奥様はコマガール (44) 妻の急病(1)~夜間診療への怒り~
妻のチーが微妙な体調不良を訴えたのだ。
実はこのところのチーは、よく体調を崩していた。
月に一度は発熱し、頭痛や倦怠感に襲われる。
なんでも20代後半の女性はホルモンバランスが乱れることが多いらしく、それが原因で体調不良を起こしやすいという。
だから僕は、今回もいつものことだと高を括っていた。
男にはわからない女性特有の苦しみだと理解し、あまり気に留めなかった。
その後、チーの体調不良は続き、ついに会社を休むまでになった。
最近、このパターンも多いため、会社での印象が悪くならないか心配だ。
共働きの山田家ではチーも貴重な収入源である。
もし欠勤増加によって、なんらかの処分が下されたら死活問題だ。
このときの僕は、なおもチーの体調より、そういった我が家の事情を重んじていたのだ。
そして去る4月27日のことである。
その朝のチーは少し体調が回復したようで、2日ぶりに会社に出勤した。
仕事が溜まっているため、多少の無理は仕方ないという彼女なりの判断だ。
僕はチーが出勤したことで、恥ずかしながら簡単に安心してしまい、その日はもっぱら自分の仕事に集中した。
本当に気に留めていなかった証拠だろう。
ところが昼過ぎになって、チーから「会社を早退する」というメールが入った。
なんでも仕事中に気分が悪くなり、みるみる体温が上昇したという。
そのときの僕は仕事で外出していたため、帰宅したチーの顔色を見ることができなかったのだが、それでも焦りはなく、夜に帰宅してから対応すればいいだろうと思っていた。
我ながら呑気な男だ。
すると夜7時ごろになって、僕のケータイにチーからメールが入った。
なんでも熱がますます上がり、ついに39度を超えたという。
食欲もなく、全身の倦怠感もひどいため、仕事が終わったら夜間診療の病院に連れて行ってほしいと訴えてきたのだ。
今思えば呑気な自分がほとほと嫌になるが、僕はここにきてようやく狼狽した。
大人で39度を超える熱なんて滅多に聞かない。
ましてや、これまでのチーにもまったく見られなかった症状であるため、これは僕が勝手に決めつけていた女性特有のホルモンバランス云々の問題ではないだろう。要するに、「いつものこと」ではないのだ。
かくして仕事が終わると、僕はタクシーを飛ばして帰宅した。
電車で帰宅しても、かかる時間はそんなに変わらないはずだが、それでも咄嗟に運賃の高いタクシーを選んでしまう。
今さらながら湧いてきた焦りが、冷静な判断力を麻痺させたのだろう。
帰宅すると、チーは予想以上に衰弱していた。
顔色が異様に悪く、全身にまるで生気がない。
僕は急いでチーを再びタクシーに乗せ、近くの救急病院に搬送した。
僕らが住む界隈では有名な、老舗の総合病院。
ここなら夜間診療でも受け入れてくれるはずだ。
病院に着いたのは午後9時を過ぎたころだ。
夜間受付で症状を訴え、内科に伝えてもらう。
その際、初診の患者には通常の医療費の他に「選定療養費」という名の別途費用がかかる旨を説明され、それが3,000円もしたので、一瞬戸惑った。
はて、選別療養費? なんだそれは。
初めて聞く名前だ。
通常の保険診療の費用だけでは済まないのか。
もっとも迷っている暇はない。
こちとら自分たちだけではどうにもできないから、藁をも掴む想いで救急病院に望みを託したのだ。
それでチーが回復するなら安いものだ。
その後、チーは内科に通され、まずは看護士のもとで一応インフルエンザの検査を受けた。
その結果、インフルエンザではないとわかり、いよいよ医師の診察に委ねられる。
救急の夜間診療のためか、院内に他の患者の姿は見当たらない。
これならゆっくり時間をかけて診察してもらえるはずだと、僕は素人ならではの勝手な期待を膨らませていた。
しかし、いざ診察が始まると、そんな期待は露と消えた。
チー曰く、その医師は見るからに若く、いかにも軽薄そうな長髪をなびかせながら、夜間に訪れた患者を煩わしそうにあしらったという。
患者に聴診器をあてることもなければ、問診をすることもなく、さらに極めつけは患者の顔も見ることなく、「熱があるなら家に解熱剤あるでしょ? それを飲めばいいから」と言い、チーが「解熱剤がないんです」と訴えると、「じゃあ、それだけ出しとくから」と応戦して、ものの3分程度で診察を終了させたらしいのだ。
しかも出された解熱剤は、薬局などで誰でも購入できる市販の薬3錠だけである。たったそれだけの診察と処方で、料金は前述した選定療養費あわせて約6,000円。
病院までの往復のタクシー代も加えると、計1万円近くも出費して、この有様だったわけだ。
もちろん日本の病院の夜間診療の実態ぐらい、僕も情報としては知っている。
もしかしたら、その医師はアルバイトの研修医だったのかもしれず、だから訳知り顔の人は「夜間ってそんなもんだよ。
日本の医療は……」などと講釈したりもするだろう。
しかし、それが我が身に降りかかると、たまったもんじゃない。
だったら、せめて医療費は安くならないものかと感情的に訴えたくもなる。
いくらなんでも6,000円でこれはないだろう。
その後、チーはどうなったかというと、この原稿を執筆している現在、依然として高熱が続いている。
当然、違う病院にも行ったが、それはまた別の話だ。
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