なぜ「女子の本音」を逃さないのか? 『乾燥さん』『サボリーノ』開発者が大切にする”自分ごと”の視点
(株)スタイリングライフ・ホールディングスBCLカンパニーカンパニーエグゼクティブ兼企画本部本部長齊藤久美子さん
累計販売数12億枚を突破した『サボリーノ』をはじめ、『乾燥さん』『ももぷり』などの大ヒットコスメを開発してきたBCLカンパニーの齊藤久美子さん。女性の本音を的確に捉え、共感と信頼を得てきたその商品開発の起点には、常に「自分を観察する」という視座があることが判明しました。ヒット商品を世に送り出すのと同時期に出産も経験し、現在は2児の母。さらには女性役員にも抜擢された齊藤さんに、「自分ごと」を軸に組織や会社を動かしてきたしなやかなキャリア観を聞きます。
■「女子の本音」をがっちり掴むヒットプランナーの着眼点
寝起きの肌に貼るだけで洗顔からスキンケア、保湿、化粧下地まで1分で完了する画期的なシートマスク『サボリーノ』シリーズ。2015年に発売以来、女性誌や美容メディアなどのベストコスメを150冠受賞するなど、圧倒的な支持を得続けるこのヒットコスメを生み出したのは、当時20代後半~30代前半だった5人の女性チーム。その1人で商品企画を担当したのが齊藤久美子さんだ。
「サボリーノを開発していた10数年前は働き方改革関連法という概念もなかった時代。
チーム5人は部署も働き方も違ったのですが、夜遅くまで働いて、時には飲み会にも参加して、帰宅するといった似たようなサイクルを送っていて、『朝のメイク、本当にダルいよね』が共通の愚痴でした」
朝は1分1秒でも寝ていたい。スキンケアもメイクもできればサボりたい──。コスメ会社としては、できれば目を瞑りたい女性たちの本音。しかしそれは齊藤さんにとっても、間違いなく「自分ごと」だった。
「モヤモヤやネガティブな感情が湧き上がった時こそ、自分の実感をしっかり観察するようにしています。結果的にそれがニーズの掘り起こしや商品開発につながることも多いですね」
乾燥肌に徹底的に寄り添ったスキンケアブランド『乾燥さん』も、齊藤さんが開発した大ヒット商品の1つだ。
「コロナ禍のマスク生活で肌の乾燥に悩みながらも、市場に出回る無数の化粧下地の中から“本当に保湿力のある商品”を選ぶのに迷ってしまったんです。商品の性能は大前提ですが、さらに『保湿ならこれだよ』『乾燥に悩んだら思い出してね』といった“人に思い出してもらえる”というユーザーコミュニケーションも大切にしたくて開発したのが『乾燥さん』でした」
ヒットの要因には絶妙なネーミングも欠かせない。
『乾燥さん』もさることながら、『サボリーノ』にもユーザーの複雑な思いへの細やかな配慮があった。
「スキンケアをサボることに罪悪感を抱く女性もいるかもしれません。だけどサボるのは決してマイナスではなく、"時短"や"行程の効率化”だという背中を押す思いを込めて、上向きなトーンの『リーノ』を付けました。発売から10年経った今、サボるという感覚が少しでもポジティブなものになっていたとしたら、こんなに嬉しいことはないです」
■「役職にはこだわりがなかった」彼女の、会社とキャリアを動かした”舞台裏”
働く女性の「こんな商品が欲しい」という率直な本音をコスメ化し、今や会社の売り上げの4割を占めるほどの大ヒット商品となったサボリーノ。その開発チームは異なる部署からピックアップされた女性5人で編成された。
「集まった時点ではほぼ初対面の5人でしたが、当時はみんな独身で同世代。会社へのちょっとした文句など(笑)、共通して盛り上がれる話題も多かっただけにすぐに打ち解けることができました。1つのテーマから話題がどんどん展開していく女性特有のコミュニケーションも、男性からは無駄話のように聞こえていたかもしれませんが、サボリーノの開発には奏功したように思います。
当時は仕事終わりにチームで飲みに行くことも多かったですね」
同社では初の試みだった部署横断型プロジェクトも、サボリーノの成功をきっかけに会社のカルチャーとして定着するなど、開発チームが与えた影響は大きかった。さらに昨年、齊藤さんは同社で女性としては初の役員に抜擢される。
「正直、役職にはあまりこだわりがあるほうではなかったのですが、むしろそのポジションを得た時にできる仕事の範囲や内容が広がることに対してはモチベーションを感じていました」
現在は統括の立場であると同時に、プレイヤーとして「腸活」にフィーチャーした新商品の企画開発にも携わっている。役員として決裁権を得たからこそ、スピード感を持って仕事を展開できることに「やりがいを感じる」という。数々のヒットを生み出してきた齊藤さんに寄せられる会社からの期待も大きい。「私自身、やはり商品開発が好きですね。これまで外側をキレイにするコスメを手掛けてきたので、今度は『腸活』で体の内側からキレイにする納得の商品を生み出したいと考えています」
一方、役員としては組織を采配するという役割も担うことになったが、「正直、そちらはとても苦手なんです」と戸惑いを明かす。
「もともと人にお願いするのも苦手で、まずは自分でやらなきゃと考えるタイプでした。
指示を出す時も言葉の表現をいろいろ考えてしまったり──。ただ昨年は新事業で手一杯で、けっこう乱暴に仕事を投げてしまったことがありました。それでもみなさんしっかり業務をこなしてくれて、『1人で抱え込まなくていいんだ』『任せることでより大きな成果になる』ということに気づかせてもらいました」
役員就任から約1年、「1人1人がストレスなく能力を活かせる環境を作りたい」と齊藤さんは現在のポジションと自身の成長への抱負を語っている。
■ヒット商品もキャリアも、「自分自身を観察すること」から生まれる
現在、2児の母親でもある齊藤さん。しかも第1子は2015年の『サボリーノ』の発売直前に出産。第2子は2019年に出産し、育休を経て2021年に『乾燥さん』が発売されている。ライフステージとヒット商品の誕生サイクルがこれだけ一致するのも稀有なことだが、自身の中ではロジックもあるようだ。
「本当の意味でサボリーノのありがたみを実感したのは出産してからでした。
開発中は仕事で忙しかったとは言え、子どもができるとこんなに朝バタバタするとは……。今ではもう手放せません。仕事の目線から改めて消費者の目線(=自分ごと)に立ち戻ることができたのも、プランナーとしての成長につながったのではないかと思います」
第1子を出産後には夫の赴任に同行してイギリスへ。会社も一旦は退社したものの、「いつかは復職したい」という思いから現地のコスメ事情のレポートを提出するなどして会社と関係性を継続。帰国後に改めての面談を経て再入社している。
社会的なジェンダーロール差はなくなりつつあるが、それでも女性のライフステージとキャリアの関係は男性以上に密接だ。それだけに「働き方の正解」に迷う女性は多い。仕事と育児を両立する女性として、産休や育休、時短勤務などさまざまな働き方を経験してきた齊藤さんは今、どのようなキャリア観に立っているのだろうか。
「私が仕事をしていく上で大切にしているのは、『モヤモヤしたらモチベーションの動く方向へ進む』ことです。最近のモヤモヤ期は2024年頃のこと。『乾燥さん』を生み出したことでヒットプランナーになりたいという目標を達成してしまい、その先の自分を描けなくなってしまったんです。それを打破するために飛び込んだのが、これまで手掛けたことのないジャンルの商品開発でした」
モヤモヤの原因やモチベーションの動く方向。それは人には教えてもらえない。自分自身の内面を見つめなければ見えてこないものだ。
「他人の評価や価値観に振り回されるのは辛いですし、評価軸を自分に置くことはとても大事だと思うんですね。そのために私にとって欠かせなかったのが『自分自身を観察すること』でしたし、『自分が求めているものを知る』ことは商品開発にも活かされたように思います」
世間一般のセオリーである「昇進=キャリアアップ」という価値観は「もともとなかった」という齊藤さん。
だからこそ自身のモチベーションに忠実に商品開発に邁進することもできたのだろう。また出産や育児でキャリアが一時中断することにも「自分の人生だから躊躇はなかった」と振り返る。
「子育てをしながら仕事に邁進しようとすると、どうしても『お子さんがいるから』とか『時短だから』といった枕詞がつきがちですよね。それもモヤモヤはしますが、反発して何かを諦めるよりは自分を観察してモチベーションが動く方向を探った方が建設的なのかなと思います。自分の信じるキャリアを進んでいけば、きっと満足できるゴールに辿り着くはず。私はいかにもバリキャリなタイプではないですが、後進の女性たちに『そんなキャリアの築き方もあるんだな』と知ってもらえたら、役員のポジションをいただいた意味もあったのかなと思いますね」
(取材/文児玉澄子)