物語の中に取り残されたい夜に【TheBookNook #58】
文:八木 奈々
写真:後藤 祐樹
気づけばまたミステリーのページをめくっている……。
真相に近づくにつれてざわつく胸も、裏切られるたびに揺れる感情も、すべてが心地よく、怖いのにやめられない、苦しいのに知りたくなる、そんな不思議な魅力がミステリー作品には詰まっています。
先の展開が読める物語や、疲れた心を優しく包み込んでくれるあたたかい物語も良いけれど、全てを疑いながら読む物語はやっぱり格別。
信じていた人物に裏切られ、守られていると思っていた真実があっさり崩れる。この不安と高揚と裏切りと、小さな救いの全てが入り混じる読書を私はやめられません。
※写真はイメージです。
今回はそんな最後の一行まで信じられない装丁にすら裏切られるミステリーを三作品紹介させていただきます。
答えが出ているのに気持ちだけが物語の中に取り残されてしまうそんな読後をぜひ味わってみてください。
ミステリーの新巨塔と言っても過言ではないこの作品。地震で閉鎖空間となった山奥の地下建築で不可解な連続殺人が起きる……。誰かひとりを犠牲にすれば脱出できるが、殺人犯が混ざっているという極限環境での葛藤が不気味に描かれていきます。
よくある密室設定だからと、クローズドサークルの派手な展開になると思ったら大間違い。殺人が起きているにもかかわらず周囲の人たちの妙な落ち着き、違和感、それらは“自分たちは助かる”と誰もが楽観視しているから。そこには活字を飛び越えて笑みすら見透けてきます。
読語はしばらく手汗と動悸が止まりませんでした。一度目に読んだときと読み直したときで、同じはずの登場人物のセリフが大きく変わって聞こえてくるのも今作の特徴。
殺人犯は誰なのか。閉塞感のあまり何度も現実の外の景色を眺め、深呼吸を重ねました。エピローグの破壊力も凄まじく、人間の思考を逆手に取った推理小説。
ミステリーとして間違いなく“面白い”のに、“面白かった”では済ませられない。この感覚は、本作でしか味わえません。
ネットフリックスで映像化もされている本作品。主人公は17歳の高校生。
それはただの興味本位なんかではない、憧れの人が関わった疾走事件……。調べていくと容疑者リストに次々と知り合いの名前が浮かんできます。真相はどこにあるのか。本当にどこかにあるのか。SNSを駆使した現代の推理。
翻訳版を読んでいても、容易く物語の世界に入り込めてしまい、すんなりと理解が追い付きます。……といっても、物語の展開軸はやはり海外小説特有のミステリー。日本の作品とは異なる高揚感が身体中を駆け巡ります。約580頁と長編ものになりますが、海外特有のユニークな表現やテンポ感の中に事件のまとめ等もあり、真相に至るまでも展開が二転三転するため、飽きる暇なく最後まで読ませてくれます。今作は全三部作となり、続編もあるので気になる方はそちらもぜひ。
この日にこの本を読んだことを、どこかにメモしておきたくなるような読書体験でした。
救急医の主人公の元に、顔も身体も自分と瓜ふたつの溺死体が搬送されたところから始まる本作品。
直視することができない重たいテーマで、後を引く読後感でしたが、ミステリーとしても医療小説としても“極上”。それでいて、描かれている人間たちが濃厚で、読み手によって誰もが“主人公”になりうるような一冊でした。これがデビュー作というから驚きです。著者の山口未央さんは現役の医師。それゆえによりこのテーマが重くのしかかってきます。
“we were born”という祝福と、“禁忌の子”という罪業がイコールになるおぞましさ……。
読み終えた後もう一度そっと表紙を見てみてください。
答えが出てしまうミステリーであっても、二度三度と楽しむことができます。この書評もあと残り1回。紹介してきた中のどれか一冊だけでも、みなさんの心に残っていることを祈っています。
それではまた。
写真:後藤 祐樹
気づけばまたミステリーのページをめくっている……。
真相に近づくにつれてざわつく胸も、裏切られるたびに揺れる感情も、すべてが心地よく、怖いのにやめられない、苦しいのに知りたくなる、そんな不思議な魅力がミステリー作品には詰まっています。
先の展開が読める物語や、疲れた心を優しく包み込んでくれるあたたかい物語も良いけれど、全てを疑いながら読む物語はやっぱり格別。
信じていた人物に裏切られ、守られていると思っていた真実があっさり崩れる。この不安と高揚と裏切りと、小さな救いの全てが入り混じる読書を私はやめられません。
※写真はイメージです。
今回はそんな最後の一行まで信じられない装丁にすら裏切られるミステリーを三作品紹介させていただきます。
答えが出ているのに気持ちだけが物語の中に取り残されてしまうそんな読後をぜひ味わってみてください。
1. 夕木春央『方舟』
ミステリーの新巨塔と言っても過言ではないこの作品。地震で閉鎖空間となった山奥の地下建築で不可解な連続殺人が起きる……。誰かひとりを犠牲にすれば脱出できるが、殺人犯が混ざっているという極限環境での葛藤が不気味に描かれていきます。
よくある密室設定だからと、クローズドサークルの派手な展開になると思ったら大間違い。殺人が起きているにもかかわらず周囲の人たちの妙な落ち着き、違和感、それらは“自分たちは助かる”と誰もが楽観視しているから。そこには活字を飛び越えて笑みすら見透けてきます。
読語はしばらく手汗と動悸が止まりませんでした。一度目に読んだときと読み直したときで、同じはずの登場人物のセリフが大きく変わって聞こえてくるのも今作の特徴。
全員が助かるために犠牲になるひとり。
殺人犯は誰なのか。閉塞感のあまり何度も現実の外の景色を眺め、深呼吸を重ねました。エピローグの破壊力も凄まじく、人間の思考を逆手に取った推理小説。
ミステリーとして間違いなく“面白い”のに、“面白かった”では済ませられない。この感覚は、本作でしか味わえません。
2. ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』
そして今作を描いたホリー・ジャクソン氏も当時20代。これほどまでに爽やかで元気なミステリーがあったでしょうか。物語は地元で起きた殺人事件を主人公の高校生が自由研究のテーマに選ぶところから始まります。
それはただの興味本位なんかではない、憧れの人が関わった疾走事件……。調べていくと容疑者リストに次々と知り合いの名前が浮かんできます。真相はどこにあるのか。本当にどこかにあるのか。SNSを駆使した現代の推理。
海外小説というと馴染みが持ちにくいと感じる方も多いかもしれませんが、本作を読めばその印象はガラッと変わります。
翻訳版を読んでいても、容易く物語の世界に入り込めてしまい、すんなりと理解が追い付きます。……といっても、物語の展開軸はやはり海外小説特有のミステリー。日本の作品とは異なる高揚感が身体中を駆け巡ります。約580頁と長編ものになりますが、海外特有のユニークな表現やテンポ感の中に事件のまとめ等もあり、真相に至るまでも展開が二転三転するため、飽きる暇なく最後まで読ませてくれます。今作は全三部作となり、続編もあるので気になる方はそちらもぜひ。
この日にこの本を読んだことを、どこかにメモしておきたくなるような読書体験でした。
3. 山口未桜『禁忌の子』
救急医の主人公の元に、顔も身体も自分と瓜ふたつの溺死体が搬送されたところから始まる本作品。
評判の高さも納得の一冊でした。質の高い謎解き要素に加え、センシティブとも言える題材の描き方が抜群にうまい……。
直視することができない重たいテーマで、後を引く読後感でしたが、ミステリーとしても医療小説としても“極上”。それでいて、描かれている人間たちが濃厚で、読み手によって誰もが“主人公”になりうるような一冊でした。これがデビュー作というから驚きです。著者の山口未央さんは現役の医師。それゆえによりこのテーマが重くのしかかってきます。
“we were born”という祝福と、“禁忌の子”という罪業がイコールになるおぞましさ……。
人の業の前では、小説としての謎解きが色褪せます。事件の解決の先にあるのは事実という名の地獄。その地獄に浄土を見ることができるのも人間。読後にどんな感情を抱いても、その感想が現実の全て。後半、タイトルの本当の意味がわかった時の衝撃は今でも忘れません。できるだけ前情報は入れずに、できるだけ紙の本で、できるだけ一気読みで触れてほしい一冊。読んでも読まなくても後悔します。
■本は一度読んだら終わりではありません
読み終えた後もう一度そっと表紙を見てみてください。
最初に出会ったときとはきっと違う顔をしているはずです。本は一度読んだら終わりではありません。
答えが出てしまうミステリーであっても、二度三度と楽しむことができます。この書評もあと残り1回。紹介してきた中のどれか一冊だけでも、みなさんの心に残っていることを祈っています。
それではまた。