世界を驚かせる“糸”の根底にあるもの【山形ニット紀行Vol.3--佐藤繊維 前編】
佐藤繊維 佐藤正樹社長
世にも珍しいプロダクトアウト型(作り手の理念を優先させる商品開発や生産)のユニークな紡績ニット会社が、山形県寒河江市にある。
佐藤繊維という名のその会社は、(1)世界のどこにもない個性的な糸(2)絵の具のパレットをひっくり返したようにカラフルで高品質なオリジナルブランド(3)本社の敷地内に今年オープンしたハイエンドなセレクトショップ「GEA」――の3つで日本を、世界を驚かせている。寒河江の本社に、佐藤正樹社長を訪ねた。
佐藤社長は開口一番「私たちはヨーロッパの歴史にないものを作っている」と切り出した。世界中から特殊な原料を足で探してスペシャルな糸を開発する紡績は、同社の核を成す事業である。世界的にも珍しい「試紡室」という糸を作るサンプル部門があり、糸の開発を専門に行う熟練工を擁している。ここで、30色ものグラデーション糸、14ミクロンの極細ウール、最高級のベビーアルパカ糸といった世界に類のない独創的な糸を生み出しているのだ。「ヨーロッパには、上質をゼロから作ってきた会社、例えばエルメネジルド ゼニアやロロピアーナ、ニットブランドでいえばジョンスメドレーなど素晴らしいメーカーがある。今ではそれに近いものが中国でさえも安価に作れるようになってきているけれど、長年築いてきたブランド力には敵わない。
ならば、ヨーロッパ勢と違うところで勝負しようと思った……」
2007年、初めて欧州の糸・テキスタイルの展示会「ピッティ・フィラティ」に出展したとき、いくつかのブランドの素材担当者に「こんなのは糸じゃない」と酷評された。佐藤繊維の紡ぐ糸の最大の特徴は「いい意味でバランスの取れていない糸」だということ。これまで世の中になかった糸だったからこその拒否反応だったのだ。しかし、ヨーロッパを代表するメゾンとの取引が始まったころから、評価は一変する。「10年前は変な糸を提案する変な会社だったのが、5年くらい前から風向きが変わった。今では個性的で世界一高い糸を作る会社として認知されつつある」と佐藤社長は自信を見せる。オバマ夫人が大統領就任式で着用したニナ・リッチのセーターの糸を作った会社としてスポットライトを浴びた同社だが、今では数多のハイブランドから、ニット製品に関してはなくてはならないパートナーとして重宝されているのである。
同社のもうひとつの中心事業は、自社ブランドの開発・販売にある。
2001年にスタートした主力ブランドの「M.&KYOKO(エムアンドキョウコ)」は、佐藤繊維のオリジナル糸による複雑なテキスタイルと、柔らかい女性的なシルエット、鮮やかな多色使いが特徴。その斬新なデザインは、多くのファンから支持されており、欧米でもアーティストや自由業の人たちを中心に支持が広がっている。国内では百貨店のインショップを中心に12店舗を展開しており、産地発のブランドとしては異例の売上規模を誇る。他にも、ニット糸のブランド「MASAKI(マサキ)」、大人の女性をターゲットとした「FUGA FUGA(フウガフウガ)」、リアルクローズを提案する「clothoir(クロトア)」、デイリーなニットを提案する「noeud(ヌゥ)」の他、6ブランドを展開しており、ニットアパレルと言ってもおかしくない規模に育ってきている。各ブランドに共通するのは、売れているものを追いかけるのではなく、自分たちの作りたいものを作るということ。「あくまでモノ作りから発信することを重視しており、トレンドを作るつもりは毛頭ない」(佐藤社長)のだ。これは糸作りと共通する思想である。
■取材・文/増田海治郎(ファッションジャーナリスト)
「試紡室」で取材に応じる、佐藤繊維 佐藤正樹社長。
佐藤繊維本社ファサード
本社内の無数のニットマシーンが絶え間なく働き続けている。
伊勢丹メンズ館オリジナル商品のOEMも手がけている。