愛あるセレクトをしたいママのみかた

読む鉄道、観る鉄道 (8) 『東京駅物語』 - 明治、大正、昭和…、小説に息づく東京駅と人々の生活感

マイナビニュース
読む鉄道、観る鉄道 (8) 『東京駅物語』 - 明治、大正、昭和…、小説に息づく東京駅と人々の生活感
東京駅丸の内駅舎の復原工事が仕上げの段階に入ろうとしている。

大正3年当時の本来の東京駅が姿を現し、今年10月に完成する。

その工事現場の活気と、東京駅に集まる人々の雑踏を感じつつ、100年前から始まる東京駅の歴史に想いを馳せてみよう。

小説『東京駅物語』(1996年刊。

文春文庫版にて発売中)は、明治35年から昭和21年までの東京駅を描いている。

東京駅の開業は1914(大正3)年。

『東京駅物語』はそれより前の明治35年から物語が始まる。

第1話の主人公、立花新平は横浜の実家を飛び出し、東京にやって来た。


パン職人として働こうと思っていたところ、鉄道好きの娘と出会う。

第2話は開業7日後の東京駅待合室が舞台。

主人公は女流歌人。

東京の暮らしに疲れ、実家に帰ろうとしながらも決心できずにいたとき、たまたま居合わせたパン職人の男に話しかけられる。

第2話に登場するパン職人は、第1話の主人公、立花新平だ。

同作品は全9話の短編集で、それぞれの話は独立しているけれど、ある話の主人公が、別の話では脇役として登場する。

東京駅の時の流れの中、登場人物同士の縁がもつれ、ほぐれていく。

読み進めながら、この人物は別の話の誰かだな、などと縁を追っていく楽しさもある。


立花の下宿の主人である左官職人が塗った東京駅待合室の壁を、別の話で同業者が見物に来るなど、緻密で遊び心のあるしかけも楽しい。

このように、ある場所に居合わせた登場人物それぞれにスポットを当てるスタイルを「グランドホテル形式」という。

1932年のアメリカ映画『グランドホテル』がその名の由来だ。

近年の日本映画では、『THE 有頂天ホテル』『ハッピーフライト』がグランドホテル形式の作品。

小説では北方謙三氏の『ブラディ・ドール』も該当するだろう。

『東京駅物語』のおもしろさは、グランドホテル形式に時間の経過を加えたところ。

各話の主人公の後日談が、以降の話で描かれる。

出会い、別れ、恋愛、友情、裏切り、憧れ、親子の情愛などが東京駅で繰り返される。


別々の人生を歩んでいるようで、じつはつながっている。

登場人物たちはお互いに気づかないまま、物語は終わる。すべてを知るのは読者と、丸の内駅舎のドームだけ。

いまも、そしてこれからも、東京駅を訪れる誰もがそれぞれのドラマを持っている。

他人だと思ったら、じつは縁があるかもしれない。

東京駅を訪れるとき、もしかしたら自分もこの物語の登場人物たちとつながっているかも……。

そう考えると楽しい。

その意味で同作品は、未来永劫続く「東京駅物語」の序章ともいえるだろう。


1890年代、東海道本線の新橋駅と、日本鉄道(後の東北本線)の上野駅を結ぶ高架鉄道が計画された。

東京駅はその途中駅で、国を代表する中央駅として建設。

設計は辰野金吾事務所で、その名は同作品にもある。

登場人物に辰野事務所と、そのライバル、宍戸肇事務所の設計士たちもいる。

誕生時の東京駅の構造は、乗車口ひとつ、降車口が汽車用・電車用にひとつずつ、そして皇室用の乗降口がひとつあったという。

開業時の丸の内側は広大な野原であった。

こういう情報は、資料をひも解けば書籍や鉄道雑誌の記事など、いくらでも見つけられるだろう。

同作品では、登場人物が「乗降口と降車口が別なんて不便」と言っていたり、「三菱が原」と呼ばれた野原に少しずつ建物が増えたり、新しいビルの前に行き倒れがいたり、着物から背広に着替えて闊歩する詐欺師がいたりする。


人間模様を描きつつ、当時の人々にとっての旅や東京駅に対するの価値観が描かれていて、興味深い。

東京駅の建設当時、旅はまだ徒歩が主だったようだし、通勤も徒歩圏内。

時代が進むにつれて、移動が汽車になり、電車に変わっていく。

こういう描写によって、鉄道ファンにとって資料としての存在だったかつての東京駅を、生き生きとした生活空間として疑似体験できる。

小説という、想像力を刺激する作品ならではのおもしろさだ。

【拡大画像を含む完全版はこちら】

提供元の記事

提供:

マイナビニュース

この記事のキーワード