愛あるセレクトをしたいママのみかた

物語に手を振る、その前に。【TheBookNook #59】

DRESS
文:八木 奈々
写真:後藤 祐樹

今年も一年が終わろうとしています。

みなさんは今年、何冊の本を読みましたか。そして、その中でどれだけの物語や言葉が、みなさんの中に今もそっと残っているのでしょうか。

私は本を選ぶときに、“これが人生で最後に読む本だとしたら……”とふと考えることがあります。もし、その瞬間が分かっているなら私はどんな本をどんな理由で選ぶのだろうかと。

そんなことを考えてしまうときに決まって手にとるのは、泣ける話でも刺激的な話でもなく、大切なものを大切にしたくなるような一冊。

本を閉じたあとに、気持ちだけが胸の中で続いていくような余韻が残る作品。そんな時間こそが、読書の一番静かで、一番贅沢な瞬間だと私は感じています。


物語に手を振る、その前に。【TheBookNook #59】


今回はそんな、今ある日常をもう少し愛おしく思える物語を三作品紹介させていただきます。

一年の終わりにぜひ読んでほしい、読後にご褒美が待っている物語たちです。

1. 三秋縋『三日間の幸福』

物語に手を振る、その前に。【TheBookNook #59】


寿命残り3カ月を残して、一年につき一万円でその人生を売った主人公の物語。30年かけて起こるはずだった出来事が、少ない寿命の中で彼に降り注ぎます。そして、最後の3日間で見えてくる景色。どんな角度で捉えても残酷なはずなのに、どこか暖かくて少なくとも私にとっては限りなく美しい、この上ないハッピーエンドな結末でした。物語というのは不思議なもので、人が変われば……いや、ときには同じ自分自身であっても、その時の心の向き次第で以前とは大きく異なる感情を抱くことがよくあります。命の価値や幸せだって同じです。


人が見ている景色や感情なんて、実はすごく曖昧なもの。この作品で問われるのは、30年生きるのとより幸せな3日間。そのどちらがいいのかという非現実的な問い。自分はどうせ幸せになれない……。そんな気持ちを患っている人々に、ぜひお勧めしたい物語です。そして最後にあるあとがき。これは決して忘れずに読んでいただきたいです。物語よりも先に読んでみてもいいかもしれません。
安心してください。本作の読後に残るのは、ただただ温かい感情のみ。タイトルの伏線が回収されたとき、私たち読者も幸福感を味わえるはずです。完全なハッピーエンドとはいえないこの作品は、人によってはバッドエンドにさえ感じてしまうかもしれません。でも、物語の中に住むふたりにとっては、これ以上ないくらいの幸せな結末が“これ”なのだと思いました。そう思えた私自身と、3日間の幸福……。私は、それを肯定したいです。

2. 町田そのこ『宙ごはん』

物語に手を振る、その前に。【TheBookNook #59】


宙には育ててくれているママと産んでくれたお母さんがいる。
母親になれない母を持つ主人公。物語の前半は、主人公の置かれている状況がとても悲しく、痛々しく、読む手が止まりそうになります。そして後半で描かれるのは、愛情を求めて空回りする人々……。

人はみんな、大人も子供もいろいろなものを抱えて生きています。何かがしんどいと感じたときに、一体何がしんどいのか上手く言葉にできないことも少なくありません。でも、美味しいものを食べるとまた頑張ろうって思えたりもして。直接の問題解決にはならなくても、心と体が満たされて前向きになれる瞬間。私はこの物語を読めて“良かった”。
そう心から感じました。母親、家族という理想の偶像や期待に縛られ、迷い、悩む人々。重たいテーマのように思えますが、“大丈夫だよ”と誰かに優しく包まれているような気持ちにさせてくれるなんとも不思議な読後感でした。

面白かったと簡単には言えない物語ですが、こうして本を通してさまざまな他人の人生に思いを馳せることで、自分の世の中を見るフィルターが少し洗われることもあります。愛し方がわからない母と、甘え方がわからない娘。母がもたらす影響と、崩れきらない娘との関係性。活字だけで綴られてるとは思えないほど、その情景が鮮明に頭に浮かびます。作中にある「とにかく生きるが最優先。
笑って生きるができたら上等じゃないかな」。私は、この言葉が大好きです。出会えてよかったと大きな声で叫びたい一冊。みなさんも、おいしいご飯たくさん食べてくださいね。

3. 瀬尾まいこ『ありがとう、さようなら』

物語に手を振る、その前に。【TheBookNook #59】


著者である瀬尾まいこさんが中学校教員時代の日々を描いたエッセイ集。どこか抜けているようで、生徒をよく観察し、生徒の成長をしっかり感じている素敵な先生……。暖かさで胸がいっぱいになります。もちろんきれいな話だけではない、自分の失敗談を面白く語る瀬尾さん。
給食で嫌いなものを必死に食べたり、自ら駅伝に出ることになったり。こんな愛おしい先生いるのかと思いながらも、良く考えたら学生時代、先生がどんなことを考えていてどんな人間なのかなんて考えたこともなく。

もしかしたらあの先生、実はあの時こうだったのかな……なんてことを考え、釣られてひとつ心が柔らかくなりました。先生という仕事は、毎日、ありがとうとさようならに満ちています。本作に描かれているエピソードはどれもほっこりしていて、作者の等身大に描かれる人間性も愛嬌があり、読みながらああこんな出来事があったから瀬尾さんのあの作品が生まれたんだろうな……と他作品に結びつく瞬間もいくつかありました。出会いも別れも感謝も後悔も全部なんとなく可笑しく描かれていくエッセイ集。瀬尾さんの作品が好きな方はもちろん、エッセイはあまり読まないという方にも、ぜひ手に取っていただきたいです。

■最後に。どうか、本を読むのを辞めないでください。

物語に手を振る、その前に。【TheBookNook #59】


2023年6月から始まったこの書評連載『TheBookNook』も、今回で最後となります。

この場所で紹介してきた本は今回で169冊になりました。この場所には、私のことを知らずに“本が好き”という気持ちだけで、立ち寄ってくださった方がたくさんいました。そして、ときには言葉を生み出した作家さんご本人が読みに来てくださったこともあります。私がただ大好きな本のことを綴るだけで、想像もしなかった出会いや繋がりが生まれ、その一つひとつが私にとってかけがえのない時間でした。

ここまで続けてこられたのは読んでくれる誰かがいたからです。一度でも私の言葉に目を向けてくださった全ての方へ、感謝の気持ちでいっぱいです。今回で一区切りとはなりますが、今までに紹介した物語たちは、私が本当に愛している物語たちです。言葉足らずで魅力が伝えきれなかったと感じる作品もありますが、もし、一作品でもみなさんの心に残っていたら嬉しいです。

そして最後に。どうか、本を読むのを辞めないでください。
最後まで本当にありがとうございました。

提供元の記事

提供:

DRESS

この記事のキーワード