あなたをひとりにしない、おひとりさまエッセイ【TheBookNook #57】
文:八木 奈々
写真:後藤 祐樹
本はひとりで読むもの。
……本当にそうでしょうか。
私は毎回本を開くたび、そばにそっと誰かが座り直すような感覚をおぼえます。知らない誰かの日々の癖や、柔らかな独り言。ふと漏れたため息。
物語の中に息づくすべてが自分の静けさに溶け込んで、気づけば孤独の形が少し変わっている。いつも本を読むときはそんな瞬間をどこかで求めているような気がしています。
そんな本の中でも、ひときわ心に寄り添ってくれるのがエッセイ集。
ひとりでページをめくっているのに、ひとりではない心地よさがふわりと寄り添ってくる。
エッセイがもつ不思議な温度は、ときにひとりの時間の概念さえも差し替えて変えてくれます。
今回ご紹介するのは、そんなひとりのあなたを決してひとりにしない3作品。
“ひとり”を更新してくれる魔法を、ぜひあなたも体験してみてください。
この作品は、著者である石黒由紀子さんが、共に暮らす猫“コウハイ”と、犬“センパイ”のささやかな日常を綴ったエッセイ集。
動物との暮らしを描く本ではありますが、いわゆるペット本やかわいい癒し系だけに収まらないのがこの作品の魅力です。
作中にあるさまざまな猫にまつわるエピソードは、ただのエピソードではなく、著者の視線を通して生き物が持つ自由さや一緒に暮らすことの面白さへと変わっていきます。そして、本書の随所に登場する“気づき”は押しつけがましくないのに、読み手の心に静かに残るのです。
猫はうれしかったことしか覚えていない。その真意は人間である私たちには分かりません。でも、著者自身が生き物に寄り添うことで嫌な記憶や焦りをそっと手放して行くという事実はエッセイという形で柔らかく描かれていますが、紛れもない事実。
猫のおかげなのです。きっと、実際に猫を飼われている方は共感できる場面がさらに多いかもしれません。読み進めていくほど、猫や犬だけではなく自分の生活まで愛おしく見えてくる本作品。
忙しさで目が曇ってしまう日々に、少しだけ呼吸を取り戻したいとき。そんな時に開きたくなる静かで優しいエッセイ集でした。
これほどまでに首がもげるほど頷きたくなる箇所が何度も登場する本に出会うことはもうないかもしれません……。
大げさではなくそう言えてしまう一冊でした。
本作は、34歳から36歳にかけて描かれた短いエッセイ集。いい意味で、「世界99」を書いた人と同じ著者だとは思えません。
女を捨てている女にしては、あまりにも女を頑張りすぎているし。女を頑張っている女にしては、どうも女を捨てすぎている……。まだ著者の年齢には私は追いついていませんが、今の私にも充分に刺さり、まるで数年後の私の気持ちを読んでいるような気分になりながら読み進めました。
おしゃれの曲がり角の話、SNSに何を書きます?って話、年齢に合ったいいものの話。“私はですね~”って参戦したくなる問題だらけ。
大人っていいなと思っていた子供時代。いい年をした大人でも、しょうもないことでたくさん悩んで、余計なことまで考えている。毎日人生について悩み倒し、明らかに昔とは違う体の様子に戸惑う日々。そんな日々も、大人である自分がもっと大人になって行くための“成長痛”だと思えば、このグラグラの心と体もなんだか愛おしく思えてきます。
特に何があるわけでもないけれど、誰かに救ってもらいたい。全女子におすすめしたい一冊です。
ただ生きている、それだけのこと。
本作品は、直木賞作家・佐藤愛子先生の痛快なエッセイ集。 90歳(現在は101歳)という人生の大先輩とも呼ぶべき女性作家。本作の目次に並ぶ“いちいちうるせえ”の文字に、思わず読む前から笑ってしまいました。ちょっとした世間話を聞いている感覚で読み始めた一冊でしたが、気づいたときにはもう佐藤さんの虜……。
自由という不自由さ、便利という不便さを嘆き、でも批判がましくなくユーモアたっぷりに現代の日本人を皮肉る。昔はこうだったなんて言われても……と思うことは日々ありますが、彼女の言葉は不思議と素直に受け止められ、心にすっと入ってきます。歩きスマホに自転車スマホ、そりゃため息もつきたくなる。
もし、私が長生きできるとしたら、体が衰えてしまっても、周りの人や世の中に愚痴をこぼせるくらいシャンとしていたい。そんな思いを巡らせながらページを閉じました。
潔く豪胆、パワフルで生命力にあふれた一冊。もうご本人は耳にタコかと思いますが、ぜひ長生きして欲しいと願っています。
誰かの暮らしを覗くような読書の時間は、ひとりの午後にも小さな気配を連れてきます。
笑い、ため息、ささいな日常の仕草……。それらが、ひと欠片でもあなたに寄り添えたとき、ひとりでいることの豊かさを改めて感じられるはずです。
“あなたをひとりにしない一冊”。
その心地よさを、この機会にぜひ味わってみてください。
写真:後藤 祐樹
本はひとりで読むもの。
……本当にそうでしょうか。
私は毎回本を開くたび、そばにそっと誰かが座り直すような感覚をおぼえます。知らない誰かの日々の癖や、柔らかな独り言。ふと漏れたため息。
物語の中に息づくすべてが自分の静けさに溶け込んで、気づけば孤独の形が少し変わっている。いつも本を読むときはそんな瞬間をどこかで求めているような気がしています。
そんな本の中でも、ひときわ心に寄り添ってくれるのがエッセイ集。
ひとりでページをめくっているのに、ひとりではない心地よさがふわりと寄り添ってくる。
エッセイがもつ不思議な温度は、ときにひとりの時間の概念さえも差し替えて変えてくれます。
今回ご紹介するのは、そんなひとりのあなたを決してひとりにしない3作品。
“ひとり”を更新してくれる魔法を、ぜひあなたも体験してみてください。
1. 石黒由紀子『猫はうれしかったことしか覚えていない』
この作品は、著者である石黒由紀子さんが、共に暮らす猫“コウハイ”と、犬“センパイ”のささやかな日常を綴ったエッセイ集。
動物との暮らしを描く本ではありますが、いわゆるペット本やかわいい癒し系だけに収まらないのがこの作品の魅力です。
作中にあるさまざまな猫にまつわるエピソードは、ただのエピソードではなく、著者の視線を通して生き物が持つ自由さや一緒に暮らすことの面白さへと変わっていきます。そして、本書の随所に登場する“気づき”は押しつけがましくないのに、読み手の心に静かに残るのです。
猫はうれしかったことしか覚えていない。その真意は人間である私たちには分かりません。でも、著者自身が生き物に寄り添うことで嫌な記憶や焦りをそっと手放して行くという事実はエッセイという形で柔らかく描かれていますが、紛れもない事実。
猫のおかげなのです。きっと、実際に猫を飼われている方は共感できる場面がさらに多いかもしれません。読み進めていくほど、猫や犬だけではなく自分の生活まで愛おしく見えてくる本作品。
忙しさで目が曇ってしまう日々に、少しだけ呼吸を取り戻したいとき。そんな時に開きたくなる静かで優しいエッセイ集でした。
全国の猫ちゃんに、幸あれ。
2. 村田沙耶香『きれいなシワの作り方』
これほどまでに首がもげるほど頷きたくなる箇所が何度も登場する本に出会うことはもうないかもしれません……。
大げさではなくそう言えてしまう一冊でした。
本作は、34歳から36歳にかけて描かれた短いエッセイ集。いい意味で、「世界99」を書いた人と同じ著者だとは思えません。
女を捨てている女にしては、あまりにも女を頑張りすぎているし。女を頑張っている女にしては、どうも女を捨てすぎている……。まだ著者の年齢には私は追いついていませんが、今の私にも充分に刺さり、まるで数年後の私の気持ちを読んでいるような気分になりながら読み進めました。
おしゃれの曲がり角の話、SNSに何を書きます?って話、年齢に合ったいいものの話。“私はですね~”って参戦したくなる問題だらけ。
大人っていいなと思っていた子供時代。いい年をした大人でも、しょうもないことでたくさん悩んで、余計なことまで考えている。毎日人生について悩み倒し、明らかに昔とは違う体の様子に戸惑う日々。そんな日々も、大人である自分がもっと大人になって行くための“成長痛”だと思えば、このグラグラの心と体もなんだか愛おしく思えてきます。
特に何があるわけでもないけれど、誰かに救ってもらいたい。全女子におすすめしたい一冊です。
3. 佐藤愛子『九十歳。何がめでたい』
ただ生きている、それだけのこと。
本作品は、直木賞作家・佐藤愛子先生の痛快なエッセイ集。 90歳(現在は101歳)という人生の大先輩とも呼ぶべき女性作家。本作の目次に並ぶ“いちいちうるせえ”の文字に、思わず読む前から笑ってしまいました。ちょっとした世間話を聞いている感覚で読み始めた一冊でしたが、気づいたときにはもう佐藤さんの虜……。
自由という不自由さ、便利という不便さを嘆き、でも批判がましくなくユーモアたっぷりに現代の日本人を皮肉る。昔はこうだったなんて言われても……と思うことは日々ありますが、彼女の言葉は不思議と素直に受け止められ、心にすっと入ってきます。歩きスマホに自転車スマホ、そりゃため息もつきたくなる。
日々目まぐるしい変化に、20代の私ですらついていけていないのですから。
もし、私が長生きできるとしたら、体が衰えてしまっても、周りの人や世の中に愚痴をこぼせるくらいシャンとしていたい。そんな思いを巡らせながらページを閉じました。
潔く豪胆、パワフルで生命力にあふれた一冊。もうご本人は耳にタコかと思いますが、ぜひ長生きして欲しいと願っています。
■ひとりの豊かさを感じて
誰かの暮らしを覗くような読書の時間は、ひとりの午後にも小さな気配を連れてきます。
笑い、ため息、ささいな日常の仕草……。それらが、ひと欠片でもあなたに寄り添えたとき、ひとりでいることの豊かさを改めて感じられるはずです。
“あなたをひとりにしない一冊”。
その心地よさを、この機会にぜひ味わってみてください。