼル機関車8888号が無人のまま暴走し、約100kmも走り続けた。
映画ではさすがに同じ場所ではなく、同じ鉄道会社の協力も得にくかったようで、ペンシルバニア州のフラー操車場からバージニア州スタントンまでの路線が舞台となっている。
鉄道会社名は「Allegheny & West Virginia Railroad(AWVR)」で、もちろん架空の会社。実際に事故を起こした機関車は8888号で、映画では777号(トリプルセブン)となっている。
事件の原因は事実と映画でほぼ同じ。
入れ替え中の機関士が前方のポイントが間違っていると気づき、超低速走行にしたまま機関車を降り、ポイントを切り替えて戻ろうとしたところ、機関車が加速して乗り込めなかった。
積み荷も溶融フェノールだったようだ。
ラストで機関車を止める方法も事実と映画は同じ。
なお、実際の事故のニュース映像がYouTubeにアップロードされている。
映画と同じ緊迫感が伝わってくる。
脚色としては、途中で試みられる作戦の数々だ。
暴走車の前方に機関車を待機させるというアイデアは、映画も実際の事故でも考案された。
映画では失敗。
実際の事故では、準備されたものの使わずに済んだ。
方策を試す順序が異なっていて、映画では主人公ふたりの作戦が「最後の手段」という演出になっている。
子供たちが乗った列車との衝突回避、主人公ふたりの列車との衝突回避シーンも演出されたものらしい。
このあたりは『新幹線大爆破』にも同様の場面がある。
また、フランク・バーンズが貨車を渡り歩くシーンなども実際にはなかったはず。
映画でこの場面はデンゼル・ワシントンがスタントなしで演じており、全体的にCGを使わず実物で撮っているため迫力がある。
CGシーンと判明している場面はスタントンの大カーブ。
ここはもともと分岐点で、映像では分岐された線路を消し、空き地に石油タンクを追加している。
鉄道ファンとしての見どころは盛りだくさんだ。
9割のシーンが貨物列車、操車場、運転台展望などで埋め尽くされている。
777は39両の貨車を牽引し、列車の長さは800m。
その全編成を収めた俯瞰の映像が米国貨物鉄道の力強さを感じさせる。
もっとも、アメリカ大陸では全長1kmを超える貨物列車も多いそうだ。
ところで、鉄道の安全技術に詳しいなら、いったいどうしてこんな事故が起こってしまったかと不思議に思う。
機関車が無人で走行しても、日本ではデッドマン装置といって、制御機器が操作されない状態だと自動的にブレーキがかかる。
また、日本の列車は編成全体に空気制御ブレーキの管が接続されており、未接続だったり切れたりすると自動的にブレーキがかかる。しかし実際にアメリカでは事故が起きているわけで、デッドマン装置のしくみも違うし、空気ブレーキはあっても自動的な緊急ブレーキはかからないのだろう。
さらにいうと、日本では列車がすれ違う場所には脱線ポイントがある。
安全のためにわざと列車を脱線させる仕組みだ。
アメリカにも脱線ポイントが装備されていたら、8888号も777も、加速が最大になる前に脱線で止められたはず。
ただし、映画では損害を考えて、「脱線させるな」という重役決定が出されるなど、伏線はしっかり張ってある。
実際におきた事故にもとづく映画と言われると、映画のような事故が起きるのではないかと心配するかもしれないけれど、日本ではシステム的に起こりにくいから安心していい。
もっとも、どんなに安全なシステムも、誰かが気を抜けば崩れてしまうともいえる。
また、「テレビ局の撮影用ヘリコプターの音が鉄道員の無線のやりとりを難しくする」という場面がある。
これは御巣鷹山の日航機墜落事故で、「ヘリコプターの音が、助けられたはずの生存者の声をかき消したのではないか」という指摘に通じる。
本作品はずば抜けておもしろいアクション映画であると同時に、安全啓発映画ともいえそうだ。
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